第25話
(瓶?)
真向かいに座るアルゲンタムが手にしている二つの瓶。瓶の真ん中に巻かれた紙にはグリーウォルフ家の印章と文字が書かれており、紙で隠れていないところから見える中身は一つが緑色のドロリとした液体。もう一つは赤い液体が入っている。赤い液体の方は小さな固形物も見え、私は眉をしかめた。
「なんだ、それ?」
「ジャム…………では無さそうですね」
瓶に釘付けになり、興味津々のジャックとアウルムにアルゲンタムは持っていた瓶を渡しながら言った。
「…………フェリックスが考案したオリジナルソースだそうだ」
「えっ!?」
突然出てきた自分の名前に思わず大きな声を出してしまったが、まさか! いや、確かにあの色と質感は見覚えがある。
でも、まさか…………あんな誰でも作れる美味しいけどやっすい代物を王家の人間に土産物とするなんてっ!?
「あの、殿下…………その手紙にはなんと?」
内心プチパニックになりつつ恐る恐る私が尋ねると、アルゲンタムは手紙と私の顔をしばらく見比べ、小さくニヤリと笑った。
「教えない」
「ええっ!?」
立ち上がった私に更に目を細めるアルゲンタム。
こちらは背中に嫌な汗を流しているというのに、殿下の方は良い獲物を見つけたかのような眼差しでどこか楽し気に見える。
その様子を目を大きくさせ興味深そうに見ていたアウルムは手紙を指差した。
「僕は読んじゃダメですか?」
「え、俺も読みたい。読みたい!」
「私も読んでみたいですね」
口々に言う少年たち。私ももう一度、と手を上げる。
「私も読みたいです!」
「んー……………」
全員の顔をゆっくり見渡し、アルゲンタムはレニーへ手紙を突きだした。
「読み上げろ」
「ええっ!? なんで私が……」
理不尽な命令に眉を寄せ、ぶつぶつ言うレニーだが手紙を受け取ると好奇に輝かせた瞳で文面に目を走らせた。
「………コホン。えーでは、読み上げさせていただきます」
「あの、ちょっ………まっ」
「敬愛なるアルゲンタム殿下。この度は、我が息子フェリックスをお招きくださいまして光栄の極みに存じます」
(読み出しちゃったけど…………出だしは普通だ。うん)
「この慶びを形にしましたので、どうぞお納めください。こちらの手土産品はこの日の為にフェリックスがレシピを考案した我がグリーウォルフ家のオリジナルソースでございます。緑色の瓶がバジルソース。赤色の瓶がサルサソースでございます」
(うん? いや、この日の為に考案した訳ではないよね? 知ってるよね、母上?!)
「肉料理にかけて良し! 魚料理にかけて良し! パンにぬって焼いて良し! 蒸し野菜にかけて良し! とスパイス要らずの万能ソースでございます」
(…………ちょっと、誇大すぎやしませんか…………母上)
「可愛い我が息子の作り出したこのソースは近く街で売り出す予定でございます。もし、お気に召されまして、更に追加をご所望でしたらいつでも何なりとお申し付けくださいませ」
(えーっと…………え? 今なんて? 売る?)
「追伸。新しい味のソースを作れちゃうウチの子って天才☆ 仲良くしてねテヘペロ☆」
「んなっ!?」
いきなり慣れ慣れすぎる追伸に私はダラダラと冷や汗流して青ざめるが、しれっとした顔でレニーは
「最後の追伸は意訳してみました」
と言った。
その言葉に急に体の力が抜けて椅子に座り込み、私はテーブルに突っ伏した。
「もうヤダ…………帰りたい…………」
(そもそも下級貴族が王族の人間とお茶会なんて立場も何もかも違いすぎてストレスでしかない上に、騙し討ちの様なお土産品! 気ぃ使いすぎて胃がイタイし! 大体、貴族ってなんだよ! 慣れない貴族なんかもうイヤだし! おまけに男の子って! なんで男の子なんだよ! おちんちん付いてるのなんか慣れる訳ないじゃん!! もーやだーーー!! お家帰りたい! 前世の家に帰りたいよーー!!!)
今まで精一杯自分なりに気を使い、神経を使い、色々なことに気にしないようにして過ごしていたが、どうやら小さな小さなストレスを無意識下に溜め込んでいたらしく、それが一気に出てきてしまった。
もう、全てがどうでも良くなってただただ悲しくなった。
グスグスべそべそし出した私に明らかに周りが焦っているのが雰囲気で分かる。分かるが、もうそんな事もどうでも良くなっていた。元の生活に戻りたい。この世界に来て、初めて強く思った。
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