【SS】勇者の棺桶、誰が運ぶの?

スフレ/MF文庫J編集部

第1話 勇者の棺桶、誰が運ぶの?

 Q.勇者の棺桶って誰が運んでるの?

 A.???


         ※


 サンクチュアリ大陸の北部にある首都ルミナス。

 ここには救助の専門家プロフェッショナルが集うギルドがあった。

 それは、第三救助機関サード――別名『救助レスキューギルド』とも呼ばれている。


 そして俺――レスク・ラグリオンは、第三救助機関サード救助隊員レスキューだ。

 救助隊員の任務は人命救助を始め多岐に渡る。

 そのうちの一つは――。


         ※


「よ~し! 今日も冒険の旅へ出発よ!!」


 ルミナスの町の北門。

 元気いっぱいに両手を胸の前でグッとさせる金髪の少女。

 彼女の名前はティリィ・アルタリア。

 黙っていれば可憐で可愛らしい少女だが――こう見えて【勇者】である。


「気を付けてな。あまり無茶するなよ」

「ええ! 世界を救うため――今日も邁進よ!」


 意気揚々と駆け出したティリィだが――バタン。


「はうぁっ!?」


 けていた。

 それも顔面から。


「勇者っ!? だ、大丈夫か!?」

「へ、平気よ! だって、わたしは勇者だもの!」


 いや、それ勇者とか関係ないから。


「というか、めっちゃ涙目になってるけど?」

「な、なってないもん! 勇者はこのくらいじゃ泣かないの!」


 明らかに必死に堪えていた。

 女神に選ばれた【勇者】は、この通りポンコツ娘なのである。


「とにかく気を付けてな」

「わ、わかってる! 行ってくるから」


 勇者は再び走り出して街道を進んでいく。


(……心配だな)


 言ってはなんだが、勇者は少し……いや客観的に見てもかなりドジだ。

 村娘がドジなら可愛いで済むが、ティリィは勇者だ。

 モンスターとの戦闘中に、ドジを踏むわけにはいかないだろう。

 ただでさえ彼女は、今週に入ってから七回も棺桶化しているのだ。


『勇者が死に過ぎな件について……』


 記憶に新しいこの言葉は、ルミナスの首長が漏らしたものだ。

 歴代の勇者の中でもとびぬけて最高の死亡率。

 そのことにショックを受けて、首長は鼻水を垂らしながら絶望していた。


(……あいつ、本当に大丈夫なんだろうか?)


 気になった俺は、ティリィのあとをこっそりと追うことにした。


         ※


 俺はこっそり木の陰から勇者を見守っていた。

 勇者はスライムと向かい合っている。

 緊張からか一筋の汗が、ティリィの額から流れた。

 その瞬間――


「やあっ!」


 スライムに片手剣を振り下ろす勇者――スパンッ!

 見事に真っ二つ。


「ふふ~ん! 大勝利ね!」


 勇者、ドヤ顔である。


(……流石にこの辺りのモンスターなら、ティリィも負けないか)


 この辺りの街道に沸くモンスターは弱い。

 新人の冒険者や衛兵が訓練を積むには丁度いい場所だ。


「これほどの強敵に勝てるなんて、今日は調子がいいわ! わたしも、ちゃんと強くなってるみたいね!」


 嬉しそうに笑うティリィ。

 少しずつでも努力して成長しているのは立派だ。

 が――


(……あの馬鹿、気を抜き過ぎだ)


 真っ二つになったはずのスライムだが、勇者がドヤ顔をしている隙にくっ付いて再生していた。

 そして――勇者に飛び掛かる。


「――ティリィ!」

「え……?」


 こっそり見守っていた俺だが、思わず声を上げていた。


「あばばばばばばば……」


 だが攻撃を躱すことは叶わず、スライムが勇者の顔面に付着した。

 しかも呼吸ができないのか、水面に顔を付けたように溺れている。


「ゆうしゃああああああああああああああああっ!?」

「あばばば……おぼぼぼぼぼ~……」


 俺は慌ててスライムを引っがす。

 そしてスライムを適当にぶん投げた。


「大丈夫か!?」

「ぷはっ……はぁはぁ……ふは~」


 はぁはぁと呼吸を整える。


「あ、ありがとう、レスク……」


 勇者はお礼と共に、俺に微笑を向けた。


「はぁ……レスク、空気って美味しいのね」

「生きるために必要なものだからこそ、普段は気付けないんだな」

「そうね。いいこと言う~! 酸素に感謝ね!」


 勇者は俺にグッと親指を立てた。

 さて、なぜ俺がこの場にいるのか突っ込まれる前に退散しないと。


「あ、そういえばレスク……どうしてここに?」

「そ、それは……」


 心配で付いて来てしまったとは言いたくない。


(……どう答えるか?)


 考えながら俺が視線を下げた。

 するとたまたま目に入ったのは――先程、適当に投げたスライムの姿。

 そのスライムが――態勢を下げて、びよ~ん! と、バネを使うように飛び跳ねた。

 物凄い勢いで勇者に迫る。


 ぐにゅん――ボゴオオオオン!!!


 スライムのかいしんのいちげき!

 ティリィの横っ面に猛烈な体当たり。


「おっぶっ!?」


 くるりと一回転しながら、少女の身体は地面に崩れ落ちた。

 完全に入った。

 間違いなくKOである。


「ゆ、勇者しゃああああああああっ!?」

「はぅ……ばたんきゅ~」

「えええええええええええええええっ!?」


 勇者は死んだ。

 だが、死亡した瞬間――優しい光が彼女を包み込む。

 そして彼女は棺桶になった。


「……」


 まさか勇者がスライムに負けるなんて。

 思わず無言になってしまった。

 ちなみに勇者の棺桶に乗ったスライムが「すらら~」とドヤっていた。

 ドヤられたらドヤり返すというわけだ。


「勇者、お前な――油断してるからだぞ!」


 思わず棺桶に向かって叫んでいた。

 しかし、返事はない。

 ただの棺桶だからだ。


「ったく……これで何回だっけ?」


 確か……もう八回目の棺桶か?

 ばたんきゅ~の魔法。

 これは勇者が死亡した瞬間、強制発動する。

 この棺桶は女神の力によって守られており、あらゆる攻撃も受け付けない。

 つまり、この状態の勇者は無敵だ。


「……はぁ……重いんだよなぁ!」


 言いながら、俺は勇者の棺桶を背負う。

 棺桶化した勇者を教会まで運ぶこと。

 これも救助隊員に与えられた仕事の一つなのだ。

 ちなみにこうなると、勇者の棺桶は魔物たちに狙われてどこかへ運ばれてしまう。

 なので隠される前に俺たちは勇者の棺桶を、救出しなければならないのだ。


「よし! 行くか!」


 この街道から、ルミナスの町まではそう遠くない。

 だが既に俺は魔物たちから囲まれてしまっている。


「おらあああっ! 捕まえられるなら、捕まえてみやがれっ!」


 一斉に襲い掛かってくるモンスターを躱しながら、俺は猛烈ダッシュしながらルミナスに戻るのだった。


          ※


 Q.勇者の棺桶って誰が運んでるの?

 A.救助隊員レスキューが運んでます。

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