マッサージ師が本業じゃないんですけど?
黒糖
第1話 労災
家礼 修。俺の名前だ
(かれい おさむ)であり(かれい しゅう)ではない
小学生の頃は皆、言葉を知らなかったから良かったが、中学生になって『加齢臭』というあだ名をつけられて虐められた
虐められたと言っても、暴力はない。俺は腕っぷしだけは強かったから
それが元で勉強が出来なかったという訳ではないが、大学は勿論行けなかったし、高校もレベルの低い学校で、休むこともしばしばあった。かろうじて卒業はできたものの…就職は難しく、2年ほどコンビニでバイトをした
今の工事現場の仕事に就いたのは6年前、二十歳の時だった
◇◇◇
「はあ…。やっと終わったか…」
スコップを片手に、額の汗を軍手で拭う
現場の仕事は始業も早いが撤収も早い。もう片付けに入っても良い時間だ。だがキリが悪いから、この瓦礫混じりの土を運んでから片付けをするか…
「お?そういえばお前、今日彼女の誕生日だから、どうこう言ってなかったっけ?」
後輩のミノルに話しかける
「そうなんすよね。今日休みたかったんですけど…ほら、人手が少ないでしょ?だから…」
うちの会社は孫請けで、社員?作業員も社長(オヤジと呼んでいる)含めて6人だ。当然休みなんてあり得ない
「あー。そうだよなぁ…。分かった、俺が片付けしとくからお前は上がっていーぞ」
1人でやっても小一時間と掛からないだろう。
だが、ミノルは違う。1分でも早く彼女に会いに行きたいはずだ
「マジっすか?先輩、ありがとうっす」
「ああ、いーよ。早く行ってやれ」
汗を拭った手で、俺はシッシとジェスチャーをした
「明日、缶コーヒーを奢るっすよ」
「はいはい。無糖でよろしくな」
ミノルは『ひゃっほぃ』と言わんばかりに帰って行った
「やれやれ。あまり遅いとオヤジに叱られんな…」
スコップを置き、台車に手を掛ける。意外と重い。俺はこかさないように踏ん張って押す。8月に入ったばかりで夏真っ盛りだ。力を入れる度に汗が噴き出た
途中、半ばまで来た辺りか…スーツを着た人々が遠目に見えた。おそらく公務員であろう
「こんなに外は暑いのに、室内の職場は涼しいんだろうな」
外なのでスーツは暑いのだろう。ハンカチの様な物で(遠目の為)汗を拭いているのが分かる。しかしスーツを着てれるとなると職場の環境が良いのでは?と、推測できた
「はー…。俺も勉強出来てたら、あっち側の人間だったのかなぁ」
愚痴をこぼしても仕方がない。まだ明日も仕事だ。早く片付けて俺も帰ろうと…
「うわぁぁぁっ?!」
"どしゃあ"
穴に落ちた
◇◇◇
……
…
「…俺は…?」
どうやら気を失っていたらしい。どこかの部屋に運ばれて、ベッドに寝かされていた
「あっ?!先輩、気がついたんっすね?良かったー」
ベッドの横にいたミノルが言う。顔がちけーよ
…やっぱり気を失っていたのか。やりかけの仕事が気になった
「早く仕事に戻らないと…痛っ!」
体を起こそうと力を入れると右足が痛んだ
「先輩、無理はダメっす!重機で掘った5メートル近い穴に落っこちたんすよ」
5メートル?深いなそれは。だから足が痛いのか
「折れたか…」
「いや…捻挫っす」
「……捻挫?」
「捻挫っす。相変わらずバケモンっすね、先輩。だけど、頭を強く打って2日も意識がなかったんすよ」
「2日?!」
やばい。オヤジに叱られるぐらいじゃすまねーよ
「…オヤジ、怒ってる…よな?」
恐る恐る聞く
「もー、ぶち切れっす。オレも殺されるかと思ったっすよ…最初は」
ん?
