きっと誰かの心の中で

木村あるみ

第1話 さては京の夢、大阪の夢

 知らぬ間に、貴方は列車に迷い込んでいることでしょう。


 そうであれば幸い。貴方は愛に選ばれた存在です。


 何も恐れることはありません。レールの上をひた走る列車の小刻みな振動に、静かに身を委ねていればいいのです。退屈であれば、近くの方と歓談をするなり、こちらで差し上げますお茶菓子をいただいたり、山に霧が幻想的に絡み合った風景を、車窓越しに眺めるというのも乙なものでしょう。


 そうこうしているうちに列車は終着駅に止まります。

 すぐに木造の橋が見えることでしょう。彼岸花の咲く場所が目印です。渡る前にはどうか振り返り、ひとつ頭を下げてください。この橋を渡るための作法らしいので。


 橋を渡れば、貴方は無事に目的地に到着したことでしょう。

 そこは多種多様の生物が、相争うこと無く交流する街にございます。

 街の名前を聞けば、皆が口を揃えて言うはずです。

 ――胡蝶の街、と。


 そう。ここは夢の街。

 夢が醒めるまでの間、どうかこの地でのんびりとおくつろぎください。






 最後に、よろしければ橋の方を振り返っていただけますでしょうか。





 

 ……。







 ――はい、特に何もありません。






 怒らないでください。

 最後の茶化しだと思って、笑って受け入れてくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きっと誰かの心の中で 木村あるみ @alminal2o3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