第6話 その殺気を受けて青ざめる平次
その殺気を受けて青ざめる平次。平次とて腕には自信があったが、とても歯が立つとは思えなかった。
「恐ろしい腕だな!俺が、一番最初に接触するとはツイてない。
仲間から、神魂の里から二人が出て来て京方面に向かったと連絡が入った。それでわしたちも警戒していたのだが、まさかこんなに早く京にやって来るとはな」
「俺たちを待ち受けていた? 」
怪訝な顔をする大和と巫矢。じじいの話だと、そう簡単には会うことはできない口ぶりだった一族が目の前にいる。しかも、大和と巫矢の動きを探っているようだ。
「まあまあ、そこの切り株に座って話そう。お互い立っていると、一瞬で俺の命がなくなりそうだ」
お互い、その辺の切り株に腰を掛けた。しかし、この三人は、これくらいのことでは抑止力にはならない。この体制でも一瞬で攻撃することができるのだ。
「やれやれ、末恐ろしいガキだな。うちの姫様と言い、まったく」
「おい、平次さんなんか言った? 」
「いや、別に。それに、さっきの話だが、俺たちはお前たちを待っていた。千里眼を持つ姫の一存で、俺たちは神魂一族に付くことに決まった。くそ田舎のガキどもに色々教えてやれということだった」
「それは、俺たちに協力して、色々教えてくれるということか? だったらその千里眼を持つ人に合わせてくれ! 」
相手から、千里眼を持つ者の話が出た。しかも、姫と呼ばれている。千里眼を持つ者は女なのか。大和は、身を乗り出して、平次に迫る。
「それは、ダメだ! あの姫は、まだまだ子供だ。それに、占いも良く当てるんだが、なんか言っていることがおかしい。でも、今の日本を憂いているのは、なにも、お前のところの長老だけじゃないということだ」
大和は平次にいきなり断られたが、相手は、女で子どもだということが判れば、少し落ち着いて話もできる。女、子どもに用はない。用があるのは、わが日本の敵のみである。
「だったら、誰をぶっ飛ばせばいいか、その姫とやらに聞いてくれよ!」
「いきなりかよ。今の日本は攘夷一色だ。後は、攘夷をするだけの武力が整うのを待つだけだ」
「攘夷っていうのは、外国人を追い払うことだろう。いいことじゃないか。でも、同時に幕府は港も開(ひら)いてしまったんだろう」
外国の圧力に負けて開国することになったが、攘夷のためには最新式軍事技術が必要で、そのためには、外交窓口を一本化して、外国勢力をけん制させ合い、最新式の軍事技術を有利に提供させなければならない。そのための開港であり、決して自由に貿易をさせるつもりはない。
そのように、平次は大和と巫矢に教えている。しかし、政治に疎い大和や巫矢はよくわからないといった顔をしている。
「だったら、私たちもう里に帰ってもいいかしら」
「だよな、幕府が日本の国を守るんなら、俺たちの出番はないよな」
「まあ、待て、幕府の権力を強め、朝廷との結びつきを強めるため、孝明天皇の妹の和宮様が徳川家茂に降嫁することに決まった」
「めでたいことですよね」
巫矢はよくわからないが、婚姻と言えばめでたいことと思い口にしたが、大和は全く関心なさそうに目を瞑って聞いていた。
「しかし、これを幕府の延命策として、尊皇派の公家が良く思っていない。攘夷派の武士を使って何か仕掛ける可能性があるぞ。お前ら、しばらく京都にいろ」
ここで、大和が目を開き、口を開いた。
「人に恋路をじゃまする奴は、馬に蹴られて死んじまえってな。巫矢、しばらく京都にいることにするぞ」
「うん、わかった」
「それじゃ、お前らの身元と寝る場所は俺たちで何とかする。とりあえず、お前らは、出雲の刀鍛冶の弟子の夫婦ということにする。そのくらいの細工は我らにとって、如何どうさもない」
「大和、聞いた。私たち夫婦だって」
顔を真っ赤にして、大和の脇を突っつく巫矢に対して、
「ああっ、偽りの身分だろうが」
心底嫌そうに答える大和。巫矢のポンコツぶりに内心心配になる平次。
いよいよ、時代は神魂一族を巻き込んで、動き始めるのだった。
大和と巫矢が京都にとどまって数日が経った。
一八六二年二月、京都の御所の周りにある公家屋敷から、二人の武士が周りを気にしながら、暗闇に紛れるようにひっそりと出てくると、警備する門番に頭を下げ、公家屋敷の門を後にする。
この二人は、和宮降家の際、江戸に向かう途中で、和宮様を奪還しようと公家と打ち合わせをしての帰りだった。
二人の武士が、門から数十メートル離れただろうか。一瞬、月明かりが雲で隠れ、辺りが闇になった瞬間、音もなく二人に近づく影が、すれ違いざま、二人の首を跳ね飛ばしていく。
二人は声を出すことはもちろん、切られたことさえ自覚できないまま、切り飛ばされた首筋から噴水のように血を噴出させ、踊るように一回転するとその場に音もたてずに、膝から静かに崩れ落ちる。
何の抵抗も感じさせず首を切り落とし、まるで重力を失ったように、首を切り飛ばされた体が静かに倒れ込む。
「大和、思った通り凄まじい腕だな。まるで、空を切るように一切の抵抗を受けず首を跳ね飛ばす。しかも一切の衝撃も与えず、人の命を絶つとは!」
「平次さん。こいつら雑魚だ。なんだ、俺の近づく気配にも気づかないのか? 武士ってめっちゃ弱い」
「そうでもないぞ。尊皇攘夷派のめんどくさいやつらの頭だぞ」
大和が待ち伏せし、切った武士は、尊皇攘夷を掲げ、和宮降嫁を阻止しようとする一派であった。
「ねえ、この人たちどうするの? 」
この惨劇に顔色一つ変えず尋ねる巫矢に向かって、大和が言う。
「体は、加茂川にでも流しとこう。首は、さっきこいつらが出て来た公家邸に放り込もう。どうせ、バカ公家どもはまだいるだろう」
「そうだな、これを自分たちの寝床に投げ込まれたら、あいつらビビリだから、和宮降嫁の邪魔はしようとは考えないだろう」
「そうと決まればちょっと行ってくる」
大和は、まだ、血が滴っている生首を二つとも左手に持ち、御所の壁の上に音もなく飛び上り、壁の向こうに消えていった。
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