第十八話『神々の黄昏』


 いつもと変わらぬ夕焼けの空──八咫千穂はサッカーボールを追って、グランドを疾走していた。

「千穂お姉さま~ぁ」

 声援を送るトライテールの玉依姫。

 千穂がDFを交わして、ゴールを決めると見学ベンチから歓声が上がる。

 見学のベンチには、天津那美と裾野命。

 土雲金華と弟の石槌岩斗。

 九頭竜由良と愛犬のワタツミがいた。


 最近なぜか、ネコ耳カチューシャを頭に付けているコトが多くなった金華が言った。

 金華の腰には、ネコ尻尾のギミック飾りまでクリップでついている。

「にゃは、千穂はやっぱりすごいにゃ」

 口元を黒いマスクで隠し、金華から誕生日にプレゼントされた、忍者マフラーを首に巻いた由良が金華に続いて言った。

「そうですね、あの敵をかわすテクニックは、忍びの体術にも通じるモノがある」


 練習試合が終了して、スポーツタオルで汗を拭う千穂に駆け寄り、抱きつこうとした姫を千穂は軽くかわす。

 ミコトが那美に小声で訊ねる。

「千穂は、家族に心配をかけたくないから、イヴから聞いた。機神襲来の特別な話しはしていないって……那美はどう、身内に何か伝えた?」

 首を横に振る天津那美。

「言えないよ……機神天國の総攻撃が、近々ありそうだなんて」

「だね……正直、ボクも怖いよ。那美のブースターとして、一緒に戦ってきたけれど勝てるという自信はないよ」


 そんな中、異変は突然やってきた。周囲の人々が指差してざわついている先に目を向けた、那美たちはオレンジ色に染まる空を、不自然な動き方で飛行している黒光りの飛行物体を見た。

 カスタネットか、ドラ焼きに酷似した謎の飛行物体はジグザグに飛んだり、ワープをするように瞬間移動して離れた場所に現れたりして、不可解な動きで見ている者を翻弄する。

 ミコトが呟く。

「空飛ぶ円盤……と未確認飛行物体……UFOだ」

 UFOは一旦、建物の陰に入って見えなくなった直後──ものすごいスピードで急上昇してから、真横に飛び去っていった。

 謎の飛行物体が飛び去っていった方角は、イヴと狩摩断がいる、アポクリファ機構の地下総指令室がある方角だった。


 急接近してくる、全長一メートルほどの謎の飛行物体に、アポクリファ機構内で緊急事態を伝える警報が鳴り響く。

《未確認飛行物体を、機神と確認! 第一級防衛体制! 上部ドーム障壁閉鎖!》

 ドーム型の防衛障壁が閉じる、急接近してきた謎の飛行機神は、閉じられたドームの上空を数回旋回すると、高速回転でドームに突っ込み衝突寸前でフッと消滅した。


 探索レーダーで飛行機神を追っていた、オペレーターの声がうわずる。

「そんなバカな……消滅した謎の飛行機神、アポクリファ機構内部を最深部の総司令室……ここに向かって侵入中」

「どこにいるんだ? 監視カメラには何も映っていないぞ?」

「でも、近づいてきているコトは間違いありません……距離、百メートル、……五十メートル……二十メートル」


 ペロペロキャンディーをナメている、イヴが呟く。

「来る」

 突如、総司令室の中央に、一メートルほどの黒光りするUFO機神が出現して。等身の目の高さで変形する。

 細い手足と、くびれた腰の等身機神に変形した UFOは、モノアイの頭部や胸部を回転させて、周囲を眺めた。

 指令室にいた、弁財天アテナ、クーフー・ランスロット、円騎堂タケルが侵入してきた機神に銃を向ける。

 モノアイを赤く光らせながら、侵入してきた機神が言った。

「おやおや、客人に銃を向けるのが人間の礼儀ですか……わたしは、争いは嫌いなのですがね」

 狩摩断が機神に言った。

「アポクリファ機構総指令の狩摩断大佐だ……何者だ?」

「これは失礼、わたくし機神天國。宇宙軍師団長【トェルブ】と言います……ここに来たのは、明朝に我が師団機神が行う計画を告げるためです」

「計画?」

「はい、朝日と同時に人間に有害な光線を、宇宙空間より地上に照射します……『光線を浴びた人間の皮膚には、悪性の腫瘍が大量に発生します』」

 淡々とした口調で計画を漏らす、トェルブに断が問う。


「わざわざ、アポクリファ機構内部にまで侵入してきて伝えたということは……それだけ計画に、阻止されない自信があるのか……反対に阻止されるコトを前提に、なんらかの思惑があるのか……その、どちらかだろうな」

「どう捉えるから、あなた方の自由です……それでは、最終決戦楽しみにしています」

 そう告げて、ガシャガシャとUFO形態にもどった、トェルブは上昇と同時にフッと消えた。


 栄養素が含まれたペロペロキャンディーをナメながら、イヴがオペレーターに言った。

「八咫千穂に連絡を……成層圏外から攻撃してくる機神を粉砕できるのは、天空のセフィロト・ファムしかいない」

 断が呟く。

「結局、我々人類には今聞かされた計画を阻止する選択肢しか残されていいということか……連中、計画の裏側に何か大きな企みを潜ませているな」


 夜が明ける前の、東のの空が薄っすらと白みはじめた頃──セフィロト・ファムに化生覚醒した千穂は、翼を広げて空にいた。

 ファムの中のブースター、玉依姫は早朝の眠けから千穂の体内で寝入っている。

(姫のサポートなしで、やるしかないな)

 いつもなら、姫の瞬時の演算で敵の攻撃を、千穂はある程度の回避をしていた。

 千穂は体から放出した光の粒子を凝縮させて、身長と同じくらいの巨大な弓と矢を手の中に出現させる。

(この弓と矢が、今回の敵に一番有効な武器かどうかは、わからないけれど……攻撃飛距離は最高)

 目を凝らして東の空を見ても、機神の存在は確認できなかった。

(本当に機神の計画奇襲はあるの? 何もいないけれど?)


 少しづつ太陽が水平線から昇ってきて周囲が明るくなる。

 朝日の線上の中、東の空を見ていた千穂は背後に異様な気配を感じて振り返る。

 千穂の後方、数キロ上空の成層圏外に、両側に鳥の翼を数枚生やした、目のような形をした機神が浮かんで千穂の方を見ていた。

 

「しまった!」

 慌てて千穂が弓に矢をつがえるより先に、宇宙軍機神から太陽光を変化反射させた光線が、地上の都市の一角に降り注ぐ。

 第一波の光線を浴びた地域の人々の皮膚に悪性の腫瘍が、ボコッボコッと発生した。

 光線が少しだけ触れた、セフィロト・ファムの翼の一部が黒く変色する。

「くっ!?」

 千穂が放った矢は、第二波を発射する前の宇宙機神を貫き、撃ち抜かれた機神の機体が朝焼けの中……燃え盛る巨大な流れ星となって、海に向かって降下していく。

 落下した海で起こる大爆発、海の水が蒸発して海の一部が化学反応で乳白色のドロドロとした泥の乳海、アムリタ海へと変わる──すべてがトェルブの計画展開だった。

 アムリタ海の出現を合図に、機神天國の総攻撃が開始された。

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