第26話
「あー…………にしてもスゴいじゃないですか! オリジナルのソースを作れるなんて。フェリックスは料理が出来るんですね」
場の雰囲気を変えようと、明るい口調で少し大きい声でレニーが言うとジャックがそれに乗っかる。
「そうそう! スゲーな!」
しかし、私は腕の中に顔を隠したまま、出てくる涙と鼻水をズズッと大きくすすり上げた。
再び周りが沈黙に包まれ、しばらくして今度はアウルムの声がした。
「どんな味なんですか? とても気になりますね」
その問いかけにも無言でいると
「あの、ちょっとふざけすぎましたね。すみません」
少し力の無いレニーのしょげた声色が聞こえた。
私は鼻をすすりながら、ボソボソと恥ずかしさと塵のように小さいが溜まってしまったストレスを吐き出すように不機嫌な声を絞り出した。
「…………貴方たちはイニシアチブ強すぎなんですから、もうちょっと考えてください」
「あー…………」
あーと、言った後にシーンとまた辺りが沈黙に包まれる。明らかに微妙な雰囲気に私が顔を上げると困ったような顔の四人。
頬を掻きながらアウルムが口を開いた。
「…………あの、イニシアチブって、なに?」
グゥッと内心やっちまったと苦虫を噛み潰す。そうですよね、イニシアチブなんて言葉無いですよね。
急に冷静さを取り戻した私は背筋を正して、椅子に座り直すと真っ直ぐ、将来この国を背負って立つ事になる少年たちの顔を見た。
「あなた方は、ご自分の立場がいかに強い影響力と支配力を持っているかを分かってらっしゃらない。私のような何の権力も無い末端貴族は、少しご機嫌を損ねた程度でいつ首を切られるか分からない弱い立場にいるんです」
そう。何の後ろ楯も取り柄もない下っぱ貴族なんて、お偉いさん方の機嫌を損ねたらあっという間に爪弾きものだ。
それを知ってか知らずかは分からないが、圧倒的なヒエラルキーの差でもって、相手が抵抗出来ないことを良いことに持て遊ぶなんて性悪なことはダメ! 絶対!
そう思うと、段々と腹が立ってきた私は口をへの字に曲げて腹を決める。
(父上、母上、セバスチャン。屋敷のみんな。もし爵位剥奪されたらゴメンね。でも、貧乏上級者の私が働いて何とかするからねっ!)
キッと一重の目を精一杯鋭くし、私は静かな、しかしはっきりとした口調で言った。
「そんな弱い人間を囲んで弄って楽しむのがご趣味なら、私は帰らせていただきます」
「いやいや、待って! そんなつもりじゃないんだよ」
「本当です。僕たちはただ友達になりたくてフェリックスを呼んだんです。ねぇ、兄上!」
焦って手を振るレニーにアウルムも強く頷いて、アルゲンタムに同意を求めるように顔を向けた。
それに頷くアルゲンタムの顔は相変わらずの無表情だが、少しばかり憂いが浮かんでいるような気がする。
「フェリックス…………その……」
何か言おうと私の名前を口にし、後が続かず固まってしまったアルゲンタムにジャックが体を寄せる。
「アル。こーゆー時はな…………こしょこしょ」
ジャックがなにやら耳打ちをすると、アルゲンタムは小さく頷き、そして少し視線をさ迷わせた後、遠慮がちな上目使いで
「フェリックス。…………ごめんなさい」
と、言った。陽光に煌く銀色の髪。澄んだ宝石の様な瞳に天使の様な容姿の上目遣いのその破壊力に私のハートは鷲掴みされた。
(…………や、ヤバい! なに、このカワイイ生き物!!!)
今までのストレスや、怒りは何処へやら。マンガなんかで良く見るあの『ずっきゅーーん!』という効果音が脳内に響き渡り、私は口元を押さえた。
正確には鼻だ。あまりの可愛さと愛しさとギャップ萌えに鼻血が出るんじゃないかってくらいに顔が熱い。
「アルも謝った事だしさ、許してくれよ~なっ!」
ジャックは軽い調子で言いながら、顔の前で手を合わせ私にウインクを送った。今は彼の軽さがどこかホッとする。
レニーとアウルムの不安そうな眼差しとアルゲンタムの悲しそうな眼差しに、ちょっと大人げなかったかと少し恥ずかしく思いながら私は視線を斜め下に外す。それでも少しだけ不機嫌さを装い
「……仕方ありませんね。許します」
「やー良かった良かった! はい、仲直り~」
顔が赤いのを自覚しながら私が言うと、すぐさまポン、と手を打ちながらジャックはその手を私とアルゲンタムに伸ばし、ちょいちょいと手首を動かして笑顔でなにやら催促する。だが、意図が分からない私とアルゲンタムは揃ってジャックの顔を見ているだけ。
私たちが動かないことに、あーもー! とジャックは私たちの腕を掴み強引に近づけた。
「仲直りと言やぁ、握手だろ!」
「ええっ?」
何かと思えば、また随分とオーソドックスな。
ちらっとアルゲンタムを見れば、彼は不思議そうにジャックを見ている。
「…………そうなのか?」
「そ う な ん で す!」
「ふぅん…………」
力強く頷くジャックに曖昧な返しをしたアルゲンタムだったが、サファイアのような澄んだ瞳に私を映すと、手を握った。
「イヤな思いをさせてすまなかった。仲直り……」
「私の方こそスミマセン。取り乱してしまって。仲直り、ですね」
恥ずかしさに笑顔が変な顔になってないか不安に思いながら、私はアルゲンタムの手を握り返した。
照れ臭そうに微笑む私たちの手の上に、別の手が一つ重なる。
「あらためて、俺たち今日から友だちなっ! ヨロシク!」
ニッと白い歯を見せて笑うジャック。
「私たちも仲間に入れてくださいよ」
苦笑と共にレニーは手を伸ばし、アウルムもそれに習い、にっこりと笑む。
「そうですよ。僕たちも今日から友だちです。身分差はここでは関係ありませんからね」
「アウルム殿下…………」
「違いますよ」
重ねていない方の手で、チッチッチと指を振り、アウルムは楽しそうに笑いながら言った。
「僕のことはルーと呼んでくださいね」
「そうそう。それに敬語禁止なっ!」
「ええっ? それはさすがに…………」
ジャックの敬語禁止発言にアウルムとレニーは笑っているが、こっちは困惑ものだ。愛称呼びはまだ良いとしても、敬語禁止には抵抗があるのだが…………
眉を寄せて唸っていると、レニーがクスっと可笑しそうに微笑みながら
「私たちの間だけですよ。そんなに真面目に悩まなくても」
と、目を細めながら言うと、アルゲンタムも小さく頷く。
「…………そうだ。余計な礼儀など無しに、友だちになれたら嬉しい…………」
耳をすませていないと聞き逃してしまいそうな小さい声で言ったアルゲンタムはあまり表情を変えてはいないが、どこか頼り無げに見えてなんだか放っておけなくなる。
私は、空いている手を小さな手が重なり合う、その一番上にのせて大きく頷いた。
「うん。こちらこそヨロシクね!」
5人の体から伸びるまだ細く小さな腕。重なりあった小さな手がまるで大きく光る星のように見えた。
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