⑥左を制する者は世界を制するです
夕暮れが迫る磯で、幼い青潮シャコが泣きじゃくっていた。
「お家に帰りたい……潮の流れが読めない……お兄ちゃん」
親から初めて買ってもらった、子供用の上陸セット──球体の海水カプセルと海水ボンベに、はしゃいだシャコは夢中で海の中を泳ぎ遊び、気づいたら見知らぬ磯浜に打ち上げられていた。
生まれて初めての陸上に、子供のシャコは恐怖でどうしたらいいのか分からなく岩陰にしゃがんで泣いていると。
男の子の声が聞こえてきた。
「どうしたの? 迷子になっちゃったの?」
顔を上げると、そこに陸上人の男の子が立っていた。男の子はシャコに聞いてきた。
「お父さんと、お母さんはどこ?」
「わからない……潮の流れが読めないから、お家に帰れない」
「潮の流れ? もしかして君、海の子」
うなづき、海水の詰まったカプセルを被ったまま泣くシャコ。
「泣かないで、ボクが迎えが来るまで一緒にいてあげるから……きっと、海から迎えが来るよ」
「うん」
シャコは真緒が差し出した手を握って立ち上がる、温かい男の子の手だった。
「ボクの名前は、魔王真緒。マオマオって呼ばれている……君の名前は?」
「シャコ……青潮シャコ」
シャコと真緒は磯で遊んだ、遊んでいる間。シャコは迷子でいることを忘れるコトができた。
夕暮れになって潮が満ちてくると、シャコが海の方を見て言った。
「潮の流れが読めた……お兄ちゃんが迎えに来る」
「わかるの?」
「うん」
「そうか、お家に帰るんだね」
手を握って夕日に染まっていく海を眺める、シャコと真緒……真緒がシャコに言った。
「大きくなったら、ボクのお嫁さんになってくれないかな……シャコが十七歳になったら」
「うん、シャコ。真緒くんのお嫁さんになる」
子供同士の、他愛のない口約束だった。
真緒はポケットの中から、取り出したメモに何か地図らしきモノを描いてシャコに渡す。
「はい、これ魔王城と一番近い駅の地図」
メモを受け取ったシャコは、腰に下げていた防水性の二枚貝ポシェットに受け取った地図を入れる。
真緒が立てた小指をシャコの方に差し出す、海中人には指切りという風習はない。
「ナニそれ?」
「指切り、こうやるんだよ」
真緒はシャコの小指と自分の小指を絡める。
「指切りげんまん、ウソついたら地獄の業火に焼かれて、血の池地獄……指切った。これでシャコとの婚約が成立した……シャコはボクの、お嫁さんになるんだ」
「うん、シャコは真緒くんのお嫁さんになる」
その時、海が盛り上がり大ダコと一緒に等身のサザエが現れた。
シャコが言った。
「迎えがきたから、海に帰るね」
「うん、またね」
磯と海で互いに手を振る真緒とシャコ、兄の青潮ホヤは妹に親しげに手を振っている真緒を睨みつける。
海にもどっていくシャコは、磯浜に飛んできたアラビアンナイトに登場する巨大なロック鳥の背中から、探検家のサファリルック姿で飛び降りてきた上品な雰囲気の女性が真緒を抱き締めながら。
「よかった無事で、心配したんだから……ケガしていない? 真緒」
その声を聞いて。あの男の子も迷子だったんだ……と思った。
十七歳のシャコは乗った電車の座席でウトウトとしていた、目が覚めたシャコは走る電車の車窓風景を眺める。
(子供の頃の懐かしい夢見ちゃった)
シャコは電車に乗る前に駅前のデパートで買った、真新しいスニーカーを履いた素足の両足を見下ろす。
シャコにとっては、初めて陸上で買った履き物だった。
電車から真緒が描いた地図の駅で降りたシャコは、駅前のロータリーでキョロキョロと周囲を見回す。
(この駅で間違いないはずだけど)
手にしたメモには、駅と城の絵しか描かれていない。
「駅から歩いて行ける距離らしいけれど」
シャコは電車の車内でスマホ画面を見入っている、乗客たちを思い出す。
「電車の中で見たアレがあれば、魔王城への行き方もすぐに分かるんだろうけれど……海の中で持っていても使えないし」
さすがにスマホやタブレットも、海中や地中では使い勝手が悪いので、海中人や地中人には広まっていない。
駅前でシャコがキョロキョロしていると、雪男の形をした小さなリュックを背負った小学生くらいの女の子がウロウロ、駅前を行ったり来たりしているのが目に留まった。
何か困った様子で、小さな紙切れを見て確認いている。気になったシャコは女の子に声をかけた。
「どうしたの? 何か探しているの?」
「うん、このお城に行きたいんだけれど道が分からなくて」
少女が見せた紙には子供が描いたような、駅と城の絵だけが描かれていた。
シャコも少女に向かって真緒からもらった、メモを見せる。
メモ用紙に描かれていた地図を見て驚く『黄昏冷奈』
「同じだ! 真緒お兄ちゃんから書いてもらった地図と!? お姉ちゃんも真緒お兄ちゃんの妹になるの?」
「ううん、あたしはダーリンのお嫁さんになるの……海中の難破船の教会にダーリンを引きずり込んで、そこで結婚するの」
シャコは海中で呼吸困難になって、もがき苦しんでいる真緒の腕をつかんで、強引に海底の難破船へ引きずり込んでいる自分の花嫁姿を想像してうっとりする。
冷奈が言った。
「じゃあ、ボクはお姉ちゃんの妹にもなるんだね……早く、真緒お兄ちゃんに会いたいな……でも、どっちの方向へ行けばいいのかな? 前に一度来た時は、お父さんの車で冷奈は寝ていて風景見ていないから……お城の近くを冷凍光線で氷河期にしたのは覚えている」
その時、駅前でビルに寄りかかって立っていた巨大ロボットがビルから離れ、背中の陰になっていて見えなかった看板が現れる。
看板には魔王城の写真と、矢印が示されていた。それを見たシャコが言った。
「あっちの方角みたい……お姉ちゃんと一緒に、ダーリンに会いに行こうか。あたしの名前は『青潮シャコ』」
「うんっ、ボクは『黄昏冷奈』」
シャコと冷奈は手をつないで歩きはじめた。
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