第三話『人類守護人工知能ネフィリム』


 機神軍の陸海空師団長が、人間と接触して機神の脅威を示してから数年後──永久氷河の地に、奇妙な電波の発信源を探る調査隊がやって来た。

 調査隊の隊長は、軍人らしからぬ柔軟な思考の持ち主で、軍部内では変わり者と称されている『狩摩断』〔かるまだん〕だった。

「階級なんざ、単なる飾りさ……肩書きなんざ、飯のオカズにもなりゃしねぇ」

 そう豪語して、あまり自分の階級や肩書きには固執していない。

 一応は大尉の肩書きはあるのだが、下位階級とも気さくに接する人柄もあって。下の者からは慕われている。


 吐く息が白く見える地に立った断は目の前にある氷河の洞窟入り口を、金属の保温容器から注いだコーヒーを飲みながら同行する学者に訊ねた。

「あの洞窟が、信号の発信源か?」

「そうみたいですね、断続したパルス信号が発信され続けています発信コード名は『ネフィリム』」

 数週間前から、その奇妙な周波数の電波は未知の脅威に対抗するために設立されたばかりの、特殊防衛機構『アポクリファ機構』本部に向けて発信されていた。

 狩摩断は、そのアポクリファ機構の司令官候補の一人だった。


 洞窟の入り口を眺めていた断が、パシッと掌に拳を打ちつけて言った。

「おもしろくなってきやがった、いったい何がオレたちに接触を求めて、信号を送ってきたのか見てやろうじゃないか……オレが先に洞窟に入って安全かどうかを確かめる」

 そう言うと断は、洞窟に飛び込むように足を踏み入れる。

 直後、断の足下の氷が崩れポッカリと空いた縦穴に断の姿が消え。

 穴の中から「痛てぇ!」と唸る断の声が聞こえた。

 断が落ちた穴を覗き込んで、心配そうな声をかける隊員の一人。

「大丈夫ですかぁ」

 穴の中から聞こえる断の声。

「大丈夫だ、安全は確認された。おまえたちも下に降りてこい、すごいぞ」

 隊員たちが、安全な方法で降りていくと、そこに別世界が広がっていた。

 スノーブルー色の空洞に巨大な氷の円柱や円錐が林立や交差するように生えていた。

 デジタルカメラで撮影しながら断が呟く。

「気が遠くなるほどの歳月をかけて、自然がこの絶景を作り出したんだろうな」

「信号はさらに洞窟の奥の方から発信されていますね……より強い信号になって、まるで我々を呼び寄せているようです」

「招待してくれているのなら行くしかないだろう」

 スノーブルー色の空洞を進む調査隊、断は半年前に南氷洋に突如出現した水クモ型の機神のコトを考えていた。

 すでに『機神』という呼び名が、遭遇して生還した数名によって伝えられ各国の軍部内では広がっていた。

 水クモ型の機神は、口から炎を吐き、硫黄混じりの雨を降らせ、強靭なクモの糸で物体を切断する機神だった。

 迎撃で出撃した国連戦闘機隊の攻撃にも、無傷で戦闘機一機を炎で撃墜すると海中に没して姿を消した。


 調査隊は空洞深部の空間に到達した、そこには三階建てのビルほどの高さがある人工知能機械が半分ほど氷に埋もれた形であった。

 人工知能には『ネフィリム』と外国文字のプレートが付いている。


 人工知能の傍らには、人間が一人収まる程度の円筒型をした、強化たんぱく質カプセルが半壊した状態で放置されていた。

 断が屈んで、何かが内部から出てきたように表面が溶けて穴が空いているカプセルを調べていると。

 隊員の一人が、幽霊でも見た顔で悲鳴を発した。

「今、何かそこの物陰で肌色の何かが動いて!」

 断が隊員が指差す方向に目を向けると、ネフィリムの後ろから人間年齢だと中学年くらいの、全裸の黒髪美少女が現れた。


 黒髪の美少女が言った。

「待っていた……信号を受信した人間が訪れるのを」

「君は?」

 黒髪の少女は、人工知能ネフィリムの表面を擦りながら断の質問に答える。

「あたしは、人類守護人工知能のネフィリムが人工たんぱく質と、iPS細胞から作り出した精子と卵子を使って生み出された生命体──人類へのメッセンジャー……ずっと人類が来るのを待っていた」

