"名言を残すということは、財産の創造である"
ちびまるフォイ
用意された刺さらない名言
それは後輩に相談をうけたときだった。
「……お前の気持ちはわかるよ。
だがな人間は楽なほうに脳死で流れがちだ。
苦しくてもプラスになるほうを選ぶことが財産になるよ」
「せ、先輩……!」
「まあ飲もう」
漫画やらドラマで見聞きした名言を心のミキサーで混ぜまくって、自分の言葉として発したそのメッセージに後輩はいたく感動していた。
その翌日、自分の口座には見慣れない振り込みが行われいた。
『メイゲン ニュウキン シマシタ』
「名言入金……?」
事情を後輩に問いただしても心当たりはないそうで、
考えられるのはあのとき自分の言葉を聞いていた第三者が感動してお金をくれたのだろう。
動画配信者に投げ銭送る感覚で、自分の言葉に値を付けてくれたのか。
「ふっ……おてんとさまは見てくれているんだな」
その日からどこへ行っても何をしていても、
名言が発せられたときには必ずお金が入るようになった。
「おお! また入金されてる! ありがてぇ!!」
ありがたい言葉を金言なんていわれたりするが、
本当に言葉がお金に変わるとは。
「この調子でバンバン名言を残していくぞーー!」
すっかり自分の頭は名言製造モードへと切り替わった。
どこでなにをしていてもこの場面で救いになるような言葉やフレーズを探してしまう。
その様子に後輩は面食らっていた。
「先輩、なんで居酒屋にノート持ってきてるんですか……?」
「こういうところにこそ名言のタネはあるんだよ。
いい言葉を書き溜める必要があるからな」
「スマホでメモすればいいじゃないですか」
「"なんでもひとつにまとめると便利だが、それは依存の始まりである"」
「……なんですか?」
「名言だよ。わかるだろ?」
名言課金は壁に向かって名言を連発しても意味はなく、
ちゃんと人に対して言葉を伝えて初めてお金に変わる。
どんなに素晴らしい名言であっても聴衆がいなければ価値がない。
今日も今日とて後輩を飲みに誘った。
「おい、今日も飲みにいくだろう? 先輩としていろいろ残したい言葉があるんだよ」
「今日は……遠慮しておきます……」
「え? あ、そうか。まあ別にいいけど。
"遠慮するのは嫌われたくないという自己防衛でしかない"」
「いえ、遠慮じゃないですけど」
「じゃあなんだよ」
「怒りませんか?」
「怒らないよ。"正直な気持ちを聞いて怒るのは、最初から聞く気のない愚か者である"」
後輩は一拍おいてから意を決して話した。
「先輩と飲んでも、あんまり楽しくないです……」
「え? うそ!? あんなにためになるのに!?
どこが悪かったんだ!? 悪いところを言ってくれ! 何でも直すから!!」
「彼女に捨てられる彼氏ですか。
先輩って事あるごとにいいこと言おうとするじゃないですか」
「……それのどこが悪いんだ?」
「話している気分じゃないんですよ。
名言を引き出すためのエサにされてるみたいでいい気はしないです」
「……?」
後輩の言っていることはよくわからなかった。
名言を聞いてありがたいという気持ちよりも、そんなことより話を聞いてくれという気持ちが強いのだろうか。
それからは後輩の付き合いも悪くなり、後輩だけでなく他の人も自分を避けるようになった。
いつしか自分は給湯室で「説教おじさん」という不名誉な二つ名をつけられてしまった。
「まいったなぁ。これじゃ名言を残せないぞ……」
名言の聞き手は消耗品で、知り合いを名言サンドバックにすると避けられてしまう。
聞き役を増やそうにも説教おじさんの友達になりたい人は多くない。
まして、他の人が避けるような人物に近づく人は日に日に減っていく。
ストレスと名言ストックばかりが貯まっていく。
「ああもう誰かいないのか! "うんうん"と聞くだけの都合いい人間は!!」
気を紛らわせるようにテレビを点けたときだった。
難しい顔をした専門家たちが丸いテーブルを囲って討論していた。
「これだ! この手があったか!!」
テレビ番組を見て突破口が閃いた。
今度は飲み会へ知り合いを誘って名言を残す方法はしなかった。
自分より明らかに人生経験や知識や情報を持っていなさそうな人を集めて討論会という形式を取った。
「なんで全国の蛇口からジュースが出てこないんだ」
「"遺憾のい"ってよくいうけど、"遺憾のカン"はないよね」
「お土産で買った木刀って銃刀法違反になるのかな」
「ふふふ……どいつもコイツもバカばっかりだ。これならいける!」
討論会というのは建前で、自分が名言を残せればどうでもいい。
明らかに間違っていることや正しい情報を教えることで参加者より優位に立つことができる。
最初こそお互いに肩を並べて話していた場も、いつしか自分が「先生」として「生徒」に教える講義の場となっていた。
「いいかい、"疑問を持つことは財産だが、疑問を確かめないのは損失"だ」
「"夢に向かって行動していることを夢という。それ以外は願望"だ」
「"ルールは試行錯誤させる畑。自由とは荒れ地に苗を植えるようなもの"だ」
自分で自分の言葉をメモしたくなるほどの名言が飛び交う。
すっかり聞き手の立場となった参加者は黙って名言を聞いていた。
瞬間最大量の名言をこれでもかと披露して討論会は終わった。
これが換金されると思うとたまらなく嬉しい。
翌日、気分がよかったので後輩を誘って飲みにいくことにした。
「えっ……飲み会ですか……」
「嫌そうな顔するなよ。今日は俺のおごりだ」
「おごり? まだ給料日前ですよ」
「臨時収入が入ったんだよ。飲みに行かないか?
大丈夫、今日は必死こいて名言残そうとしないよ」
「そ、それなら……」
後輩はおずおずと納得して仕事終わりの飲み会に参加した。
最初こそ名言を放つんじゃないかと警戒していた後輩も、俺が名言スイッチを切っていることに安心して楽しい飲み会となった。
「それじゃ、ちょっと会計してくる」
「先輩。ごちそうさまです」
お会計へと進み店員にクレジットカードを渡す。
「カードで口座からお金を支払ってください」
「はい。……あれ、お客様。こちら残高が足りないようですが」
「残高が足りない!? そんなバカな!?
めちゃめちゃ名言残したからお金入っているはずだろう!?」
レジ横で騒いでいることで後輩が心配そうにやってきた。
「先輩、どうしたんですか?」
「俺の名言が換金されてないんだよ! それをあてにしてたのに!」
「僕、おごりだと安心してお金持ってきて無いですよ?」
「このままじゃ食い逃げだ。よし、今から名言を連発するから黙って聞いててくれ」
「え、ええ!?」
「この場で名言がお金になれば支払えるだろう!」
俺は名言ノートを取り出して文脈ガン無視の名言を放ちまくった。
いくら後輩に向けて名言を残してもいっこうにお金にはならなかった。
「なんでだ……なんで名言がお金にならない!
めちゃくちゃいいこと言いまくっているんだぞ!! こんなのおかしい!!」
それに対し後輩はぽつりと言った。
「どんな言葉でも尊敬されてなければ言葉に価値ないんですかね」
後輩の名言が換金され事なきを得た。
"名言を残すということは、財産の創造である" ちびまるフォイ @firestorage
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