第二十一話『セフィロト・ファム』『セフィロト・ニューレン』
セフィロトの乙女たちも、多勢の機神軍団の勢いに次第に劣勢へと変わっていった。
最初に危機に陥ったのは天空のセフィロト、千穂のセフィロト・ファムだった。
ライフル型の長身銃で、空の機神を粉砕していた千穂の翼に、黒いシミが広がりはじめる。
苦悶の表情を浮かべる千穂。
「くッ……あの時の触れた光りの箇所から」
《千穂お姉さま!?》
「姫は、敵の攻撃予測の演算に集中して……あたしは大丈……」
千穂が語尾を姫に伝える前に、一瞬の隙をつかれ千穂の背後から怪鳥将軍【ハルファス】の猛禽爪が襲う。
「ほほほ……背中側が隙だらけですわ」
ハルファスの爪がファムの、シミが広がりもろくなった翼に食い込む。
痛みに絶叫する千穂。
「あぁぁぁがぁぁ!」
「人間に空を飛ぶ翼は必要ありません……取ってしまいましょう」
もぎ取られる片翼。千穂の体はそのままハルファスに押さえつけられた格好で、空から地面へと激突させられた。
捕らえた獲物を地上に押さえつけた、ハルファスの執拗な攻撃が千穂に続く。
「ほほほっ……ほれっほれっ」
鋭い鼻クチバシが、何度も千穂の体を突き刺す──まるで弄んでいるように。
ついには、ハルファスのクチバシは内部にいる玉依姫の体を貫いた。
口から血を吐きながら、演算を続ける姫。
「げほっ……千穂お姉さ……ま……」
ファムの体から引き抜いたハルファスのクチバシの先端には、姫の血がついていた。
ハルファスは、キツツキが木に開けた穴から虫を引きずり出すように──千穂の体から姫の亡骸をクチバシで引っ張り出すと、無造作に遠方へ放り投げた。
絶叫する千穂。
「うわあぁぁぁ!!」
ハルファスの鼻クチバシに、凶悪なノコギリ状の突起が現れる。
ハルファスが言った。
「死になさい……人間」
その時、急接近してきた紅蓮の覇者・ワルキューレ隊の弁財天アテナ准佐が操縦する愛機『覇者機エアリアル』から発射された、対機神ミサイルがハルファスの首を吹っ飛ばし、首を失って制御不能になったハルファスはファムから離れ。
敵も味方も関係なく暴れはじめ、ワルキューレ隊からの集中砲火を浴びたハルファスの体は、爆破炎上して地上に落下していった。
倒れているファムの上空を旋回する、深紅の覇者機エアリアルからアテナの声がスピーカーを通して千穂に向けられる。
《立ち上がって! 死なないで! セフィロトはあたしたち人間の最後の希望!》
そう叫んだ、アテナの 覇者機エアリアルも横から飛んできた、従者『迅雷』の機械アームに翼を捕まれ、そのまま崖へと激突させられ中破した。
「姫……アテナさん」
涙でかすむ千穂の目は、円盤に連れ去られ助けを求めている家族の姿を見た。
家族を救おうと、空に向けた千穂の震える手は力尽き倒れ──千穂はファムの姿で息絶えた。
金華のセフィロト・ニューレンはケモノのような四つ這い姿勢になると、ケモノ耳とケモノ尻尾と爪と牙を生やして強化型の、ケモナー少女セフィロトへと変貌した。
「にゃがぁぁぁぁ!」
大地を四脚で失踪する、ニューレンは次々と陸の機神を牙と爪で粉砕していく。
首筋のタテガミを震わせて発せられた、ニューレンの超振動波も機神を大地の塵に還している。
金華の内部でブースターしている、弟の岩斗が心配そうな口調で言った。
《金華お姉ちゃん、獣化に心を持っていかれないで……理性が失われて、人じゃなくなるから》
岩斗は姉の心がセフィロトの影響で、獣性化するのを防いでいた。
「にゃは、大丈夫……ちゃんと力を抑制しているから、にゃは……あのデカブツを仕留めるよ」
ニューレンが疾走する先には、超巨大な首長恐竜型の大型機神と。
幻竜機神軍団従者のスピノザウルス機神の頭部に下半身が合体した姿の、幻竜将軍【ニーズヘッグ・ラプトル】がいた。
疾走していた金華の動きが止まる。
ニーズヘッグの近くに、なぜかバカンスに来ていて逃げ遅れた家族が乗った、黒い乗用車が止まっていた。
