プロローグ「転生前日譚」
人間という者はどうしてこうも不器用で、そして無理をしてまで自分を演じるのだろうか。
恐らく、ほとんどの人が『他の人に心配をかけたくない』や、『無理をしてまでやりたいことだから』と、答えるのだろう。
ただ、私は違った。
私の場合は、ただの『妥協』。その次に、『自分の人生への諦め』だった。
つまり私、櫻井 春は演じることをやめた。
それだけで、あの部下に仕事を押し付ける無責任真っ黒上司が、私を嘲るのをやめてくれるとは到底は思えないが。
ブラック企業に勤めると、本当に精神がおかしくなる。
何が正しくて、何が悪いことなのかの境目が全く分からなくなってしまう。
少し考えれば分かるはずのことなのに、そんなことさえ脳裏を過ぎらない。
頭に霞がかかったように、ぼーっとしてしまう。
上司の声が聞こえただけで、脳味噌を掴まれたような痛みが頭を襲う。
とにかく私は、好きで入ったはずの会社で社畜OLと成り果てていた。
ただそんな私にも、幸せのひと時があった。
それは女性向けの『ドキッ!トキメキプリンス』、ファンからは『ドキプリ』と呼ばれている恋愛ゲームをしている時だけは、この苦痛な日々を忘れることが出来た。
私の推しでお恥ずかしながら、ガチ恋をしているのは、このゲームのメインルートの攻略キャラのシャヴァネル王国の国王である、セドリック・デル・シャヴァネル。
一見、国民から寡黙で冷徹なイメージを持たれている彼だが彼のルートを辿ると、ヒロインのローザ・デ・パディアと出会うことで彼の意外な一面が垣間見え、彼も少しずつ変わっていくのでギャップ萌えが好きな人が多いのか、この作品屈指の人気キャラとなっている。
私も、その中の一人なんだけれど。
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その日はやけに、日差しが強かったのを覚えている。
春先だと言うのに、肌をジリジリと焼き付ける太陽。
頭はガンガンと痛み、警鐘を鳴らす。
まるで、『それより先へは進むな』と、言わんばかりに。
でも、仕事へ行かなければならない、とそればかりが頭を占拠していく。
いつもなら行きたくない、と思うはずなのにだ。
全ては恐らく、この時には決まっていたのかもしれない。
私が、死ぬ運命にあること。
そして私が、あの世界にとって必要とされている、ということを。
そんな私の視界に入ったのは転がったサッカーボールを追いかけ、道路に駆け出した小学生くらいの少年。
そしてその少年に向かって走ってくる、居眠りをした5トントラックの運転手。
……気がついた時には、私の身体は宙を舞っていた。
同時に何かのリミッターが外れたように痛みが、身体中を駆け巡る。
どうやら、私は少年を救うためにトラックに轢かれたらしい。
宙を舞った私は、その空中で薄目の中で太陽を仰いだ。
『どうせなら、もっとマシな世界に。こんな苦しい思いをしない世界に生まれ落ちたかった』
そんなことを思いながら、私は目を閉じた。
最期に聞いたのはグシャリ、と言う自分が地面に落ちた音と、トラックが車輪を嘶かせ急発進する音と、周りの人達の悲鳴だった。
櫻井 春、二十五歳の一回目の人生はこうして、幕を閉じたのだった。
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