第36話
懐かしの味。家庭の味。
あぁ、食べたい! お味噌汁。納豆。卵かけご飯。梅干し。たくあん…………
思い出したら止まらない。どんどん思い出される懐かしの味に口の中は唾液でいっぱいだ。
(うぅ…………食べたい。味噌作り、は酵母があるのか?! パンがあるからなんとか発酵はイケルかも?! 納豆、はムリかなぁ。作り方分からないし。梅干しとたくあん、漬物系なら! あぁ、醤油の作り方とか知っておけば良かったなぁ…………)
「あっ! こらっ」
心の内で歯噛みする私の耳に慌てた声が聞こえ、そちらへ目を向けると、かまどに立っていたポールの所から火の精霊が炎の尻尾を揺らめかせながらこちらへ飛んできた。
火の精霊はくるくると弧を描いて私の前で回っている。
「どうしたの?」
何かを訴えるような動きにそう声をかけると、火の精霊はキュイっと一つ高い鳴き声を上げながら頭を振り上げた。すると、それに呼応するように線香花火のような小さな火の粉の塊が現れ、それが次第に大きくなり、ポールの火の精霊より一回り小さな淡く紅い炎の蜥蜴の姿になった。
「え? 火の精霊?」
クリッとした紅玉のような両の眼が、私の目と合うとフルフルと体を震わせながら、私の肩口の高さで周りを飛び頬に擦り寄って来た。
「これは?」
「おい、一体どうしたんだ?」
ケヴィンもポールも突然現れた火の精霊に驚きを隠せないでいる。
私も驚きながら、ポールの火の精霊と私の頬に身を寄せている火の精霊を交互に見ていると、ポールの火の精霊がまたキュイと鳴いた。
すると、小さな火の精霊は私の顔の前へ移動し、そして体を丸めると体を纏う炎が一回り膨れ上がり、それに合わせて私の背の一部が温かくむず痒い感覚を覚える。
「え? もしかして、絆が?」
『キュ!』
私の問いかけに肯定するように火の精霊が鳴いた。
「ええっ? 無絆の精霊が自分の意思で絆を結んだんですか!?」
「そう、なのかな?」
「そんなの初めて見ましたよ!」
相変わらず身を擦り寄せてくる火の精霊に戸惑いながら、私はポールの火の精霊を見た。目が合った精霊はヒュっとかまどの方へ飛び、かまどの上で飛び跳ね火を立ち上らせる。
「あ! もしかして、この前私が料理の話をしたから?」
『キューキュッイ!』
正解、とでも言うように火の精霊は更にピョンピョンとかまどの上で跳ねた。
「はっ! ということは!!」
私は私にとって最高の思い付きに目を見開き、ケヴィンとポールを見た。
「これで私もソース作りが手伝えるね!!」
「「ええっ!?」」
「あ、もちろん足手まといにならないようにするよ! それに新しいソースの試作もケヴィンたちの仕事の邪魔せず出来るし、それからそれから~」
きゃっきゃ、と一人テンション高くやりたくても出来なかった事が出来るようになった喜びに、私はこの世界に来て初めての高揚感に胸の高鳴りを感じていた。
しかしながら火の精霊と絆を結んだからと言って、すぐに料理ができる訳では無く火の精霊をちゃんと扱えるようになることからだ。
「えーそれではーまずは基本の火の扱い方から練習したいと思います」
「はい、先生!」
そう言った見習いのウィルスの横で姿勢良く立ち、ピッと右手を高く上げる私。買い物から帰って来て、まったく状況が飲み込めないまま私の調理指導に任命されたウィルスはいまだに頭の中はクエスチョンマークだらけのようである。
「えーゴホン。お坊ちゃん、火の精霊でしたっけ?」
「うん。今さっき」
「今さっき?!」
えぇ~? と益々理解不能という顔のウィルスをニコニコと見上げる。
「ねねっ! で、どうやるの?」
「え、あーっと。まずは火の精霊を出します」
そう言うと、かまどの中にウィルスの火の精霊が現れた。ポールの子とはまたちょっと顔つきが違うように見える子。少しつり目かな。
「えっと、火の精霊をだす…………」
私もぼんやりと火の精霊の名を呼ぶと、赤く淡い光が顔の目の前に現れ、まだ小さな火の精霊は私の胸に体を擦り寄せキュルキュルと喉を鳴らす。
「…………すごい甘えん坊ですね、そいつ」
「ははっ。まだ小さいからかなぁ?」
小さく眉をしかめたウィルスに私は苦笑し首を傾げた。正直、精霊もこんなに感情表現が豊かだとは思わなかった。それぞれ性格があるのか?
「そいつにかまどの中に入るように指示してください」
「はーい。はいはい、じゃあかまどの中に入ってねー」
そっと私の火の精霊の体をかまどの方へそっと押すと、不思議そうな面持ちでかまどの中に入りこちらを見上げてくる。
「はい。では、次に炎を出すように指示しましょう」
その言葉に合わせるように蓮の花が開いたような綺麗な炎を立ち上がらせるウィルスの火の精霊。
「おぉ~! よーしっ!」
あんな風に綺麗な炎。綺麗な炎、と思い浮かべながら私はエンちゃんを見た。
「さぁ、炎!」
『キュッ?』
ゴウッ!!
小さく首を捻った後火の精霊が身震いすると、かまどから天井まで届く火柱が調理場内を赤々と照らし出す。
「わあっ! ストップストップ!!」
慌てて叫んだ私の声に炎が消え、紅い小さな眼が私の姿を映した。
「…………まぁ、最初はそんなもんです。慣れですよ、坊ちゃん。坊ちゃんも火の精霊も」
「慣れ…………」
「そうです。最初のうちは色々精霊と遊ぶと良いですよ」
「遊ぶ?」
おうむ返しで首を傾げた私に、ウィルスは頷いた。
「まぁ、遊びでもなんでも良いんですが、精霊と一緒にする経験を増やすとお互い意思疎通が上手くいくので。馴染んでくると言っても良いですかねぇ」
「なるほど」
そういうものなのかぁ。確かに、あまり精霊たちとは関わってないかも。前世の記憶を思い出す前もベッドと本がオトモダチな日々だったし。
「まずは火の精霊と上手く連携が取れるようになってからですね、調理は」
「えぇ〜?!」
意外に容赦の無いウィルス先生に、頑張って来てください、とポイっと調理場からあっさり追い出されたのだった。
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