乗用車のタイヤは、全輪がパンクさせられていて、車内で泣き叫んでいる男女の姿が見えた。
車の周囲には、ニーズヘッグのラプトル体の六角穴から排出される、全長二十センチほどの小型肉食恐竜型機神が跳び跳ねて群がっている。
「けけけ……すでに機神は、一つの種として確立されているんだよ。この戦いは機神の種と人間の種が、種の生存をかけた戦いなんだよ……けけけ、おまえたちは車の中から引きづり出して、全身の皮を剥いでウロコの人工皮膚に張り替えて、別の生き物に変えてやる……けけけっ」
人質をとられた形で困惑している、金華に隙が発生した。
超巨大首長竜機神のギザギザな口が金華の 体をくわえ、上空へと放り投げる。
今まで体験したコトが無い高さからの落下。
落下地点にいた、幻竜将軍が乗用車から離れるのが見えた。
空中で、どうするコトもできないセフィロト・ニューレンの体はそのまま、家族が閉じ込められた乗用車の上に落下した。
衝撃音の中、金華は自分の巨体が逃げ遅れた家族を、車ごと押し潰してしまったコトを知った。
頑強なセフィロトの体は落下衝撃には、なんとか耐えて少しヒビが走った程度で無事だったが。
金華の心はショックで、自失茫然としていた。
「あぁぁぁあぁぁ」
心的ショックで立ち上がるコトができない金華、体の中から岩斗の声が響く。
《お姉ちゃん、しっかりして! 首長竜の超巨大機神が近づいてくる! 立ち上がって逃げて!》
金華に近づき、巨体の重量でニューレンの頭を踏み潰そうと前脚を上げた首長竜機神に向かって。
深緑の機動・フォンリル隊、重機動陸母車両【ベヘモス】の巨砲が火を吹く。
巨砲の弾丸が命中して、バランスを失い倒れてきた首長竜機神の下敷きになった、幻竜将軍は大破して機能停止した。
四つ這い姿勢から立ち上がろうとしていた金華の頭を、足で押さえつける者がいた。
「兄者、ここに弱いヤツがいるぜ」
金華の頭を踏みつけていたのは、暴昆虫将軍弟の【レギオン・スピード】だった。
兄の【レギオン・パワー】が、従者【悪虫女王アポリオン】に指示をする。
「女王アポクリオン、この人間に味方する生体機神の体内に、機械虫の卵を埋め込め」
「承知しました」
レギオン機神兵士の、後尾ドリルがニューレンのヒビが走った体の箇所に孔を開けて。
ニューレンの内部に機神虫の卵を押し込む。
金華は恐怖と痛みに吼える。
「ぎゃがあぁぁぁ!?」
体内に挿入された機神卵から、イモムシの体を持つ顎肢牙の人面機神が現れて、ニューレンの体内を潜り進み。
岩斗の場所に辿り着いた。
岩斗の悲鳴が聞こえてきた。
《金華お姉ちゃん! 何か気持ちが悪い虫が近づいてきた! 食べられている!? ボクを食べているよう……あぁぁぁぁ! 怖い! ぎゃあぁぁ!》
泣きながら絶叫する、金華。
「岩斗? 岩斗! 岩斗ぅぅ!」
岩斗の生命反応が、ニューレンの中から消えた。
完全に戦意を喪失したニューレンに、さらに追い討ちの攻撃を仕掛けようとしていた。暴昆虫将軍兄弟と女王アポクリオンを。
突然、横殴りで強烈な機神ヘビの太い尻尾が吹っ飛ばし。
空中に飛んだ、暴昆虫軍団の者たちは、浴びせられた腐食の毒霧でボロボロになって消えた。
金華の体を優しく支え起こす、巨大な女性の腕。
《金華……》
弟の岩斗を失った土雲金華は、顔を上げて視界が暗くなりはじめた目で、女性の声が聞こえてきた方向を見る。
そこには、奇ハ虫類将軍【レディ・ラミア】の頭部から生えている、母親の上半身があった。
「お母さん……?」
クシャクシャの泣き顔の金華を、レディ・ラミアの母親の腕は優しく抱き寄せる。
「お母さん……ごめんなさい、ごめんなさい」
金華の命の炎は、母親の腕に抱かれながら……静かに消えていった。
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