第10話 お泊まりクエストってなんですか? 2
パンと手を叩く音が聞こえる。
「それじゃあ〜私達と坊ちゃんはお風呂先頂きますねぇ〜」
梨花さんが、先輩の後ろを押しながら玄関から移動し始めた。
ああ、僕は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。
「さ、坊ちゃんも卑猥な想像はそこまでにしていきますよ」
「そんな想像していないですよ!」
僕は牡丹さんき手を引かれ、お風呂場に行く。背後では、大きく笑うお婆ちゃん。
くそう、面白がって!先輩だって困惑しているはず―
そう思って横目で見た先輩は顔が赤くなって、何やらブツブツと呟いていた。まずい、さすがに体が冷えてしまったかな。
「せ、先輩大丈夫ですか?」
「混浴ですかぁ...さすがに混浴は聞いていないというか、さすがにお付き合いしていないのにお風呂まで一緒に入るとか、そんな緊急クエスト聞いてないですよ。そんなフラグ今までありましたか?セーブポイントに戻るのは可能なんでしょうか......。
というか下着の色なんでしたっけ?え、下着って...なんでしたっけ?
どうしましょう、どうしましょう......」
「い、いや、違いますよ!男女で分けられているので、大丈夫ですって!」
「へあ?あ、ああ一緒に入るってそういう......」
うちのお風呂とは言ったけど、それは旅館に備え付けられている天然の温泉のことだ。男女でもちろん分けられており、サウナや露天がある、うちの旅館の名物でもある。
でも旅館を全面的に押し出していないからお客さんは来ないし、結局普段は僕たち家族が利用しているんだけども。
そうして引きずられるように、連れていかれた先輩を手で送ったあと、僕も脱衣所に入った。
檜でできた木のいい匂いのする脱衣所でいそいそと脱ぎ、僕は温泉に入るために体を洗う。
先輩にはああ言っけど、僕もかなり体が冷えている。昔から丈夫なほうじゃないし、早く温泉に浸かりたい。
「はぁ〜〜〜生き返る〜」
ようやく一息付けたようにゆっくりと、肩まで湯船まで浸かると体の芯まで温まる。今までずっとお世話になっている温泉だけど、飽きる事なんて考えられないし、毎回感謝したいほどに気持ちいい。
「こ、これじゃあ温泉じゃないですかああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!」
先輩の叫び声が隣で上がる。うんまぁ壁一枚仕切っているとはいえ、あそこまでの大きな声はさすがに防げないよね。
しばしの後、何やらキャッキャッと声が聞こえ始めた。梨花さんと牡丹さんも入ってきたかな?体もだいぶ温まったし、聞き耳立てるにも悪いから、僕は露天に行こうかな。
そう思い、ガラス製の扉をゆっくりと開けると、夜風が体に当たる。少し寒いけど、しっかりと温まったから気持ちいい気もする。
「はぁああぁぁぁぁぁ〜」
少し熱めのお湯に浸かりながら、月を眺める。本当はもう少し見るものもあるんだろうけど、ゆっくりと頭上に登る月を眺めながら、今日あったことを思い出す。
女性とお出かけなんて初めてだった。最初はとても緊張したけど、それでも初めてスマホを買えたし、色んなゲームがあって、ずっと楽しそうだった。
ん、思い浮かぶ場面にいつも楽しそうな先輩の顔がずっと思い浮かぶ。でも、本当に可愛かったなぁ。はしゃぐ先輩も、驚く先輩も赤くなる先輩も......。
いつの間にか記憶に残る、先輩の顔をなぞっていた。何度も丁寧に大事な写真を撫でるみたいに、先輩との思い出を何度も見返すように。
「ち、ちょっと考えすぎ......。夜風に当たろう......」
僕は外に置かれている木造の長い椅子に座る。椅子と入ったものの、背もたれもないし、ただ座るだけみたいな場所。
その背中に隔離するように配置されている女湯と男湯を分ける木で作られた壁に背を預ける。それと同時に向こうからも何かを押し出すような衝撃が響く。
「え?」
「はえ?」
思わず声を上げたら、向こうにいる人も声を上げたみたいだった。僕は恐る恐る声をかける。
「せ、先輩?」
「ひ、日向くん...ですか?」
「は、はい。少し考え事しすぎたので、風に当たろうかなって......」
「わ、私もです。」
気まずい沈黙が流れる。壁を隔てているとはいえ、お互いにえっとその、裸だし?
そんな想像をしたらまた熱くなる顔を、ぶんぶんと振る。そうしたら向こうからも、おずおずといったように声が響いてきた。
「そ、その...今日のことを思い出してたんです......。」
「え?」
思わず声が出た。
だって同じことを僕も考えていたんだから。
「わ、私...男の子と休日お出かけするの...初めてだったんです。最初はすごく緊張してましたけど...それでも楽しくって......」
僕も同じだ。
「だから...さっき牡丹さんに言われたこと考えちゃいました......。」
「?」
しばしの沈黙の後に、恥ずかしそうに言ったであろう言葉が僕の耳に届く。
「で、デートみたいだったな...なんて......」
「え、ええ!?」
「あわわ、分かってます、分かってます!自惚れで気持ち悪いとか!自分でも思いました!」
驚きのあまり声が出てしまったけど、確かに言われてみればそう思う。咄嗟に牡丹さんに反論したのはきっと僕も同じことを考えていたからで......。
何やら向こうからぶんぶんと何かを振る音が聞こえる。
「僕も、同じこと思ってました」
「ふえ?」
「僕も初めてだったので...牡丹さんが話していた通りで、女性とお出かけするの初めてだったので......」
「そ、そうなんですね......」
「でも、分からないことだらけでしたけど―」
「?」
「楽しかったです。先輩と色々なことが体験出来て。」
いつの間にか笑みを浮かべた僕の顔。うん、本当に楽しかったんだ。
「だから、ここから話すのは...ただの自分よがりですけど......」
「?」
しばしの沈黙。僕も恥ずかしい。顔が沸騰してなんかの汁が出てきそうだけど......でも、うん。先輩だから言っておきたいんだ。
「僕は今日のことデートだって思います。」
「え!」
驚いた声が向こうから響く。僕は勢いよく、椅子から立ち上がると、言葉を吐いてその場をあとにしようとした。
「そ、それじゃあ上がりますね!」
「ち、ちょっと待ってください......あ、痛!」
何かがぶつかる音ともに、先輩のうめき声が聞こえる。もしかして転んだ!?
「せ、先輩大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です〜......。えっと......」
しばしの沈黙の後、先輩の声が小さく聞こえる。僕は聞き逃さないように、壁にまた寄り添う形に戻った。
「わ、私も...今日のこと...デートだって思います。思いたいです......」
「先輩......」
「それとあの......」
先輩は何やら言い淀んで、しばしの沈黙の後、言葉を僕に向けた。
「また...日向くんと...デートしたいって......思っちゃダメ......ですか......?」
ぽつりと呟かれたその言葉。だけど、僕もそう思います。思います先輩。
「はい、これから何度でも!僕も先輩とデートがしたいです、先輩とがいいです!」
「え、あわ、えへへへへ......」
向こうから恥ずかしそうな笑い声が響いた。
「じゃ、じゃあ本当に行きますね......!少し冷えたので、浸かってから上がります......!」
「え、あ、はい......」
名残惜しそうにそう言う先輩をおいて僕は、温泉のドアを開けて中に入った。そのまま、地面に座り込む。
「かなりのぼせたみたい......」
先輩の声を、言葉を聞いて火照る体を僕はのぼせたと言い訳しながら、温泉に浸かった。
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