異世界で販促って、反則ですか?
暮影司(ぐれえいじ)
第1話 包丁を売ろう!
ここは異世界、という説明で良いと思う。
少なくとも、俺はこの世界の現状をそれほど理解していない。
だが、転生した自覚はあるから、いわゆる異世界だと考えている。
この世界がどれほど広いのかもよくわかっていない。
とりあえず、中世ヨーロッパ風の王国の城下町に俺はいる。
文明のレベルとしては、江戸時代くらいだな。
違いがあるとすれば異世界らしく魔法が存在すること。
そして、人種が多岐にわたることだ。
俺は主にセールスプロモーションを生業にしていた男だ。
日本語では販売促進、販促とも呼ぶ。
販売促進ってのはその名の通り、販売を促進する行為だ。売上を伸ばすと言ってもいい。宣伝とか広告とかと仲間みたいなものだが……詳しいことはおいおいにしておこう。
俺は宣伝・広告・販促といった分野の人間にいるけれど実はいわゆるオタクだ。
だから異世界に来たことはすんなり受け入れた。
そしてキリト君のようになれるんだーと思った。
ところがどうやらこの世界では戦争が終わったばかり。
魔王どころかモンスターも襲ってこない。
平和なのだ。
どうしようもなく平和なのである。
トレジャーハントなどの目的で冒険に向かうことが出来ないわけじゃない。
しかし俺は魔法も使えないし、謎のレベルアップもないし、スマホも持ってない。
チート能力がないし、女神様もついてきてくれないし、勇者として召喚されたわけでもない。
まぁ自分が一番体力が有った頃であろう、17~19歳くらいの男の肉体で転生できたことは、幼女として転生するよりは良かったと思っている。
しかし学生時代に打ち込んだ剣道の腕をみせるような事もなく、俺は普通に仕事をしていた。
はっきりいって逆にオタクであることで、今俺がどうにかしようにもゴブリンにも勝てないことはよくわかっていた。
この世界に来てからはいろいろあったが、今は街にあるレンガの建物の2階に小さなオフィスを構えている。
「ボス! お客様です!」
彼女は唯一の従業員である。この世界のことがよくわからない俺だけでは商売にならないので、特にスキルが有るわけではないが一緒に働いてもらっている。ごく普通のこの世界の庶民であることが大事なのだ。
ボスと呼んでくるのは俺の趣味ではないのだが、この世界では役職で呼ぶのが普通であるらしく、会社という組織が発明されていないこの時代では社長の意味合いになる言葉が他にないので仕方ない。
「お茶の用意を頼む、プァンピー」
「ラジャーです」
横を向いて、膝丈の赤いスカートを半分ほどめくった。
このセクシーなポーズは何も俺を真っ昼間から誘惑しているわけでもなんでもなく、この国における女性の敬礼のようなものらしい。
更に補足しておくと、彼女はまだ幼い容姿をしたちんちくりんであり、胸は大きいのに全くセクシーではない。
くりっとした大きな瞳は人懐っこく、少し丸い顔は愛嬌があり、明るくて元気で若い。彼女は栗色の肩まで伸びた髪を揺らして、給湯室に向かった。
俺は来客を迎えに行き、どうしてもバカンスの雰囲気がしてしまう籐の椅子に座った。
本当はいかにも応接間でございという革張りのソファーがいいのだが、貴族にしか手に入らない代物らしい。
対面には身体の大きな髭面の男がどっしりと座っていた。第一印象は熊って感じだ。
「いらっしゃいませ、私がカオスです」
「あなたが売上向上請負人のカオスですか。私はブラミス」
カオスと名乗っているが、実は俺は日本人じゃなかったんだという設定ではない。ソシャゲやツイッターでカオスと名乗っているからだ。
本名は近藤であり、近藤がコンドンに訛り、コントンになって、混沌がカオスになったというよくあるアダ名の終着駅である。ゴムだのうすうすだの呼ばれないだけマシだと思っているためこの世界でもそう名乗った。キリトっぽいし。
「売上向上請負人……まぁ、一応そういう仕事をさせてもらっています。ご依頼内容をお聞きしても?」
