第十九話 裏切りは蜜の味がする-1
「パパ……ママ……」
幼いラセンが粗末な檻の中で膝を抱えて、小さな声で呟いた。
檻の中にはラセンの他にも子供がいたが、彼らの服装は薄汚れており、表情は虚ろだった。
ラセンの隣に座っていた緑髪の少年は前髪に隠された目でラセンを心配そうに見ていた。
「ゲヘへッ! パパもママも助けには来ないぜ!」
檻を見張っていた男が下卑た笑みを浮かべてそう言った。
「……私、どうしてこんな場所にいるの?」
「まだわからないのかァ? 察しの悪いガキだなァ。テメエは愛しのパパとママに売られたんだよ! ギャハハッ!」
「嘘……そんなの嘘だよ……」
ラセンは絶望を顔に表す。
「嘘じゃねえんだよ!」
見張りの男が怒鳴って檻を蹴る。
「何があったのかね?」
檻が蹴られた音を聞きつけて上司の男が現れる。
「い、いえ! 特には何も!」
「そうなのかね? くれぐれもその子供たちを傷つけるようなことはしないでおくれよ。彼らは私の大事な商品なんだ」
上司はいやらしい眼差しで檻の中の子供たちを眺める。
「彼らエクステンドは世間の鼻つまみ者だが、それは表社会の話。裏社会ではエクステンドを生物兵器として戦争に投入したり、人体実験の検体にしたりするなどの活用が盛んに行われているのだよ。特に子供はどんな用途においても価値が高い」
「ゲヘッ、まさに金の生る木じゃねえっすか!」
「今回の取引は重大なのだよ。何せ取引相手はあのWIGなのだからね! だから、WIGの方々が機嫌を損ねないように綺麗な状態で扱ってくれたまえよ」
「ゲヘへへッ! わかりやした!」
「残念だが、君たちの商売は今日で終わりだ」
次の瞬間、見張りの首が身体から切り離されて宙を舞う。
「ひいっ!」
上司は尻もちをついて見張りの首を刎ねた人物を見上げる。
「あ、あなたは何者なのかね!?」
「私はカミキリだ。君、ここにいる子供たちを全員解放しろ」
「そ、それは困る! 次の商談までに一人でも子供が足りなかったら、私がWIGに消されてしまう!」
「安心しろ。WIGよりも先に私が君を死なせてやる」
カミキリはそう言って上司の首を刀で切り落とす。
「あ……あなたは……誰なの?」
「私は世紀の大悪党だよ」
カミキリはラセンと目を合わせて口調を和らげる。
「えっ? それはどういう……」
カミキリは刀で檻の錠を壊して子供たちを解放する。
「これは人助けじゃない。私は君たちをスカウトしたい。共に巨大な悪と戦ってくれる仲間を探しているんだよ。嫌なら逃げてもいい」
カミキリは子供たちに手を差し伸べ、子供たちは困惑する。
だが、緑髪の少年が血に汚れたカミキリの手を握り、他の子供たちも自分たちを救ってくれたヒーローに尊敬の念を抱き、カミキリについていく覚悟を決めた。
× × ×
時は進んで現在、
「お父様、ようこそお越しくださいました」
十二月二十四日の夕方、ラプンツェルタワー屋上のヘリポートに降り立った一機のヘリから車椅子に乗った大仏のような髪型の老翁が現れて、桂が老翁に恭しく頭を下げる。
「お出迎えご苦労、我が息子よ。そして、計画は順調かね?」
「もちろんでございます。こちらへどうぞ」
桂と老翁は数人の護衛と共にエレベーターでラプンツェルタワーを下っていく。
エレベーターは地下へ潜り、最下層に辿り着く。
「少々お待ちください」
エレベーターから降りた桂が壁に取り付けられた端末を操作して幾重にも張られた厳重なセキュリティを解除する。
桂たちが通路を抜けるとそこは広大な研究施設であり、大勢の科学者が働いていた。
「はっ、白剛長官!? 全員、東郷寺白剛長官がお越しだ! 一旦作業を止めろ!」
老翁の姿を見た研究主任が科学者たちに指示して、桂たちの前にやってくる。
「ヘッド・ギアの調子はどうかね?」
「今は最終調整の段階に入っております。DURAと連携した人造エクステンドのテストも先日成功したところです」
白剛に問われて研究主任は恐縮しながら答える。
「お父様、『
「あのCOMBとかいうテロリストの対処はどうなっている?」
「COMBに関しましては断髪式のフモウ・アイアンヘッドと右左原ハサミに任せております」
「右左原ハサミ? ああ、あの女の弟か。彼のような子供にCOMBの相手を務めさせたのかね?」
「お父様はハサミと接点がほとんどないため存じ上げてはいないでしょうが、我々の戦力の中でカミキリを一人で倒せる者がいるとすればハサミ以外に考えられません」
「お主がそこまで言うのならばカミキリは貴様に任せよう」
「どうか、ハサミがカミキリを討ってくれることを願っています」
桂と白剛の視線の先、研究施設の中心には月桂冠のような形の巨大なモニュメントが設置されている。
それはWIGが開発しているヘッド・ギアという名の装置だった。
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