第4話 ライトノベルってなんですか? 2

 豪華すぎる校舎の門をくぐり抜け、ゆっくりと広すぎる廊下の壁に体重をかけながら歩いていく。


 前方に、僕の見知った顔を見つけた。


「お、おはよう......」

「おう、日向!おはよ...ってお前クマすげぇぞ」

「花ちゃん、どったの?」


 僕は今にも閉じそうな瞼を何度もこじ開けながら、桜雅くんともち丸くんに朝の挨拶をする。


「いや...少し寝不足で...気を抜くと...スピー」

「おいおい、朝っぱらからこんな所で寝るなよな!もち丸、持ってくぞー」

「おー」


 肩を借りながら、僕は教室に連行されていった。


 そこからはもう地獄だった。


 一限は眠さでフラフラして後ろの席の子に心配される。


 二限ではウトウトしすぎて、机に大きな音を響かせて先生に心配されるし、三限では理科の実験で危うく髪の毛を燃やす所だった。


 あまりの心配のされようで、四限は保健室で仮眠をとったほどだ。さすがにそのおかげで昼食の時間にはある程度復活して、お弁当を食べれたけど、桜雅くんともち丸くんにはすごく心配された。


 本当に申し訳ない気持ちでいたたまれなくなったよ......。


 そして五限と六限を終えて僕は、あの部室へと足を運ぶ。


 そこにはジャージ姿...ではなく、ちゃんとした制服に身を包んだ美空先輩が居た。


 長い黒髪を耳にかける先輩はとても綺麗だと思う。


 他の人が見ればだけども......。


 実際にはスマートフォンを見ながら、何やら興奮しているようで、ぶつくさ言いながら時折、奇声を発している。


 声をかけるかどうか迷う。というか帰ろうかな、怖いし。


「あ、日向くん、来てくれたんですね!」

「え、まぁ、はい」


 スイッチの切り替えがとても上手なのか分からないけど、僕を見つけた先輩はそれはそれはとても嬉しそうな顔をしてくれる。


 なんだが僕まで嬉しくなる様な、そんな気がした。


「もう来てくれないかと思いまして......」

「?」


 そう言われて気づいた。先輩の前のテーブルには、何個かのお菓子の袋が開けられている。それに読み返したであろう他の小説も塔のように積まれていた。


「もしかして先輩、今日5限まででした?」

「あ、日向くん今日六限だったんですね。道理で......」


 一年生と二年生では時間も違うし、受けている内容も違う。学業優先の特進科ではもっと遅い時間まで授業があるし、運動優先のスポーツ科ではもっと早めに切り上げてスポーツに打ち込んでいる。


「あ、それで先輩、これお返ししますね。」


 僕は紙袋を先輩に手渡しながら、ティーポッドでお茶を入れて席へ着いた。先輩の分もいれて差し出す。


 昨日のような二の舞はちょっとゴメンだからだ。


「それで...そのぉ...どうでしたか?」


 恐る恐るといったようなそんな表情で、聞いてくる。まぁ自分が奨めたものの評価っていうのは多分怖いんだと思う。


 僕はそ誰かに勧めるっていう経験がないから分からないけど。


「面白かったですよ。」

「ほ、ほんとですかぁ〜?」

「はい、とても」


 僕は今できる精一杯の笑顔でそう返事した。そうすると先輩は嬉しそうな顔をしながら、手で顔を隠した。


「はぁ〜。本当は怖かったんです。いくら待っても来なかったし〜、はぁ〜良かったです。」

「最新刊まで読み進めましたけど、朝まで何度も読み返してしまって寝不足です。ははは―」

「ですよね!」


 僕がそう言うといきなり先輩はテーブルには手を着いて、迫真の表情で迫った。やばい、ガソリンを注いでしまったかもしれない。


「そうなんです、そうなんです!最初は軽く試し読み程度で読んでやろうと思っても次の展開が面白くて次はどんな?次はどんな展開?って読み進めるうちに最新刊まで来てしまって、ああ、次の発売日まだかなぁとかネットで調べると数ヶ月先で悶えるとか。

 先の展開が気になるから最初は速読なんですけど、その後読み返すとああ、このシーンはあのシーンに繋がっているんだな、とかあのシーンの伏線はここにあったのか!とか気づけたりしたりするんですよ!それで何度も読んでいるうちに自分の好きなシーンって何巻だっけとか探したり、それでまた読んだりの永遠ループ!ああ、素晴らしいですよねぇ〜、って。