「実は……売上が上がらないんだ」
がくっ。
別に関西出身ではないのだが、ズッコケた。
それは売上向上請負人なんて言い方からしてわかってるっつーの。
やたらガタイのいい中年男性は、その見た目からは何をやっているのかわからない。プロレスラーだと言われても納得はするが、この世界はまだスポーツを見せることでお金を得る文化までは到達していない。
「ブラミスさん、お商売は?」
「製造業になる。作ったものが売れない」
「何が売れないんです?」
「包丁だ」
「はあ」
よく見れば手がゴツゴツしている。なるほど職人なら納得だ。
手先は器用なのだろうが、言葉は不器用なようだな。
「昔から包丁を作っていらっしゃる?」
「元々は武器屋で剣やナイフを作っていた。戦争が終わって武器が売れなくなったから包丁を作るようになったんだが……」
「なるほど」
ようやく意味がわかったね。
戦争が終わって平和になるのは良いことだが、戦争がなくなって職にあぶれる人間はとても多い。
そんななか自分のスキルを活かして、武器屋から包丁職人になるっていうのはかなり賢い方だろう。
「モノには自信があるんだ」
「そうでしょうね」
「だが売れないんだ」
「そうでしょうね」
「良いものなのに売れないんだぞ」
「そういうものです」
戦争であれば武器はじゃんじゃか売れるだろうが、そうでもなければ売るためにはそれなりにやることをやらないとね。
プァンピーが温かいジャスミンティーを運んできたので、薦める。
気候は穏やかで過ごしやすい季節だ、爽やかなジャスミンティーを選んだプァンピーはやはりセンスがいい。
「まあ、どうぞ。落ち着きますよ」
「落ち着けないからこうしてやってきているんだ」
苛立つように、髭をいじるクライアント。
「良いものなら売れますよ。私が売れるようにします」
そう言って、お茶をゆっくりと啜る。
沖縄で飲んださんぴん茶を思い出したが、郷愁に浸っている場合ではない。
「では契約書については、プァンピーから説明しますので」
改めていうが、俺はなんのスキルもいただいていない。なぜか日本語で会話が出来るが、文字は読めない。
貨幣もまだ、統一出来ていない時代なので、金勘定すら出来ない。電子マネーに慣れた俺に、銀だの銅だの鉱物を量っていくらっていう世界はつらい。硬貨がないわけではないらしいが、普及に至っていない。
よって何から何までプァンピーに頼りっきりだ。
「ボスー、お見送り終わりました」
「ご苦労さま。さて、じゃあまず俺が勉強しなきゃいかんな」
「ほへ? 勉強ですか?」
「うん、なんせ俺はこの世界における良い包丁がわからん。どういう料理をしてるのかすら知らないし」
「ふ~ん? それが勉強なんですか」
「それを勉強と言わないで何を勉強と言うんだよ」
「なんか難しいことを学ぶことなんじゃ? そんな誰でも知ってることを知ることが勉強だと思ってませんでしたよ」
「誰でも知ってる、ねえ」
プァンピーの言いたいことはわかったが、俺にとって大事なことは調べるべきものを調べるということだ。
「ん~、君のお母さんが料理を作っているところを見せてもらうことは出来るだろうか」
「えっ……。それって……プロポーズですか?」
「いや、違うけど……言った言葉のそのままの意味だけど」
プァンピーは白磁のような綺麗な頬を少し赤く染めて恥じらいを見せたが、こいつは普段からこんな調子なのでときめいたりはしない。
「何、親に会ったら結婚しちゃう風習あるの?」
「ないですよ?」
「じゃあ、なんなんだよ~」
「んっふふ、ほんとに常識がわかんないんですね~」
「そうだよ、いい加減理解してくれ」
「んっふふ~」
俺が不機嫌になると、彼女は機嫌がよくなる。やれやれだね。
このプァンピーという少女は俺がこの世界の常識がないことや、文字が読めないことを面白がっているのだ。
「じゃあ君が料理をしているところを見ているというのは?」
「えっ? それって一人暮らしの私の家にやってきて手料理を振る舞って欲しいというのを業務上仕方ない形で要求してます?」
