夏と、特別。

灯鈴

第1話

 それは8月の、嫌になるほど暑い日のことだった。

「なぁ愛花、一緒にかき氷作って食べないか?」

 唐突な兄からの誘いだった。

「え、嫌なんだけど。何で?」

「えぇ、そんなきっぱり断らなくても良くないか? 駄目かぁ……。」

「そりゃ暑い日に冷たいのを食べたくなるのは分かるけど、冷凍庫にアイスがあるんだしわざわざかき氷を作らなくたっていいじゃん。」

 私はこれから受験勉強と夏休みの課題をするつもりだった。それに、私ももう15才だ。家でかき氷作りをする楽しさより、面倒くさいって気持ちのほうが大きかった。

「そう言わずにさ、せっかく氷作っといたんだし一緒にやろうぜ。シロップも買ってきたし。さすがに一人でやるのは寂しくてさ。」

 兄は、私が思ってたよりも準備万端なようだった。いつもは思い付きとか気分で行動するから、今回もその類だと思っていたのに。

「なんでそんなに準備万端なのさ。私は部屋にいるからさ、友達でも呼んで一緒に作りなよ。」

 私は兄の誘いには乗らずに、リビングから自分の部屋に向かおうとしていた。

「頼むよ愛花、今回だけでいいから一緒にやってほしいんだ。ちょっとの間でいいからさ。」

 兄はよく突拍子もないことをいう人だけれど、拒否したらすぐに引き下がることが多いので、何というか意外だった。

「え、珍しいじゃん。いつもならそんな熱心に誘ってこないのに。」

「別に深い理由はないんだけどさ。ただ、久しぶりに一緒にかき氷を食べたいなって思って。」

 なるほど、そもそも私と一緒に食べるのが目的だったのか。何でだろ? まあ、そこまで熱心に言ってくれるのなら、一緒にやってあげるのもやぶさかではなかった。課題はまだまだ余裕あるし。

「ふーん、まぁそこまで言うならやってあげてもいいよ。最近かき氷食べてなかったし。」

「まじ? よし、それならさっそくやるかぁ! かき氷器出すから冷やしといた氷出しといて!」

 思ってた以上に喜んでいて、何か裏があるんじゃないか疑うほどだった。まぁ、兄の性格上単純にやりたいことが出来るのを喜んでるだけなんだろうけど。私が兄に言われた通り冷凍庫から氷を出してお皿を用意し終わった頃には、かき氷器の準備はほとんどできていた。

「考えてみると久しぶりだね、こうやってかき氷作るの。」

 我が家のかき氷器は手動でハンドルを回して氷を削るタイプで、小さい頃は親に作ってもらったかき氷を兄妹そろって食べるのが夏休みの定番だった。ついつい急いで食べ過ぎて頭がキーンとなっていたのもいい思い出だ。

「そうだな、最近はかき氷器も全然使ってなかったしな。ま、たまにはこういうのもいいんじゃないか。」

「ま、そうだね。たまには。」

 昔を懐かしんでる間に、かき氷はあっという間に出来上がっていた。

「シロップは何かける?」

「んー。やっぱいつも通り、いちごにしよっかな。」

「了解。おれもブルーハワイにしようかな、いつも通り。」

 小さい頃と違っていろんな種類のシロップが用意されてたけど、何となく昔と同じ味のシロップを選んだ。食べてみると、懐かしい味がした。少しガリガリしていて、氷を削って作ったんだなぁって感じる食感と、かき氷の冷たさ。それと、シロップの甘さが口の中に広がった。久しぶりに食べたかき氷は、思い出の中のかき氷よりも、なんだか美味しく感じた。

「おいしい。久しぶりに食べたけどやっぱいいかも、かき氷。」

「そうだな、俺もそう思うよ。出来てよかった。」

 兄は何の変哲もないかき氷を、まるでご馳走かと思うほど嬉しそうに食べていた。どうやら兄は、本当にかき氷が食べたかったらしい。

 食べるペースが思ったより早かったみたいで、途中で頭がキーンとした。







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