 すみません!またやっちゃいましたァァァァァァァァァァ!!!」


 激しくラノベの良さやあるあるを語った後、僕の顔でハッとして自己反省会を初めてしまった。コロコロ表情が変わって本当に可愛いと思う。


「いやいいですよ。僕もこれなら読んできましたし、少しはお話できるかなと思って楽しみに...して...来たんです......」

「日向くん?」


 ああ、ダメだ。眠い。僕は早寝早起きの体質で、朝まで起きていた事なんて片手で数えるしかないんだ。


 でも、我慢しなくちゃ。僕も話すのを楽しみに......。


 いつの間にか、ソファーに体を預ける形でゆっくりと瞼を動かす。そんな僕に先輩は少し笑ってからこんなことを聞いてきた。


「どうして、そうなるまで読んでくれたんですか?」


 先輩の声が少し遠くに聞こえる。微睡みのようなそんな心地よい声色に僕の瞼はどんどん重くなる。


 読んだ理由かぁ。


 そんなの決まってるよ先輩。


「それは...先輩が好きな事を......話す時......素敵に見えたから......僕も...知りたい...って......スピー。」

「!」


 前方で何かが落ちるような音が僕の耳に響く。その頃に僕の意識は完全に、眠りへと変わっていった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お〜い。日向くん〜」

「......」

「日向くん〜。そろそろ門が閉まりますよ〜」

「...って......」

「日向く〜ん」

「...だからゆで卵は電子レンジで作れないって言ってるでしょうがァァァァ!」

「ひえぇ!」

「はっ!ここは、え、学園?」


 確か晴香姉さんが大量の卵を電子レンジにって...ん?先輩なんでちょっと涙目なんだ?


「い、いきなり大声出されると...ふえ......」

「え、あ!夢!?え、てか時間は!」


 僕は壁にかけてある時計を見る。もう校門が閉まる時間じゃないか!え、てことは僕寝てた!?


 あんなに楽しみにしてた先輩をほっぽって!?うわああああやっちゃったああああああああああああああああああああああああぁぁぁ。


 僕はすぐさまソファーから降りると土下座。


「こ、この度は申し訳ございませんでしたァ!僕の体調管理の―」

「い、いいですから!え、ええと。おもてをあげい!」

「は、ははぁ!」


 自然と謝罪の言葉が流れ出る僕に、いやに芝居臭いセリフを先輩が口にした。先輩はゆっくりと僕の前に膝を追って視線を合わせてくれる。不意に近づく先輩の顔に、胸が飛び跳ねた。


「大丈夫ですよ。私もそのぉ...嬉しかったですし。」

「そ、そうですか?」

「はい。実際にちゃんと読んでくれて、ここにまた来てくれて。ありがとうございます。」


 そう言われ僕は顔が赤くなるのがわかる。真っ直ぐに見つめられながら、そんな素敵な笑顔で感謝されるなんて僕の経験上なかったから。


 ゆっくりと立ち上がりながら、頭をぐしゃりとかいて僕も言う。


「本当に面白かったので、また色々教えてください。今度は自分の睡眠時間と相談しながら読みますね。」

「はい、是非そうしてください!」


 笑顔のまま僕達は部室を一緒に出る。今回は失敗しちゃったけど、うん、ほどほどが一番いいと思う。先輩ともっと喋りたかったし。


 二度目の帰り道をゆっくりと歩きながら、少しずつ会話を積み重ねる。今日出来なかった分、お互いが、少しだけ相手に遠慮しながら。


「そういえば、今日みたいなことがあったら少し大変ですね」

「今日みたいなこと、僕が寝たことですか?」

「まぁそれもそうですが。時間割が違うじゃないですか。なので連絡を取り合いたいんです...けど......」


 顔を赤らめながら、下から僕をじっと見つめる美空先輩。これは昨日読んだとこで出たとこだ!


 俗に言う上目遣いと言われるもの!


 た、確かにとんでもない破壊力。なんでもお願いを聞いてしまいそうだ。


「そ、それであの...日向くんが良ければんですけど......。」


 美空先輩はおずおずとポケットからスマートフォンを取り出しながら、俺の方に向けてくる。それはなんだか、ラブレターを手渡す少女のようだ。


「ラ、Limeを交換しては頂けないでしょうか!?」


 行き良いよく飛び出したそれを僕は少し笑顔になりながら、美空先輩に話しかける。


「ええ、ぜひそうしたいんですけど......」


 でも端切れの悪い僕の返答に、なんだかまずいことをしたような顔で、気まずそうな顔をはじめる美空先輩。


「そ、そうですよね......。いきなり連絡先とか―」

「い、いえ!そういうことではなくてですね」

「?」


 悲しそうに愚問マークを掲げる美空先輩。頼むからそんな顔をしないでください。僕まで悲しくなる。


 僕は言いずらそうに、かつ少し恥ずかしそうにことも次第を伝えた。


「僕、スマートフォン持ってないんです......」

「...え?」

「だ、だから、連絡先交換したくても出来ないんですよ!」


 しばしの沈黙の後、先輩は空に向かって叫んだ。


「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!?!?!?!?!?」


 人の居ない校舎の中で、いつまでも先輩の咆哮は轟いていた......。




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