パワハラっぽい言われ方をするのは困るなあ……。この世界にはまだそんな概念ないんだろうけどこっちは意識しちゃうからさあ。
俺が困ったような顔をしていると、まぁ嬉しそうにプァンピーは笑みを浮かべる。
「んもう~、仕方ないなぁ……そこまで言うならいいですけど」
「これも求婚になっちゃってたりしないよね?」
「しないですけど、まあ嫌いな相手にはしないですよね」
そうかもしれんがね。いいから包丁を使うところを見たいんだね。
「ただ、私、全然料理出来ないんですよね」
「それを早く言え」
時間の無駄だった。
結局、普段昼食を取ることが多い近所の食堂にお願いすることにした。
以前のクライアントでもある。
「すみませんねえ」
「良いんですよ、亭主が包丁使ってるところ見るだけでいいんですか? なんなら娘と既成事実を作っても構いませんよ?」
「遠慮しておきます……」
俺も転生前は若いとは言えなかったが、それでもおばさんの軽口は疲弊するね。
セクハラだとかパワハラだとかいう概念がない頃は日本もこんな感じだったのかね?
シェフが包丁を使うところを見せてもらった。まずは普段使っているものだ。
まぁ、日本と違うのは食材がデカイことだろうか。
スーパーのように魚がサクで売ってないし、肉も細かくスライスして売ってないからね。
ウサギのような大きさの肉をガンガンに叩き切っていく。
まぐろの刺身を刺身包丁で切るようにはなかなか切れないようだ。
中華料理の包丁に近いだろうか、重さで砕いている印象。
「全部、その包丁で調理されるんですか?」
「ん? そりゃ全部だろう。いくつも包丁なんて持ってないさ」
ふーむ。まぁそうなんだろう。
メニューが豊富なこの食堂ですら、包丁は一本なんだな。そして結構切れ味は悪い。
「それじゃ、こちらの包丁を使ってみてもらえますかね」
クライアントからサンプルとして借りている包丁を手渡す。
「ほう。これはちょっと小さいな」
小さいと感じるわけか。
多少切り方を試しつつ、肉を捌いていった。
「切れ味はなかなかのものだ。これは悪くない」
シェフのお墨付きが出た。商品の特性としては、切れ味が優れているということで良さそうだ。
やっぱり需要はあると思われるな。
お礼を言って、食堂の厨房を出る。
「次は販売場所だな」
「なんにもないと思いますけどね~」
商品のことを知ったら次は売り場だ。
金物屋と呼んでいいのか、家具や武器も売っている店へ。
食べるものと着るもの以外を販売しているようだ。ホームセンターみたいなものか。
「ここらへんですね、包丁」
ただひたすらにプァンピーの誘導に従って売り場に到着した。俺は一人では買い物すらロクに出来ないのだ。
この店では20本ほどの包丁が販売されている。
確かになんにもないな。
プァンピーの言うなんにもないというのは、POPなどがなんにもないという意味だ。彼女は何故かPOPが好きなのだ。
POPってのはPoint of Purchaseの略で……まぁ細かいことはいいだろう。
売り場に設置している販売を促すための広告のようなものだ。
誰もが目にしたことがあるだろう。値札と商品名以外に何か書いてあればそれがPOPと言っていい。
しかし小さな手書きPOPすら設置できる場所がないね。
包丁は野ざらしで売るのは危険なのだろう、ショウケースのようなものの中に置いてあって、商品名の書かれた値札が手前に記載されているだけだった。商品名といっても全部同じことしか書いていない。全部包丁だ。せいぜいサイズ違いがあるだけだし、それは見ればわかるのだから意味はない。
「プァンピー、この中でどれか包丁を買おうとしたらどうやって選ぶ?」
「う~ん。値段が安いのでいいかなと思っちゃいますけど」
「だよな」
クライアントの包丁は、特に高くも安くもなかった。高いやつは大きいから、商売で肉を解体する人などが買うのだろう。
