第29話

 お茶会の翌日、セバスチャンが言っていたようにマリベデス家から手紙が届いた。私は読ませてもらっていないが、予想通り婚約の申し込みをしたいので会いに来たいと、日にちが書かれていたそうだ。

 

 そして今日はサーラとサーラのお父上であるユーグ・マリベデス侯爵がやって来る日。

 思い返せば、今日までのお屋敷内の浮わつき具合はスゴかった。特に母上。普段は無駄遣いをしない倹約家の母上がセバスチャンの服だけでなく、自分のドレス、そして父上と私の服まで新調してしまったのだから、その浮わつきぶりは押して知るべし、だ。


 そんな中、私は日課になった鏡の自己暗示と早朝の体操&散歩を今日も欠かさず実践中。朝の清々しい空気を吸い込みながら、ラジオ体操を行っていた。


(だいぶ体力もついてきたと思うんだよなぁ。そろそろ、散歩ではなくて軽く走ってみようかな?)


 と思いながら二回大きく腕を回しながら深呼吸をし、私は少し離れた場所でこちらを見ている土の精霊と風の精霊におはよう、と声をかけた。


「今日はどうなるのかなぁ…………」


 大きく伸びをしながら、私は少しの不安と楽しい事がやってくるのではという期待とが混ざった不思議な落ち着かない気持ちを深呼吸と共に吐き出した。

 それは屋敷の全員が同じようだった。

 屋敷全体がソワソワとした朝食が終わり、ウズウズとした昼食が過ぎ、そしていよいよ待ちかねた人たちがやって来た。

 

「フェリックス様! セバスチャン様!」


 玄関前に出迎えで待っていた私たちの姿を見つけ、馬車から小花のような可愛らしい笑顔を見せるサーラ。その愛らしい姿は確実にここにいる全員を虜にしただろう。うん。そんな気配がする。


 そんなサーラをエスコートし、馬車から姿を見せたのは緩やかなウェーブがかったダークブラウンの髪を持つ、イケメン紳士。三十代前半といったところか。


「…………本日はお越しいただきましてありがとうございます。マリベデス侯爵」

「こちらこそ、突然の申し出失礼致しました。お招きありがとうございます」


 一通り互いの型通りの挨拶が交わされ、大人たちはサロンへ。子供たちは一先ず庭の東屋で遊ぶことになった。


「東屋はこっちだよ」

「はい」


 相変わらずお似合いの二人の歩く背中と、扉の内側へと消えていく大人たちの背中を交互に私は見ていたが、離れていく小さな黒髪の二人の後を追った。


 セバスチャンのエスコートでサーラと一緒に向かった東屋は今は藤の花が縁を飾り、ぐるりと薄紫色の花のカーテンが風で揺れる美しい時期だ。


「わぁっ! とても綺麗です」


 喜びの声を上げるサーラをお茶会の準備が済んでいる中へとエスコートし、私たちは椅子に腰掛けた。


「この間は行けなくてゴメンね」


座りながら言った私に、サーラは大きく首を横に振った。


「いいえ。お会いできなかったのは残念でしたけど、セバスチャン様ととても楽しい時間を過ごさせてもらいましたもの」


 そんな大人な返しに中身は親戚のオバチャン状態の私はじーんとしていた。

 そして、どんな楽しい時間だったら婚約って流れになるのか…………


「ねぇ、サーラ。聞いてもいいかな?」

「はい。なんですか?」


 可愛らしい笑顔のサーラへ少し真面目な表情を作りつつ、私は聞いてみた。


「婚約って、どういうことか分かる?」


 小さく首を傾げたサーラに、ストレート過ぎたかしら? と思ったが、サラリとサーラは


「大きくなったら結婚して家族になるお約束ですよね?」


 と言った。


「そうなの?」

「はい」


 まったく分かっていないセバスチャンに頷くサーラ。


(うーん…………女の子は男の子よりオマセでオトナな子が多いからかな? あぁ、でも好きな子がいるとすぐ結婚するーって言ってた子いたなぁ)


 自分の幼少期の保育園や幼稚園での記憶をぼんやり思い返し、案外簡単に結婚すると騒いでいた女の子たちの姿が頭に浮かんだ。


 しかし、ここは日本ではない。おまけに貴族の世界で『婚約』の重みがどれくらいのものなのか想像ができない。このくらいの幼い年齢なら、簡単に破棄しても問題ないのだろうか?

 そんな事を考えながら、色々確認するべく口を開く。


「えーっと、サーラはセバスチャンのことが好きなの?」

「はい」


 また小さく首を傾げながら言ったサーラは、まるで『そうですけどなにか?』と言ってるようにも見える。

 だが、次のサーラの言葉に今度は私が首を傾げた。


「あ、でもフェリックス様のことも好きですわ」

「んん?」


「だって、お二人とも私の初めてできたお友だちですもの」


 恥ずかしそうに微笑んだかと思うと、サーラは少し赤らめた頬に手を当てた。


「婚約は、父が言い出したことなんです。父がなんだかとてもセバスチャン様を気に入ったみたいで。でも、私はそれでも良いなって思ってますの。だって…………」


 モジモジと口元を手で隠しているが溢れる喜びが抑えられないのか、満面の笑みで


「だって、お二人と家族になれるんですもの」

「サーラ…………!」


 きゅうぅぅん! とハートが鳴った気がした。まさにハートを鷲掴み! もう、なんて可愛いんだろうか!!

 でも、まだ七歳。流石に早いんじゃないだろうか?


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、婚約を結ぶにはまだ早いんじゃないかな。ね、セバスチャン」


 と、セバスチャンへと顔を向けると、そこには顔を赤くし目を丸くしたセバスチャンがサーラを見ていた。


(おーやー? おやおや~!)


 そんなセバスチャンの表情の変化にふっ、と視線を上げた私は涼やかに揺れる藤の花に目を細めた。

 どうやらこれは、運命か。それなら、私は全力で応援するのみ! あぁ、青春ってまばゆい。年齢がずいぶん若いけど。


 モジモジと照れ合っている二人に温かい視線を向け、甘酸っぱい気持ちいいなー! 私も欲しいー! なんて私はウフフと微笑んだ。

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