「作り出され? 母親と父親は?」

「生物学的な意味での肉親は存在しない、あたしの遺伝子情報は世界中の誰とも合致しない……あえて母親と位置づけするなら、あたしを作った人類守護人工知能の『ネフィリム』が母かも知れない」

「メッセンジャーと言ったな、人類に何を伝える」

「人類絶滅人工知能『メタトロン』の機神天國が行う審判の日に備えて、人類が生き延びる方法を……【セフィロト】計画を発動しない限り、人類は滅亡する」

 少女が語ったセフィロト計画を聞き終わった断が、少女に言った。

「その計画を実行する為には、君と君の母親のネフィリムがここから外に出て、アポクリファ機構本部で政府のお偉いさんを説得するしかないな……一緒に来てくれるか」

「それを、ネフィリムも望んでいる」 

「君の、名前は?」

「ネフィリムからは『イヴ・アイン』と呼ばれている」

「いい名前だ、とりあえずここから出る前に最初にすべきコトは」

 断は自分の着ていた防寒着を裸のイヴに着せる。

「氷の中に裸で立っている、少女の体を隠すコトだな」

 上着を着せられたイヴ・アインは、不思議そうな顔で狩摩断を見た。



 人類滅亡人工知能メタトロンが生みの親である科学者を殺害してから十数年後──ハル・メギドの地にある『銀河線観測研究所』に、毎年恒例の研究所社会科見学の高校生たちがやって来た。

 海岸に面した研究所の入り口から、雑談をしながら男子生徒や女子生徒がゾロゾロと入ってくる。

 その中に男子生徒の【裾野命】〔すそのみこと・ミコト〕と、女子生徒の【天津那美】〔あまつなみ〕がいた。

「まったく、なんで高校生にもなって近所の得体の知れない研究所を、社会科見学しないといけないワケ」

 頭の後ろに両手を組んで、つまらなそうな顔で列の一番後ろからついていく那美は、並んで歩く幼馴染みのミコトに愚痴をこぼしまくっていた。

「大体、演武大会も近いのに。こんな社会科見学やっていられないっうの」

 那美は総合格闘技の女子高校生チャンピオンだった。

 少し頼りない雰囲気のミコトが言った。

「しかたがないよ、この地域の高校は、研究所見学が義務化しているから」

「なんか胡散臭いのよね……この研究所、 銀河線っていったい何?」

 那美はミコトの腕を引くと、前方を歩く生徒に気づかれないように列から離れて、通路の横の茂みに隠れた。

「那美?」

「しっ、静かに……決まったコース見学じゃつまらないから、あたしたち二人は自由見学しよう」

「見つかったら先生に怒られるよ」

「責任は全部あたしが被るから、この胡散臭い研究所の秘密を暴いてやる」

 那美とミコトは、こっそり別行動で施設内をうろつきはじめたが、二人の行動は研究所の監視カメラにバッチリ映っていた。


『銀河線観測研究所』の地下にある【アポクリファ機構】の総司令室で、モニターに映し出されている那美とミコトの行動を、じっと見ている一人の女子高校生がいた。

 長身で長い黒髪の美人は、那美たちの学校とは別の高校制服を着て、女医のように白いドクターコートを羽織り。

 渦巻き模様の平たいペロペロキャンディーをナメていた──美少女の胸ポケットには『狩摩』と書かれた名札が付いている。

 狩摩断の養女となった、高校生の【イヴ・アイン・狩摩】は、那美とミコトを眺めながら呟く。

「いけているかな? あの二人」

 別のモニターには、ゾロゾロと並んで歩く生徒たちを、勝手にスキャンしている映像が映し出されていた。

「なかなか、セフィロトと化生する【知】【心】のブースターは見つからないね【技】【体】のセフィロト素体が認める、【心】【技】の魂核も今まで見つからなかったし」

 イヴは壁に飾られたカレンダーのバツ印が並んだ日付を見る。

 今日の日付には『審判の日』と書かれていて、赤丸で囲まれていた。

 前日までの日付には、バツ印が続いている。

「【知】【心】【技】【体】の化生三位一体が揃わなければセフィロトは覚醒しない。今日、素体セフィロトの『魂核』と『ブースター』が見つからなければ……人類は滅亡する」