包丁はファッションではないから見た目が格好いいから買う、なんてことはないわけで、優位性がわからなければ価格勝負になってしまう。
「んー、まぁ大体わかった」
「うっわー、さっすがあ。この状況でどうしようっていうのかさっぱりわかりませんよ」
「いやー、まだこれから考えないとだがな」
わくわくしているプァンピーを見て、落ち着けと手で制す。
「とりあえず、明日はクライアントのところに行くぞ」
「えっ? じゃあやっぱりもう方法が決まったんですか」
「違う。まだ商品を掘り下げないといけないんだ」
商品の魅力を作っている方がわかっていないというパターンは、意外とある。
翌日、現地集合にしようとしたが、一人でたどり着けるわけがないというプァンピーの主張を全面的に支持せざるを得ず、オフィス近くで朝食を一緒に取ってから向かった。
俺だってスマホでGPSをONにして地図を見ながらなら行けるんだが。
「ブラミスさーん、おはようございまーす」
「おう、嬢ちゃんか」
手を振りながら近づいていくと、ブラミスさんも髭ヅラを緩ませた。
プァンピーはすっかりクライアントから気に入られているようだ。
彼女がいると仕事がやりやすいから、有難いね。
「もう、売れる方法がわかったってか?」
「いえ、まだ半分ってところです」
「半分か。まぁとりあえず今は包丁を叩いているところだ、話は後にしてくんな」
「ああ、それは失礼。できれば見学させて欲しいのですが」
「そりゃ構わねえが」
まさに工房といった趣の場所に俺とプァンピーは入っていった。
鉄火場ってやつだ、なかなかに暑い。
カキン、カキンと鉄を打つ音が響く。
オレンジ色の光を浴びているブラミスさんの顔はまさに真剣そのもの。
一所懸命に仕事をしているのがよくわかる。
素人目にもわかるほど職人としての技量があることも。
そういったものが売れないというのは、やはり不幸なことだと思う。
今回の案件も成功させないとな、と手を握っていると、隣からもぞもぞと衣擦れの音が聞こえた。
「なんだか、私、暑くなってきました」
そう言って、プァンピーは麻だかで縫われているであろう、茶色のシャツの革紐を緩めて胸元を開いた。
「いや、今はそういうお色気シーンとかいらないんだけど。超真面目モードなんだけど」
「そう言いながらガン見してるじゃないですか」
手でぱたぱたと風を胸元に送り込む仕草を確かに俺はじっくりと見ているが、そりゃ仕方がないってもんだ。
プァンピーはこの世界では、少なくともこの国では一般的なごく普通の女の子であるらしいが、日本人の感覚からすると大変立派なものをお持ちだ。
日本一の貧乳県である埼玉県出身の俺には眩しすぎて目が離せないのである。
「もっと見せましょうか~?」
「いや、いい」
今はうら若き乙女の胸元よりも、髭面の職人の手元をガン見するべきだ。
やがて水に入れてジュウーっという音がすると、どうやら包丁が出来たようだった。
ブラミスさんが工房から出るのを追う。
プァンピーに胸元をしまうように伝えつつ、ブラミスさんが汗を拭きながら水を飲んでいる間、しばし待った。
「それで、話ってのは?」
「武器のことです」
「ん? もう作ってないぞ」
「作っていたときのことが聞きたいんです」
「それが包丁を売るのに関係あるのか?」
「大アリですよ。私が絶対に売れると確信したのもその話があったからです」
ブラミスさんは理解できないという顔を見せつつも、倉庫に案内してくれた。
プァンピーは目を輝かせて、鼻息も荒く妙にテンションが上がっている。別にこれから殺人事件の真犯人を当てるようなイベントが起きるわけではないのだが。
とは言いつつ、俺も胸が高まっていた。
だって異世界の武器とか興味あるし。正直、勇者として召喚されて魔法の剣とか使って戦いたかったし。
「この辺が実戦用の剣だな」
「おおお!」
無骨で格好いい。日本刀のような美しさもないし、ファンタジーの武器のような装飾もない。だがそれがいい。
「持っても良いですか」
「持てるならいいぜ」
持てるならとは?
