カミキリ×エクステンション
Laurel cLown
第一話 宿命が彼の名を呼んだなら-1
「情報を……喰わなければ……明晰な頭脳……新鮮な知識……」
夜の新宿を浮浪者が独り言を呟きながらおぼつかない足取りで歩いていた。
浮浪者は全身が痩せこけて服装も汚らしかったが、頭に被っている野球帽だけは新品のように綺麗だった。
「ぐすっ……ぐすっ……」
駅の前で女の子が泣いていた。
浮浪者は泣いている女の子の顔を覗き込むように姿勢を低くする。
「オマエ……なぜ泣く……」
「ぐすっ……気づいたら誰もいなくなっていて……」
「なるほど……迷子という奴か……」
浮浪者はそう言うと、女の子に首を垂れた。
「ならば……オレサマの帽子を被れ……オマエの持つこの星の情報と引き換えにオマエを両親の元まで送り届けてやる」
「……本当?」
「ああ……ヤクソクする……」
女の子は浮浪者の野球帽に手を伸ばす。
「おっと、そうはいかない」
しかし、何者かが女の子の手を払い、浮浪者の頭から野球帽を奪い取った。
『ナニモノダ!?』
「私は通りすがりの美人お姉さんだ。いたいけな少女に怪しげな帽子を勧める輩にお説教をしようかと思ってね」
現れたのは二十代半ばの長い髪を持つ女だった。
女の髪は濡れ鴉のように黒かったが、頭頂部から跳ねている触覚のような一本のアホ毛だけは藍色のメッシュが入っていた。
女は手に持った野球帽を興味深そうに眺める。
『ジ、ジロジロミルナ! ハズカシイダロ!』
「いや、喋る帽子なんて見るのは初めてだからさ」
『……オマエ、オレサマノコトバガキコエテイルノカ?』
「もちろん。でも、君はまだまだ片言だ」
「お姉ちゃん……誰とお話をしているの? さっきから頭の中で声がするの……」
さっきまで泣いていた女の子が怪訝な表情で女に尋ねる。
「この帽子さんとお話しているんだ。……と言っても、きっと信じられないだろう。だけど、大丈夫。君のことはちゃんとお巡りさんのところまで連れて行ってあげよ
う。それと、そっちのおじさんも起こしてあげないといけない」
二人の傍では浮浪者が気を失って倒れていた。
『コノオトコハネムッテイルダケダ。オレサマノ「キャプチャー」デタイリョクヲツカイハタシタノダロウ』
「被った相手の頭脳を乗っ取る能力か……面白い。あの子の誕生日プレゼントは君で決まりだな」
女は野球帽を自分のバッグにしまい込む。
『ナ、ナニヲスル! オレサマヲドコニツレテイクキダ!』
「君に新しい友達を紹介してあげよう」
『トモダチ? フザケルナ! オレサマガオマエラノヨウナカトウセイブツトトモダチ二ナドナッテタマルカ!』
「だったら、家族になろう。君には私の弟の家族になって欲しい」
『カゾク? ソレハナンダ?』
「君は家族を知らないのか?」
『オレサマノホシデハソノヨウナコトバヲキイタコトガナイ』
「家族は誰もが知っている普通の言葉だと思うが……まあ、それはそれとして君は一人称が俺様だし、お兄ちゃんってことになるのか? いや、兄貴とかの方がいいかもしれない」
『カッテニハナシヲススメルナ!』
「私の弟はハサミという名前だ。どうか、あの子の傍にいてあげてくれないかな」
『…………』
野球帽は呆れて沈黙するが、表情などが読み取れないのせいか、女はそれに気づかず微笑んでいた。
× × ×
とある秋の日の昼下がり、バンカラな恰好の少年がアメリカンハイスクールの廊下を駆
け抜けていた。
『ハサミ! 何をチンタラ走ってやがる! もっと足を動かせ!』
「充分速く走っているつもりだよ、アニキ」
少年は頭の中に響く声に対して呟くように答えた。
十七歳の少年は大正ロマンを感じさせるマント付きの詰襟学生服を着用しているが、明らかにこの学校の生徒ではない。
ほどほどの長さに整えられた黒い髪が生える少年の頭に被された学生帽には人間の目のような模様があり、模様は赤いサングラスのようなプレートで覆われていた。
「立ち止まれ侵入者!」
十字路の両脇から銃を構えた二人の男が少年の前に立ち塞がる。
だが、少年は立ち止まらず腰から片側だけのすきバサミのような形状をした二本の短剣を抜いた。
短剣は左右で色とデザインが異なっており、右手側の短剣は白く、刃が真っ直ぐだったが、左手側の短剣は黒く、刃には櫛のような細かい溝がいくつもあった。
「くっ、命知らずめ! 脚に鉛玉を撃ち込んでやる!」
二人の男は少年の脚を狙って引き金を引くが、少年は放たれた銃弾を悉く躱して男たちの懐に潜り込み、逆手持ちにした短剣で彼らの脚を切り裂く。
「ぐああああああっ!」
男たちが突然の苦痛に絶叫する中、少年は男たちのことなどお構いなしに進んでいく。
「侵入者はあんたたちの方だよ、テロリスト共」
『まずいぞハサミ! 前を見ろ!』
声に従って少年が前方に視線を向けると、先程の二人の仲間と思われる男たちが学校の防災用シャッターを作動させ、少年の行く手を阻もうとしていた。
「確かにまずいな。アニキ、あのシャッターを止めてくれ」
少年は学生帽の鍔を右手で掴む。
『おい何をするつもりだ! まさかまたアレをやるのか!?』
学生帽が脱ぎ去られ、帽子に隠されていた桃色のアホ毛が露わになる。
少年は持っていた学生帽をフリスビーのようにシャッター目掛けて投げつける。
『帽子は投げるモノじゃねえぞバカヤローッ!』
回転して投げられた学生帽は挟み込まれて閉まるシャッターを食い止めた。
少年がシャッターの隙間に滑り込み、学生帽を手に取って立ち上がると、テロリストたちが少年に銃口を一斉に向けた。
テロリストの一人が少年に対して口を開く。
「たった一人で我々がここまで追い詰められるとは。お前、何者だ」
『お前らのような雑魚に名乗る名はないぜ!』
「今の声はなんだ!? 頭に直接響いてくるような……」
脳内に響いた声にテロリストたちは困惑した。
「あんたたちが今聞いたのは俺の学生帽の声だ」
少年は学生帽を被り直して両手に短剣を再び握る。
「一言で言えば、俺の帽子は生きているんだ」
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