 抑揚がない口調で呟きながらイヴは、ペロペロとキャンディーをナメた。

 

 那美とミコトは、研究所の裏で作業服姿で花壇の前にしゃがんで、花の手入れしている男性と遭遇した。

 無精髭を生やして、首にタオルを掛けた中年男性の作業服の名札には『狩摩』と書かれている。

 額の汗を軍手の甲で拭った男性は、那美とミコトの方に目を向けて言った。

「迷子にでもなったのか? ここは見学コースじゃないぞ」

 狩摩断の言葉に答える那美。

「決まった見学コースじゃつまらないから、あっちこっち見て回っている」

 狩摩断は傍らに置いてあった、クーラーボックスから缶飲料を二本取り出した。

「自由見学か、それも面白い。ほらっ、これ飲め」

 放り投げられた缶を那美はキャッチして、キャッチ損ねたミコトは急いで石畳の上に落ちた缶飲料を拾う。

 那美とミコトは、冷えた飲み物で喉の渇きを潤す。

 缶飲料を飲みながらミコトは、花壇とは別の雑草だらけの壇を見て狩摩に質問する。

「こっちの花壇は手入れをしないんですか?」

「あぁ、そっちは花壇から抜いた雑草を植えてある」

「雑草を? なぜ?」

「花や野菜は植物、雑草も植物。同じ植物なら対等に扱って雑草も育ててみようと思ってな……花と違って、雑草は手間いらずだから勝手に育つ」

「変わっていますね、雑草を育ている人なんて初めて見ました」

「そうか、変わっているか……二人とも、他の職員にこんな所にいるのを見つかると厄介だから、そろそろ見学コースにもどった方がいいぞ。あっちの方向に進めばクラスの仲間と合流できる」

「いろいろと、ありがとうございました……えぇと名前は?」

「狩摩断だ」

「狩摩さん、ありがとうございます」

 那美とミコトは断に教えられた方向へ歩き消えた。


 しばらくすると、今度はイヴがやって来て断に訊ねる。

「見学コースから外れて歩き回っている、女子生徒と男子生徒の二人連れ見なかった? こっちに来たはずだけれど?」

「さあ、気づかなかったな」

「そう、別に歩き回っていても支障はないけれど……セフィロトの部屋に間違って入ったところで、審判の日だから別にどうってコトは無いけれど……もっとも入り口は電子ロックされているから、入るコトはできないけれどね」

 イヴは断の近くに置いてある、二人分の空き缶を眺めながら言った。

「お父さんは呑気だね審判の日でも花壇の手入れ?」

「審判の日だから、ちゃんと世話をしないとな……いまさら、慌ててもどうにもならないだろう、セフィロトのブースターと魂核は見つかったのか」

「ダメだった、今日の見学生徒が最後の希望だったけれど。素体セフィロトは反応しなかった」

「素体細胞から自然分裂して、どこかへ飛んでいった三体のセフィロト球は? あの三体も分裂後に素体セフィロト化してどこかで眠っているんだろう? どれかが化生覚醒する可能性は?」

「あの自然分裂はゼロ・オリジンの素体セフィロトが成長段階に落雷の衝撃で生じた偶発的な産物。受精卵が細胞分裂するようなモノ、本体のゼロ・オリジンが化生覚醒しない限り。

分裂したワン・オリジンが独自に魂核とブースターを見つけていても化生覚醒しない……そのまま、朽ち果てるだけ」

「そうか、すべてはこの施設にある。ゼロ・オリジンのセフィロトに人類の未来は委ねられているのか」

 立ち上がって腰を伸ばした狩摩断は、クーラーボックスから取り出した缶飲料のプルトップを開けた。

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