まさか、勇者しか引き抜くことが出来ないとか、持ち主を選ぶ魔剣とか?
そんな期待を持っていたが、なんてことはなかった。
重すぎる。
「んぐぐ、こんなに重たいんですか、両手剣って」
「そりゃ剣士様が使うもんだからな」
振るうどころか、両手でも持ち上げられない。
せっかく転生しているんだから剣くらい扱えてもいいだろうに。
「実際に売れたのはこっちの方だ」
そう言ってブラミスさんが指さしたのは、いわゆるナイフである。
こちらは種類も多く、装飾がなされているものも多い。
俺でも持つことが容易だった。
「これって戦争で使われてたんですか?」
「どうだろうな。うちが作ってたのは基本的には冒険者向けだ。人よりモンスターを倒すのに向いている」
「モ、モンスター!? ちょっとその辺を詳しく」
テンションがますます上がる俺を、プァンピーは退屈そうに眺めていた。やれやれ、男のロマンがわからんかね。
モンスターと戦う場合、弓矢やボウガン、それに魔法を使って遠距離からダメージを与えて短刀サイズの武器でとどめを刺すのが普通だそうだ。確かに元気なモンスターに剣で斬りかかるのはおっかないね。
「両生類系の、フロッグなんかはハンマーで頭をぶっ叩くことも多いが、うちは爬虫類なんかの硬い皮膚を打ち抜く刃物が得意だ。これなんかドラゴンでも倒せる」
「ドラゴン! そういうの、そういうのを待ってたんですよ!」
俺はドラゴンを仕留めることが可能だというナイフを掲げる。
先端が尖っていて、刃が鋭い。切れ味が良さそうだ。
「それが何だって言うんですか~、包丁と関係ないじゃないですか」
「お、そうだった。嬢ちゃんの言うとおりだぜ。過去の栄光にすがってちゃいけねえんだ。前を向いていかなくちゃよ」
過去の栄光ねえ。すがれるものはすがっていいだろう。それは決して後ろ向きなことじゃないんだ。
それを教えないとな。
「ネーミング、ですか?」
「そう。ネーミング」
俺達は3人でランチタイムを過ごしながら、話をすることにした。
ブラミスさんがよく行く工房の近くの食堂は身体の大きなお客さんが多く、食べきれるか不安だが流石にメニューまでプァンピーに任せるのはどうかと思って読めない文字で注文を終えた。
今回は売り場にPOPを設置する場所も少なそうだし、ネーミングだけでも売れるかもしれないという考えを説明しておきたい。
デカい木製のテーブルと長椅子に、向かい合って座っているところにウェイトレスが料理を運んできた。
「なんだい、そいつは」
豪快に肉をかじるブラミスさんに解説を試みる。クライアントにはきちんと説明しないとな。
「簡単に言えば商品名を変えるんです」
「商品名って、包丁は包丁だろうよ」
「そうですよ」
POPを作らないのが面白くないのか、プァンピーは不機嫌そうにフォークを肉に突き刺す。
俺は頼んだはいいが注文した料理の食べ方がよくわからなくて困っていた。何これ、タコスみたいに巻けばいいのかな。手巻き寿司みたいに具材が並び、海苔の代わりに餃子の皮のようなものが置いてある。北京ダックみたいなものなのか……?
