第9話 一方、伊賀の影の一族の里では

 一方、伊賀の影の一族の里では、姫と呼ばれる玲愛が一族の家臣を相手に、あれこれと思案を巡らせているようであった。

「うん。いよいよ八月がやってきます。勤王の志士、高杉晋作様が、上海から日本に帰ってきます」

この玲愛、今は美しく成長して、髪を長くロングにして腰の辺りで切りそろえ、つぶらな瞳で、この時代の平均的な女性より背も高く、スタイルも良く、体から醸す雰囲気も垢抜けしている。

「あの、姫様。高杉とは何者ですか? 」

 突拍子もない発言も、家臣にとってはいつものことで、また姫様の千里眼が始まったと軽い気持ちで問いかけている。

なにせ、この里に忽然と現れた四,五才位の幼子は、紺色の貫頭衣に白い布を首に巻き、腰には、皺の多く入った布を捲いているという見たこともない服装をしていて、しかも、その服は、肩からずれ落ち、腰に巻かれた布は引きづっているというまったく体の大きさに合っていなかったのだ。

 その子が、いきなり、「此処はどこ、今はいつ」などと喚き、あげく、今が一八五三年だとわかると、いきなり、黒船が来た時代だとか言い出す。

 この女の子の発言は、数週間後、事実だと影の一族に確認された。その後、彼女の発言は次から次へとこれから起こる未来のことを言い当てる。日々の生業なりわいを諜報活動にしている影の一族にとってこの千里眼は値千金の能力であった。

 そういった日々が続くうち、この玲愛と名乗った少女は、一三歳になり、一族の姫と呼ばれるようになっていった。


 この姫、こんな山奥に住んでいながら、日本の政治情勢に詳しかった。ただし、神魂一族のことについては、まったく知らなかった。

 それも当然である。神魂一族について知っている人間は一握り、諜報を得意とする影の一族とて、直接ではなく、その眷属の一族との交流で知っているのみである。

 しかし、玲愛は、神魂一族の話を聞いて、ひどく興味を持ったようで、影の一族は、神魂一族の全面バックアップを指示して、ついに、神魂一族との接触に成功し、姫の指示の元、共同戦線を実現しているのである。

 きっとこの話も、新たな神魂一族への指示だと考えていると、

「私も、高杉様に会いにいく。私、高杉様のファンだけど、この人、日本にとって良い人か悪い人か良くわからないのよね。外国の手先かどうか私が見て判断する。横浜に居る大和さんと巫矢さんに連絡をとって、影の一族の里に案内してあげて」

「い、いけません。姫様。彼らの能力、技術、我らの及ぶところではございません。我らとて忍者の末裔、しかし、彼らの強さは我々とは次元が違います」


 この里に、他者を招き入れることなど考えられない。しかし、姫の我儘は続く。

「大丈夫よ。彼らはこの神の国を守ろうとしているんでしょ。なら、大丈夫。私に話をさせて、お願い」

「確かに、彼らと接触した平次にしても長兵衛にしても、いいやつらだったいう報告が入っています。それでも……」

「お願い、お願い、お願い」

 この姫が一旦言い出したことが実現しなかったことはない。これは、千里眼ではない。単なる我儘なのである。

「わかりました。そのように指示を出します。今、彼らは、長州に向かっているはずですから」

「ありがとう。楽しみだわ」

そういうと姫と呼ばれた玲愛は、瞳に決意の色を宿すのだった。


 **************


 一方、東海道を西へ向かう大和と巫矢に、再び、影の一族、寛治から接触があった。

「姫さんが、大和、巫矢、二人と会いたいといってきた。伊賀の我が一族が住む里にお前たちを案内したいのだが」

「やっと、会えるのか。まだ、子どもだと聞いていたが」

 大和が接触してきた寛治に聞く。

「ああ、一三歳だ。生まれも育ちも良くわからない不思議な子だ。だが、なにかを成そうとしているのは間違いない」

「それは、分かっているんだが。しかし、今やっていることで未来がどう変わるのか俺にはわからない。だから、聞きたいと思っていたんだ」

「巫矢も会いたい。同い年ぐらいの女の子ってみんな、神秘的なのよね」

「ああ、お前は、神秘的じゃあなく奇怪(きっかい)なだけだ」

「大和、失礼ね。ミステリアスと言って」

「「ミステリアス?」」

 まさか巫矢にまで不思議な能力があるのか? 元々、時々不思議な言動をする。

「神秘的を表す外国語よ。里で勉強していたんだから」

「「びっくりさせるなよ!」」

 大和と寛治の声が揃った。

 確かに、神魂の里は、外国とも、秘密裏に交流しているため、巫矢は外国語を勉強させられていたのだ。


寛治に案内され、影の里を目指す大和と巫矢だったが、その道のりは、道なき道を進み、深い渓谷を上り、ツルで出来た一歩橋を渡るなど、人里離れた秘境の真っ只中を進むものであった。

「寛治さんから聞いた姫様の話だが、とても、四歳児が行けるような道ではないよな」

「ああ、大和その通りだ。とても考えられない。まさに忽然と里に現れたとしか思えん」

「やっぱり、姫様はミステリアスなのよ」

「だから、外国の言葉を使うな、巫矢。どうせ、ほかの言葉は知らないんだろう」

「ひどい。大和。他も知ってるもん。ハローとかペン、アッポーとか」


 寛治はこのような場所でさえ、軽口をたたきながら鼻歌交じりで進む大和と巫矢に感心する。そして、やっと、影の里への入り口へとたどり着いた。


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