第2話毒

 一瞬、怒りに任せて直ぐに怒鳴り込んでしまいそうになりました。

 ですが、ぐっとその怒りを飲み込みました。

 私の怒りは、その程度で許せる事ではないのです。

 貴族の地位を含めた全てを捨てて、人生をかけた恋だったのです。

 それを、こんな裏切りをされて、踏みにじられたのです。

 今思えばこれまでも騙され裏切られていたのだろうと、思い当たる事があります。


 私はそっとドアから離れ家を出て、そのまま急いで森に向かいました。

 森には、私でも使える毒キノコや毒草の数々があります。

 これでも、元は伯爵家の令嬢で、宮廷の権謀術数の経験もあります。

 幼い頃から、伯爵家の一員として、嫁ぎ先で謀略を駆使することができるように、他の貴族に毒殺されるのを防げるように、色々と学んできたのです。

 その知識技術を使って、人生をかけた男を殺すことになろうとは……


 ですが、毒殺に使えるキノコや野草は、季節によって違います。

 そして哀しい事ですが、毒を仕込む料理によっても使えない事があります。

 今の貧しい生活では、料理に使える調味料は塩くらいしかありません。

 その塩すら、節約して薄味になってしまいます。

 そんな料理に加えても相手に気が付かれないキノコや野草は本当に少ないのです。

 だから、覚えた知識を必死で思い出しながら、キノコと野草をさがしました。


 残念ですが、一度で殺せる毒キノコと毒草を見つける事はできませんでした。

 相手はあれでも男で元吟遊詩人です。

 危険な旅から旅の生活ができるくらいの、武術の腕があるのです。

 食料を旅の途中で自給自足しますので、毒キノコや毒草の知識もあります。

 あの腐れ浮気男が知らない毒キノコや毒草を探すとなると、本当に厳しいのです。


「よう、ハンスの所の奥さんじゃあねえか、こんなところで何をしているんだ?」


「ハンスの体調が少し悪いので、月見草を探しているの、知らないかしら?」


「ああ、月見草なら、ここから右に百メートルほど入った大きな樹の下に生えているぞ、だが気を付けるんだぞ、あの辺には毒ヒルがいるからな」


 とても運がいいことに、村の猟師に出会うことができた。

 この猟師なら、村の森の事はよく知っているから、私が欲しいものの事を全て教えてもらえる。

 特に一番大事な月見草は、結構珍しい野草で、探すのが難しいのだ。

 月見草はそれほど美味しいわけではなく、食材や売り物を求めて森に入る人間が、人に教えたくないと思うような野草ではないのだ。


 だが、その月見草も、特定の季節に特定の材料と煮込めば、遅効性の毒になる。

 今回はその毒で腐れ浮気男を毒殺する。

 無味無臭の、いや、料理の仕方によっては美味しくなる、実家秘伝の毒殺法だ。

 致死量に達してから一月で、全身が腐る激痛がはじまり、半年もかかって死ぬという、残虐非道な毒殺法なのだ。

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