「最初は…?」
「そうなんすよ。最初はぶち切れっす。だけどがっぽり出た保険金と備前会長の仲介で、オヤジ…今ニコニコっす」
「保険金かぁ…。それでニコニコっつーのも、いやらしい話だな。それと備前さんには、お礼言っとかんといかんなぁ」
今度ちゃんとお礼を言いに行くか
「そうだぞ。お礼言っとけよ?オサム」
ドアが開いたと同時に声がした
声の出所は…イカツイおっさん。ヤクザさんにいらっしゃる様なみてくれだ
「「オヤジっ!」」
「おう。オサム、元気そうでなによりだ」
元気?…捻挫程度だから元気でいいのか?
「オヤジ、すみません。自分の不注意でやらかしました」
素直に謝る
「誰にでもやらかす事はある。ま、気にすんなや」
終始ニコニコのオヤジ。こんなオヤジはあまり見たことない
「がっぽり保険金とれたんすよね?ニヤニヤし過ぎでオヤジ、顔変っすよ?」
「ミノルよう…。仕方ねーだろーが。あと病院で保険金の話はすんなや」
病院?ココは病院かっ
「オヤジ、もう自分は大丈夫です。明日から仕事出ますんで、今から退院手続きしてきます」
右足が痛むが無理矢理体を起こした
「オサム、今日は退院無理だ。明日もう一度精密検査して、何事もなければ明後日だな」
「明後日?! それじゃ仕事が遅れるんじゃないですかっ?」
ただでさえ人手が足りてないっていうのに。俺も立派な戦力だ。自惚れて言っているわけではない
「仕事は大丈夫だ。気にすんなや。それよりも退院したら備前会長に挨拶しに行ってこい。
…ああ、それから退院しても2、3日自宅でゆっくりしとけ」
「え?! それ、本当に大丈夫なんですか?」
「人手は備前会長が手を打ってくれたし、金も…」
「…高額なんですね、保険金」
「まーな」
…だったらいいか。オヤジの言葉に甘えよう
「分かりました。来週の頭には会社に顔を出しますよ」
◇◇◇
「…やっぱり何事もなかったか」
自分の事は自分が一番分かっている。無事退院した
「今日は金曜日…か。備前さんに挨拶…」
と、このまま行くところだった。流石に作業着で行くのは拙い
「スーツ…スーツねぇ…。6年前のだから着れるかな?」
とりあえず帰って着てみよう
〜〜〜
「着れねーし!」
ズボンはなんとか入った。…が、上着が小さくなっていた
「いや、俺の体が一回り大きくなったのか」
6年も力仕事してるんだ。そりゃ大きくもなるな
服を脱いで確かめる。今まで気にしてなかったが…昔に比べて、かなりムキムキになったよな
「ん?意外と肌荒れがひでーぞ…」
美容のことなんぞ知らないし、気にもしてこなかった
「クリーム…いや、オイルでどうにかなるか…?」
台所のサラダ油を手にした
「…コレじゃないな絶対」
うーむ。ドラックストアに行ってみるか
〜〜〜
店員さんに尋ね、オイルを手に入れた。
「やっぱりサラダ油じゃなかったな」
アイテムを手に入れて少し満足。…いやいや、満足するのはまだ早い
肌荒れを治さなければ…治す?そういえば、足が痛くねーな?
捻挫って簡単に治るもの…なんだろう
歩きながらオイルの使い方を勉強する
?!
「これ自宅じゃ無理っぽくねーか?」
この時オサムは勘違いをしていた
オイルマッサージ…ベッドに横たわってべっとり塗る、と。
どこで知識を得たのか、いやAVの見過ぎか。1人でするのなら風呂上がりにやれば良いだけ
「よし。金は掛かるが…ラブホに行くか」
どれだけオイルを塗りたぐるつもりなのだろうか?このお馬鹿さんは。
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