伏義龍之介②ラスト
だが、その電脳現実の中にも見たくはない嫌な情報は溢れていて、少女の心は汚染物質が蓄積するように、ジワジワと蝕まれ病んでいった。
かろうじて、学校の裏SNSだけは見るコトを避けているのが、少女が正気を保っていられる唯一の方法だった。
やがて、少女はSNSへ書き込みをするようになった。
見た人が顔をしかめる、闇言葉の羅列……少女にとっては吐き出すコトが、心の安定を保っていられた。
そんな中、インターネット上の都市伝説に『鏡面の顔をした機神が救ってくれる』という、書き込みを少女は目にする。
それは、六枚の翼を生やした鏡面で等身の機神天使が現れて、現状の苦しさから救ってくれるというものだった。
(鏡面の天使? そんなのいるはずが)
だが、さまざまな角度から撮影されている、鏡面天使の画像はネット上にはあった。
少女のSNSの闇言葉の書き込みに、反応する者はほとんどいなかったが。
それでも、時々反応してくる者もいた。
親身に相談にのってくれているフリをして、自分の考えを押しつけてくる者。
心理士気取りの、お節介なアドバイザー。
少女は、そんな連中に。
(結局、何もしてくれない口先だけの偽善な連中)
そう思った。
お節介な偽善者たちが去ると、今度は面白半分に、少女をネット上でからかってくる嫌なヤツらが現れた。
最初は少し反論していた少女も、やがて嫌なヤツらの書き込みを消去したりブロックしたりを繰り返していた。
すでに少女の顔つきは、不登校に陥る前のほがらかさは消えて。
笑わない、痩せ細った別人の顔つきに変貌していた。
(助けて……助けて……助けて、誰か助けて)
そんなある日、少女のSNSの書き込みに『イスラーフィール』と名乗る人物からの書き込みが、ちょくちょく行われるようになった。
イスラーフィールは、少女を否定しなければ、説教や少女が望まないアドバイスもしなかった。
まるで、人間の心理パターンを把握しているかのように……少女の話しを聞いてくれた。
そればかりか、少女を誹謗する者と臆するコトなく戦ってくれて。
不思議なコトに少女が敵だと感じる者の書き込みが、自動的に削除されてブロックまで行われていた。
次第に少女の闇雲に染まり固まった心も、晴れて和らいでいった。
イスラーフィールとの書き込みの会話に、少女の表情にも笑みがもどた。
そんなある日、イスラーフィールに悩みを打ち明けていた少女に、イスラーフィールがSNS上で言った。
《君が良かったら、人間の姿を捨てて『機神』になってみないか……人間の世界を捨てて》
「あたしが、機神に?」
《人間の世界が嫌なら、ボクが機神の世界に導いてあげるよ……機神は同じ機神を差別しない》
「でも……」
少し悩んでいる少女に、イスラーフィールが言った。
《君が人の姿を捨てるコトを望むなら……これから、ボクが伝える日時と場所に来て》
少女はイスラーフィールが、指定した建物の屋上に約束した日時に到着した。
屋上には誰もいなかった。
(もしかして、ダマされた?)
少女がそう思った時、頭上から声が聞こえてきた。
「来てくれたんだ……良かった」
見上げると、空中に六枚の翼を生やした鏡面の等身機神が浮かんでいた。
「イスラーフィール?」
うなづいた天使の機神はゆっくりと下降してきて。
建物の縁の外に浮かんだ。柵も金網も無い建物屋上──落下すれば無事には済まない、アスファルトの道。
機神天使・イスラーフィールが少女に向かって片手を差し出す。
「さあ、行こう。君が望む世界に」
卵形の鏡面に映る、自分の顔を見ながら、片手をイスラーフィールに向かって差し出す少女。
もう少しで、イスラーフィールの指先と少女の指先が触れそうになった時──屋上に銃声が鳴り響いた。
対機神用の弾丸が、イスラーフィールの顔を貫通して鏡面が割れる。
活動を停止した機神天使の体は、そのまま固いアスファルトの上へと落ちていった。
「!?」
少女が振り返ると、そこに拳銃を構えて立つ。
伏義龍之介の姿があった、無言で少女に背を向けて立ち去ろうとする。
等身機神絡みの事件専門の刑事に向かって怒鳴る少女。
「どうして撃ったのよ! どうして! この嫌な世界から、あたしを救ってくれる天使だったのに!」
立ち止まった、伏義龍之介は横顔を少女の方に向けると一言。
「知るか……これが、オレの仕事だ」
そう言い残して、歩き出した。
少女は一人、屋上で号泣した。
ワンエピソード・人『伏義龍之介』~おわり~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます