第9話 お泊まりクエストってなんですか?

「初めましてお嬢様。私、花影家に務めています牡丹と言います。気軽に牡丹ちゃんとお呼びください。」

「あわわわわわ...えっと......」

「牡丹さん、こちら僕が今日お世話になった二年の美空楓花先輩。」


 混乱しながら、汗を飛ばしている先輩に代わって僕が説明をする。


 うんまぁ混乱するよね。昔僕の家に遊びに来た桜雅くんともち丸くんも、同じような反応だったし。


「え、えぇと日向くんこの綺麗な人は?」

「さっきの説明通り、僕の家に泊まり込みで働いて頂いてる使用人の牡丹さんです。」

「楓花様、お噂はお坊ちゃんからかねがね。何やらお坊ちゃんがスマホを買うという口実でデートを取り付けた相手...と。」

「でででででデート!?」

「へ、変なこと言わないでください!牡丹さん!」


 プシューと効果音を立てながら、何やら茹でダコのようになってしまった先輩。その様子を眺め、満足そうな顔をした牡丹さん。


「ふふ、冗談です。お二人とも、目の前にタオルをかけておいたので、家に着くまでそれでをご利用ください。」

「あ、ありがとうございます......。」

「さすがですね牡丹さん。」

「使用人として当たり前の務めでございます」

「なら、僕の代わりに料理も作っ―」

「それは嫌です。」


 うーん、これなんだよなぁ牡丹さん。家事、雑務、晴香姉さんの仕事の手伝いまで、なんでもござれなのにそこは譲らないもんなぁ。


 僕は料理なら何でも大体できるけど、洋食に限っては牡丹さんの方が何倍もうまい。なのに僕に作らせるのだから、非常にタチが悪い。


「ところで、牡丹さん。迎えに来るのが早かったけど?」


 僕はふと思った疑問をぶつけてみた。家が近いといっても色々準備が必要だと思うし、さすがに早いと思ったからだ。


「坊ちゃんの初デートでしたし、私も陰ながら尾行―ゲフンゲフン。見守ろうかと思い―」

「つまり面白そうだから見てたんですね?」


 答えは無いが、確実にそうだと僕は確信している。答えの代わりなのか、アクセルを踏む音と共に、景色が早く切り替わるように流れていく。


 茹でダコのまま俯き、タオルで顔を隠す先輩と、どんどん早くなる景色に溜息を吐いた僕。面白そうにニヤリと笑いながらハンドルを切る牡丹さん。


 ちぐはぐなドライブは少しの間だけ続いた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お、おえ...ウエップ......」

「楓花様、こちらエチケット袋です。」

「い、いえそこまでは...ウエップ......大丈夫です......」


 あの後の無茶なドライブを初めて受けて吐かない人は久々だと思う。


 僕は改めて、美空先輩を尊敬した眼差しで見つめ、牡丹さんは面白い人に向ける視線を先輩に向けている。


「流石です楓花様。今度は少し本気でドライブしましょう。」

「へ?あれで全力では......」


 青ざめたような先輩がプルプル震えながら、牡丹さんを見つめている。


 可哀想に......。一応祈っておこう。僕は胸の前で十字架を斬ると、先輩の手を引いた。


「さ、行きましょう。風邪ひいちゃいますよ?」

「は、はい。って......」


 先輩は持っていたタオルを落としながら、大きな口を開けている。ん、なんか変なものではあったかな?目の前には僕の家しか無いんだけど......。


 わなわなと震えながら、先輩は大きな声をあげた。


「でっっっっっっっっっかあああああああああああああああああ!!!!!!」

「へ?」

「へ?じゃないですよ!へ?じゃ!

 こここここここって日向君のおうちなんですか!?」

「え、ええまぁここに住んでますけど......」

「ほぼ旅館じゃないですか!というかそれにしても大きいですよ!」


 まぁ確かに敷地だけなら大きいとは思うけど......。


「でも、王将院学園に通う他の人の方が豪華だったり、大きかったりしますよ?」


 さすがに僕の家が普通だなんてそこまでは言わないけれども、小等部、中等部とあの学園の系列で過ごしてみると、僕よりもっと凄いのはゴロゴロといる。


「まぁとりあえず入りましょう?本当に風邪ひいちゃいますよ。あ、というかもうすっかり夜ですけど家は大丈夫ですか?」

「え、ああ。それなら大丈夫です......。遅くなると連絡はした...ので......」


 そう言いながらまた僕の家を眺める先輩を家まで運ぶのは大変だった。玄関まで来ると、お婆ちゃんと使用人の梨花さんが出迎えてくれた。


「日向坊ちゃん〜おかえりなさい〜」

「帰ったかい、日向。おかえり」

「お婆ちゃん、梨花さんただいま〜」


 深く刻み込まれた皺と白髪をまとめあげたお団子ヘアー、そして綺麗な装飾の施された煙管をふかしている僕の祖母。


 栗色のボブカット、幼い見た目の使用人の梨花さんに対して、美空先輩はとてもオドオドしながら挨拶をした。


「は、初めまして...美空楓花です。」

「初めまして〜私は梨花と申します〜。」

「あたしは雫。ここの老いぼれさ。楓花ちゃん、話は日向から聞いてるよ。なんでもスマホ買いについて行ってくれたんだって?」

「は、はい。」


 ふわふわの梨花さんと対象的な張り詰めたようなお婆ちゃんにそう言われ、借りてきた子猫のようにプルプル震えている。確かに怖いもんな初対面だとうちのお婆ちゃん。


「ありがとうねぇ。」

「え?」


 突然のお礼の言葉に、先輩は変な声で返答をした。


「この老いぼれじゃ、若者の持つものは分からないからねぇ。梨花は、おっとりしすぎて迷子になるし、牡丹はまぁ、うん......。」


 梨花さんは自分が言われたことがあまり理解してないのか笑顔だし、牡丹さんはお婆ちゃんの濁した言い方に不敵な笑みを浮かべている。


「だからありがとうねぇ。」

「あ、い、いえ。こちらこそ今日は楽しかった......ですし......。」


 ぽつりぽつりと、俯きながらそんな言葉を言う先輩。耳まで真っ赤にして、指をいじいじとしている。


 そんな様子と言葉に満足気に少し頷くとお婆ちゃんは楓花先輩の肩をガシッと掴みながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ま、そんなことだから今日は泊まっていきな!」

「え、ええええええ!?」

「あら、なんだい。よく見たらずぶ濡れじゃないかい?ダメだよ、女の子が体冷やしちゃ」

「え、あ、いや、でも―」

「もう夜もフケてきたしねぇ。」


 さすがに先輩を泊めるのは道徳的なあれが危ないと何かが僕に囁いている気がする!


「さ、さすがにお婆ちゃん、泊めるのは......」

「なんだい日向。こんな可愛い女の子を夜道帰らせるきかい?」

「いやまぁそうだけど......!」


 うちの家から駅までは少しかかる。それに春の夜に濡れた体で帰ったら確実に風邪をひく。僕のスマホを買いに付き合ってくれた先輩が病気になったら後味が悪い。


 だけどさすがに年頃の女の子を泊める訳には......。


 打開策は無いかと、凄まじい速度で脳が活性化を始める感覚に陥り、僕は見つけた最大の活路を口にした!


「あ、それなら帰り牡丹さんに車を運転してもらえば......」

「え」


 先輩はぎょっとしたような顔で僕を見る。でも、それならば泊まる必要が無いと思うんだ。


「体をあっためて服を乾かしてから、牡丹さんの車に送ってもらえれば泊まる必要ないですよね!

 ここから駅まで少し歩きますし、入ってたら多分終電ギリギリになりますし!」

「し、終電!?」

「あら、聞かなかったのかい?ここら辺この時期電車が少ないのよ。」

「そ、それではまたあの車に......?」


 怯え、肩を震わしながら先輩は牡丹さんを見つめる。その視線に気がついたのか、牡丹さんは不敵な笑みを浮かべながら言葉を述べた。


「ええ、私は構いません。先程のドライブではあまり楽しめませんでしたし、今度は―」


 牡丹さんがいい終わらないうちに先輩はスマホをカタカタととんでもないスピードで打ち込み始める。


 その速さは先輩の指が、残像を残すほどに早かった。


「だ、大丈夫です!親に友達の家に泊まると言ったので!了承も得ました、ほら!」


 みんなに見せるようなスマホの画面には、お母さんと書かれた画面に、泊まることと了承を得たことが書かれていた。


 え、ん?


 てことは先輩が泊まるって?僕の家に?


「僕がトドメを......?」


 そう呟いた台詞に先輩以外が反応した。そして打ち合わせをしたような感じで言葉を合わせる。


「日向」

「日向坊ちゃん」

「日向坊ちゃん〜」

「「「ナイス!」」」

「ああああやっちゃったあああああああああああああぁぁぁ」


 頭を抱える僕に先輩は近づいてきた。蹲るような僕の姿勢に合わせ、腰をおりながら顔を近づかせる。


 先輩の肩をガっと掴みながら、必死に訴える。


「せ、先輩考え直しましょう!なにか手があるはずです!」


 そんな懇願は、先輩のほのかに染る台詞で吹き飛んだ。


「ふ、不束者ですが...よろしくお願いします......。」


 こうして先輩は、僕の家に泊まることになってしまったのだった。

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