第28話 好きってなんだと思う?

 静かになった部室。あいつが帰ったから当然っちゃ当然なんだけど。ゲーム機の眠りにつく音を聞きながら、あたしは部室のドアの鍵を閉めた。


「ま、こうゆうイベント潰しも必須よね。」


 独り言ではないその言葉を呟くと、あたしは大きくない足取りで部室の異質へと向かう。


 大きなロッカー。花影が示した通り、突然湧き出るように出現したこのロッカーはあたしが用意したものだ。


 意外と軽いと思ってしまった自分の女子力が怖いと思う。


「もう大丈夫よ。花影なら帰ったわ、ついでにイベントも潰しておいたから今なら出てきて大丈夫」


 恐る恐るといったふうに、開けられるロッカー。耳障りな金属音の摺れる音とともに、内側からロッカーが開け放たれる。


「......」


 何か言いたいようなそんな顔をしながら、この子はあたしの目の前に出てくる。予想していたその顔に、ちょっと笑っちゃった。


 あたしはこの子の分もお茶を用意しながら声を掛ける。


「それで、どう感じたのよ?」

「......」


 この子は何も言わないまま、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。ぎゅっとそのまま置かれたクッションに顔を埋める。


 その行動があまりにも可愛くって、クスリと笑みがこぼえれてしまう。本当にどうして、この子といると笑顔が絶えない。


 絹のような綺麗な黒髪が、長いそれがクッションからはみ出る。まるで子どもの頃のかくれんぼみたい。


 その様子にまたクスリと笑みを浮かべながら、アニメのアイコンが書かれたマグカップを差しだしてあたしはもう一度聞いた。


「それで、どうだったのよ......楓花?」

「ど、どうって......」


 普通ならまっさきにロッカーを調べると思ってハラハラしたけど、まぁ相手は花影だし、大丈夫だと思った。


 あたしの親友の楓花がロッカーの中に隠れていたのを知っているのは、あたしだけだ。


「会うのが気まずくて、隠れてたんでしょ?」

「そ、それは華蓮ちゃんが......!」

「んー?聞こえなーい」


 わざとらしく、そう言うと楓花は少しだけクッションから恨みたげな目線をあたしに寄越してくる。


 もちろんこの子には、盗み聞きする趣味なんてない。それは中等部からの付き合いのあたしが保証する。


 今日部室を開けたら、うずくまってる楓花に提案をしたのはあたしだ。ロッカーにでも隠れてれば?って。


 それで合図をしたら、サプライズのように出てきて今まで通り、っていうプラン。


 でも、いくら待っても出てこないし、花影もずっと楓花のこと気にしてるから少しだけ背中を押してあげようと思った。


 まぁ勝手に格ゲー始めたあたしが悪いっちゃ悪いんだけど、さすがに一時間もやっていたのよ。出てきなさいよ全く。


「んで、楓花はどう思ったのよ?」


 三度の質問。今度は茶化すような感じじゃなくて、ゆっくりと楓花に届くような質問。あたしはどんな結論だろうと受け止めるわよってね。


 そうしたら、震える声で楓花があたしに話し始めた。


「自信が......無いんです......」

「自信......?」

「はい......。私も少なからず、日向くんともっと仲良くなりたいです......。でも、日向くんが意識してるのはオタクとしての私......じゃないですか......?」

「なるほどねぇ」


 きっかけは楓花の勘違いから始まった関係だったと聞いた。でも花影はそれを受け入れて、オタクとして、いや楓花が楽しいと思っていることを知ろうとしてくれている。


 本当に嬉しかった。あたしじゃ生徒会活動中は構ってあげられない。でも生徒会も疎かにするつもりは無い。


 本当に醜いサバサバした性格だと、嫌になってくる。それでも、楓花はあたしに嫌な顔一つしないでお茶を入れて、話を聞いてくれる。


 だから花影のあの反応を聞いて、あたしまで嬉しくなった。


 だけど、それは逆に楓花にとって不安になってしまう言葉。


 花影は、楓花自体じゃなくて、楓花の知っている楽しい事だけに、オタクな楓花だけに惹かれているんじゃないかっていう、そんなネガティブすぎる不安。


 オタクとしての繋がりが無くなったら、嫌われてしまうんじゃないか?ただの女の子としての魅力は自分にないんじゃないか?


 そうした後ろ向きなな気持ちが詰まった言葉。


 いつしか、楓花の頬を伝わる気持ち。クッションにその跡を何粒も作りながら、楓花は言葉を、ゆっくりと感情を吐き出す。


「だから......このままでも......私は......!」


 それもいい選択だと思うわ。関係が崩れるのなら、進まなきゃいい、そのままでいいって。でもね、楓花。


「そう思ってるのなら、そんな顔すんじゃないわよ」

「......!」

 苦しく涙をずっと流しながら、噛み締めるようにそんなことを言い聞かせているあんたの顔なんて見たくないわよ。


 まったく世話妬かせるわね。


「馬鹿ねぇ、あんた。花影があんたが思ってるような奴なら、とっくにあたしがしばき回った挙句血祭りにあげて、盆踊りしてるわよ。」

「か、華蓮ちゃん......!ひぐっ!」

「もうみっともない顔ねぇ。」


 あたしは移動して楓花の隣に座る。クッションはもう涙でびしょびしょ、髪の毛が顔に張り付いて、うわ、鼻水まで。


 それでもゆっくりと、肯定するようにあたしは楓花を抱きしめる。そこからとめどなく流れる感情。いいの、泣いたって、みっともなくたって。それが恋でしょ?


 すると楓花は突然突拍子もないことをあたしに言った。


「い、いいんですか?華蓮ちゃんも日向くんの事......」

「は?」


 急に楓花を離し、ジト目と冷たい瞳、まるでゴミのようなものを見る目を楓花に向ける。自然とこんな目線になったの久しぶりなんですけど?


「あんたみたいにチョロインじゃないんだから、好きになってないわよ。」

「で、でも、でもでも......」

「好きになってたら、親友のあんたにもちゃんと言ってるわよ。ほんっとに馬鹿なんだから」


 もう一度強く抱きしめる。ほんっとに馬鹿ね。


「いいんですか?こんな私でも、好きになって......」

「いいのよ。というか何よそのとんでもない過去を持つヒロインのような台詞。あんたにないでしょそんなこと。」

「へ、へへへ......」

「少しは、らしくなったじゃない?」


 そのままいつまでも泣き続ける親友をあたしはただ抱きしめる。これくらい、いつだってしてあげるってのに。本当に世話がやける子。


 そのまま楓花が泣き止むまでには、窓の外が夕日から月夜に変わっていた。









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