ためつすがめつしていると、見るに見かねたのか、プァンピーがバランスよく具材をとってラッピングしてくれる。
ブラミスさんに何か言われたら恥ずかしいなあと思っていたが、ふっと笑われるだけだった。やっぱり恥ずかしい。
俺はごまかすように咳払いをして話を続ける。
「商品名はとても大事なんですよ」
実際、商品名を変えただけで爆発的にヒットしたものは枚挙にいとまがない。
「どうするってんだ? まさか武器が売れなくなったから仕方なく武器屋が作った包丁って名前にするとか言うんじゃないだろうな」
「あはは、それは買いたくなくなりますね」
出来上がったブリトーのようなものを、食べさせてこようとするのをやんわりと断りながら手で受け取る。さすがにここであ~んするのは恥ずかしすぎる。
「ブラミスさん、とても良い着眼点です」
「へ? そうなんですか?」
「つまり、買いたくなくなる名前があるなら、買いたくなる名前もあるということだ」
「おお、確かにそうだな」
「なるほど」
わかってきたという顔を見て安堵し、ようやく一口目をぱくついた。結構辛い。
「ブラミスさんは最初に言ってましたね、武器が売れなくなったから、その技術を使って包丁を作り始めたと」
「そうだ。やむを得ないってやつだ」
「それは決してマイナス要素じゃないんですよ。むしろ逆です」
「どういうことだ? もういい加減種明かししてくれ」
「そうですよ、早く教えてくださいよっ」
勿体ぶっているわけじゃないんだけどな。
全部作ってくれようとするプァンピーの様子を見ながら、見よう見まねで俺も具材を巻く。ソースをかけないと美味しくなりませんよなどと注意を受けつつ食事を続けたが、とっくに食べ終わったブラミスさんの目線が痛いので、話を進める。
「武器屋の技術を使った包丁。そう言われただけでも少し興味が出ると思いませんか」
「ん~? そうか?」
「あー、確かになんか凄そう」
プァンピーの意見に首を縦に振る。
「そう、なんか凄そうってことが伝わる。それだけでもプラスになるが、もっといい話があったよね」
「ありましたっけ?」
「どうだったかな」
んもう。だから言わんこっちゃない。
ちゃんと聞いておけよ。
「固いドラゴンの皮膚でも打ち抜けるんですよ。その切れ味の包丁だったら欲しいじゃないですか」
「あ~。そういうことか~」
「どういうことだ?」
ブラミスさんはさっぱりだと言わんばかりに、水を飲んだ。
プァンピーは目をぎゅっと閉じて考え始めた。
こういう前向きなところは評価したい。
「んー。ドラゴンも切れる包丁?」
悪くはないね。
もぐもぐ。このソースは旨いな。
「実際には包丁で切るのはドラゴンじゃないからそれだとわかりにくいかもな。なんか美味しくなさそうだし」
「じゃあ、ドラゴンも斬れる技術で作った包丁」
「ん。そうそうそういう感じ」
「ははあ。そこを売りにするってことか」
どうやらブラミスさんもわかってきたようだ。
俺はクライアントへの説明を最終段階に移行させる。
「包丁にとって、よく切れるというのは良いポイントですよね。だから、よく切れる包丁だと分かれば売れるわけですが、それじゃあ信憑性がない。つまり世界一うまいパンですと言っても、疑われてしまう」
「なるほど」
「ネーミングによってドラゴンを倒すほどの武器の技術を応用した包丁という具体的な切れ味の根拠を示す事ができれば、売れる」
ブラミスさんは気を良くしたのか、食後のお茶を注文してくれた。
この世界にコーヒーがないのが惜しいが、この世界のハーブティーはなんとも香りが良い。
「例えば、ドラゴンスレイヤー職人が本気で作った凄い切れ味の包丁、なんて名前にすれば、それは切れそうだ! と思ってもらえるんじゃないかな。ちょっと長いけど」
この世界の文字がよくわからないので、文字数がどうなるかもわからないんだけどね。
早く勉強しないとなあ。
ネーミングとしてはもっと練り込んでもいいんだけど、そもそも他の商品はただの包丁なんだからあまり凝ってもしょうがない。
お茶を啜るときには、クライアントも助手も、疑問点はなくなっているようだった。
最終的な名称は文字面や語感なども考慮の上で決定した。ほとんどプァンピー任せだが。ドラゴンも切れるナイフを包丁にしちゃいました、みたいな感じらしい。
成果がでないと報酬は無しだ。しばらくしないとその成果はわからないが、1週間で売り切れて、注文が入ったというから成功だろう。
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