第42話

 フゥちゃんの力で得た私の脚力は地面を一蹴りするごとに軽く3メートルは進んでいく。景色だけが後ろにどんどん流れていくような錯覚に陥りながらも私は気ばかり焦っていた。


「ダイちゃん!」


 私の声掛けに反応し、ぼこりと盛り上がった地面から顔を出した地の精霊のダイちゃんは私と同じ速度で移動しながら見上げてくる。


「アルゲンタム殿下を探して!」


 私の言葉に頷きを一つし、ダイちゃんは地へ潜った。

 ぐんぐんと進みながら、しかし私は途方に暮れていた。テントから飛び出してきたもののアルゲンタムがどこに逃げているのか分からない今、ただただ闇雲に進んでいる。


(高いところから見れば……もしかしたら)


 私は周りを見渡した。周囲は大きなサーカスのテントの三角屋根を中心に、団員たちの住居らしき車輪付きの小さな小屋が幾つかと小さなテントが何張りか。そして動物たちの四角い檻が点在している。更にその奥に見える一際高い建造物——鼠色の大きな岩が積み上げられた城壁が目に飛び込んできた。


 私は一縷の望みを持って城壁へと進路を変える。あの城壁の上から見下ろせばもしかしたら。


(殿下っ! 殿下、お願い見つかって!)



********



(拙いな……)


 真っ白い光と真っ暗な影がグニャグニャと蠢く中をアルゲンタムは時々真っ白い光の壁にぶつかりながら走っていた。実際には足を動かす度に何とも言えない感覚を足裏に受けながら、それを押すように体を前に進めていく。


 頭上の地面が影になっているところからはすりガラス越しのようなやや不明瞭な地上の景色が見える。まるで濁った水を水中から見上げているようにゆらゆらと揺れる水面には見慣れぬテントの端や木々、人の足などが歪み蠢き見える。自分がどこにいて、どこへ向かっているのかアルゲンタムは分からず眉を顰めた。


 とっさに影に逃げ込んだものの、どうやら敵も闇の精霊との絆を持つ絆者はんじゃ。しかも、絆者はんじゃとしての腕も戦闘の経験値も遥かに相手の方が上なのはあきらかだ。


 チラリ、と後方へ目をやると少し離れたところで鈍い光を反射させ人型のようなモノが動いているのが見える。それは確実にアルゲンタムを捉えていて、徐々にその距離を詰めているのが分かる。


 心の中で舌打ちをし、アルゲンタムはこのまま《影渡り》で逃げるべきか、影から出て逃げるべきか迷っていた。どちらにしろ遅かれ早かれ追いつかれるだろうが、影の中で追いつかれるのだけは避けたい。影の中で捕らわれてしまえば、助け出せるのは闇の精霊を持つ者だけになってしまうから。


 アルゲンタムは視線を走らせ、影の周りになるべく光の多い場所を見つけるとそこを目指して走った。不慣れな《影渡り》は体力と気力を削いでいく。気を抜けば荒くなる呼吸を必死に律しながらアルゲンタムは影から転がるように這い出ると、すぐに態勢を起こして走り出した。

 暗いところから急に明るいところに出た為日差しに視界が眩み、アルゲンタムは手で目元に影を作りながら必死に瞼を開けながら走る。


(………敵を巻きながら、テントの方に向かえば騎士たちに会えるかも知れん。巻ければ、の話だが……………)


 そう思いながら息が上がり始めた重い体を鼓舞し走るアルゲンタムの動きが止まる。


「ガキが、逃げられると思ってるのか?」


 突如、地面から聞こえた低い男の声と共にアルゲンタムは右足首に違和感を感じ、足元に目を落とすと、アルゲンタムの体が作る小さな影から生えるように出た手がアルゲンタムの細い足を掴んでいる。


「しかしその歳で《影渡り》出来るとはな。チッ、これだからこの国テールの奴らはよぉ。生意気だぜぇ」

「…………っ!!」


 ぬるりと影から浮かび上がった片目がアルゲンタムを睨み付けた。

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