第30話
サーラと東屋で少しお茶をした後、私たちはサーラに庭を案内することにした。と言っても私がセバスチャンをそっと促してみたのだけども。さてセバスチャンのお手並み拝見、と行きたかったのだが、どうやらまだ少し早かったようだ。
「あれは白くて大きな花を咲かせるんだよ」
「そうなんですね」
「で、向こうの赤い花のやつは食べられる実をつけるんだ!」
「へぇ…………」
「で、あれが…………」
ズンズン先頭を歩きながら自分の持ってる庭の情報を披露するセバスチャンだが、目についた物や言いたい事をただ自分のタイミングでサーラの状況お構い無しにサーラの方を見るでも無く言っている。ちゃんとサーラに伝わり楽しんでいるのかまで気が回らず、サーラの歩幅やどこを見ているかなど頭に無い。その為サーラは付いていくのがやっとだ。
「セバスチャン、セバスチャン」
「なに、兄さん!」
呼び止めた私をニコニコ笑顔で振り返ったセバスチャン。そんな彼に一瞬言うのが躊躇われたが、ここは年長者として言っておかなければダメだよね。
「あのね、セバスチャン。ちゃんとサーラをエスコートしないとダメだよ。習っただろう?」
「あ!」
言われて目を見開くセバスチャン。私の隣に立つサーラは少し困った顔で微笑んで黙っている。
「それから! 庭の説明をするのは良いけど、サーラの顔も見ないでただ言うだけじゃダメだよ。ちゃんとサーラにセバスチャンが教えたいものを見せてあげないと」
「ごめんなさい」
しゅん、と項垂れるセバスチャンにサーラが慌てた様子で私とセバスチャンの顔を交互に見ている。
「はい、じゃあやり直し。どうしたらいいか分かるよね」
言った私に頷いたセバスチャンは一歩サーラの前に進み出ると、サーラへ片手を差し出して腰を折った。
「庭をご案内いたします。お手をどうぞ、サーラ嬢」
「はい」
サーラは少し頬を赤らめ、恥ずかしそうにセバスチャンの手を取った。
今度はサーラの歩幅にちゃんと合わせて2人仲良く歩いていく。その姿は本当にお似合いで可愛い。
その後ろ姿を満足そうに頷きながら、少し距離をあけて私も付いていく。
先程とは打って変わって、花の前で一度立ち止まりサーラの顔をちゃんと見ながら話をするセバスチャンは実に紳士的だ。アシルのマナーレッスンの成果が発揮されてて、セバスチャンの成長に胸が熱くなる。
(ほんと、子どもの成長ってスゴイわぁ。後でアシルにもちゃんと教えてあげなくちゃ!)
と、ふと無意識に屋敷の方を見れば、少し離れて付いて来ているジーナとパメラ2人と目が合った。
ぐっ!! と2人揃って良い笑顔で親指立てた二人に私は笑いながら親指を立てて返した。
庭案内のラストはやはり私たちの遊び場の大きな木。セバスチャンは一際嬉しそうな顔で、豊かに葉を繁らせている大木を指さした。
「あれが僕たちのお気に入りの遊び場!」
そよ風に揺れる枝。堂々とした立ち姿はいつ見ても安心するような歓びを感じる。
「とても立派な木ですね!」
見上げて目を輝かせるサーラに嬉しそうにセバスチャンは頷いた。
「うん! なんたってこの木は、えっと…………なんだったっけ、兄さん?」
振り返ったセバスチャンに私は苦笑しながら、2人の隣に並ぶ。
「この木はね、私たちの
「そうなんだよ!」
私の説明を得意げに頷いたセバスチャンに私は苦笑し、サーラはクスクスと楽しそうに笑んだ。
「そうなのですね。自然に芽が出るなんて不思議なこともあるのですね」
「きっと、鳥が運んできたんじゃないかな」
大きな木の根元までやって来た3人は立ち止まって見上げた。たくさん生い茂る緑の葉の合間から太陽の光が時折差し込み、地上に届く。
木漏れ日がきらきらと煌めく最高の日陰は私たちのお気に入りだ。
「とても気持ちいいですね。この木はなんと言う木でしたっけ?」
良く見かけますけど、と付け加えながら首を傾げるサーラに私とセバスチャンは顔を見合せた。
「そういえば、なんだったっけ?」
「大きな木ってしか呼んでないから忘れたー」
二人揃って情けないが、覚えてない。思い出そうと記憶を懸命に引っ張り出そうとしているところに
「おーい」
と、どこからか聞こえる声。すぐに木の上からだと分かった私とセバスチャンは頭上を見上げた。
「ライアン〜?」
セバスチャンがそう呼びかけると、今度はおーうと返ってきた。
葉に隠れて姿が見えないが、ガサガサと音がして枝葉が揺れ、しばらくするとライアンがゆっくりと降りて来た。
「よっ!」
柔らかな芝生の上に足を付いたライアンは私とセバスチャンの間に立つサーラを見て一瞬、好奇心溢れる表情をしたがすぐに丁寧に腰を折って礼をする。
「初めまして。私はこの屋敷の庭師の息子でライアンと申します。御目にかかれて光栄です。マリベデス侯爵令嬢」
私が言われている訳ではないのに、何故かドキドキしてしまうのはライアンが格好良すぎるからだよね。この罪作りなイケメンめっ! と私が思っているのに、セバスチャンはまったく違ったようで
「なにそれーライアン。へんなの~」
と、普段見たことがない違和感からか、笑いだす。
「なんだと、セバスチャン~コラっ!」
怒った顔でライアンがセバスチャンを捕まえようと腕を伸ばしたが、するりと身をかわし、セバスチャンは逃げ出す。それを追いかけるライアン。良くある追いかけっこが始まり、しばらくサーラとその様子を眺めていたが私はライアンが降りて来る時に握っていたものをマジマジと見た。
深緑色をした小指程の太さの蔦は、ロープより頼り無く見える。
「ロープは止めたんだ?」
その言葉に、ようやくセバスチャンを捕まえたライアンがあぁ、と言いながら戻ってきた。
「親父がロープが垂れ下がってる木なんて見栄えが悪いから取れって言ってさ。仕方ないから木の根元に蔦植物を植えて使ってみてるんだ」
でもなぁ、とライアンが頭を掻く。
「これはイマイチ。植物を変えようかと思ってる」
「そっか」
少し強めに蔦を引っ張っているライアンに、セバスチャンが大きな木を指差した。
「ねえねえライアン。この木ってなんて言うの?」
「はぁ? こんなに良く遊んでるのに知らなかったのかよ」
「だって~」
口を尖らせるセバスチャン。ライアンは私を振り返った。
「フェリックスは分かるだろ?」
「え? あーあはははは」
「なんだよ、知らねぇのか?」
笑って誤魔化す私に呆れたようにライアンは頭を振る。そして、大きな木の幹に手を添えて見上げながら言った。
「この木はマロニエだ。ちゃんと覚えとけよ」
ライアンの言葉に反応するかのように、マロニエの木が緩やかに大きく葉を揺らした。
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