②眼鏡娘です

 和菓子屋に到着すると、包帯男は店の中にいた。包帯を巻いた和菓子屋主人が栗夢を見て言った。

「なんだ? また来たのか」

「いろいろと、教えてもらいたいコトがあって」

「その体の『取り扱い説明書』なら、手術室のテーブルの上に置いてあったんだがな」

「気がつきませんでした」

「携帯電話のアプリにもトリセツを入れておいたが……まぁいい、何を聞きたいんだ」

「最初にアレなんですか?」

 栗夢は和菓子屋の入り口で、こちらをそうッとうかがっている銀色の小型ロボットを指差す。

「そこからの質問かよ、アレは『メガネかけ直し君』だ……おまえを改造するときに脳内データを、そっくり移植する必要性が生じてな。思案してメガネにマイクロチップを埋め込んで、そこにおまえの脳内データを移植した……今のおまえの本体は、そのメガネが本体だ!!」

 力強くメガネを指差した和菓子屋の主人が、咳払いをして言った。

「だから、メガネが外れて意識がブラックアウトした時のために『メガネかけ直し君』が四六時中、近くで見張っている……風呂や寝る時もメガネは外すな」

「はぁ、そうだったんですか……もう1つ教えてください、醜悪な怪人の姿への改造をお願いしたんですけれど……変身したら、なんか美少女アニメキャラみたいな姿に?」

「あぁ、それな……ちょっとした手違いがあってな」

 和菓子屋の科学者は、ポリポリと頭を掻いた。

「本来は有名な怪人デザイナーに依頼する予定が、どこでどう間違ったのか……美少女アニメキャラの衣裳デザイナーに依頼してしまってな変だなと思いながらも。

そのまま改造した……一応は、お前が望んだ『おぞましいモノと妖精の合成怪人』だぞ」

 栗夢の瞳が期待にキラキラと輝く。


「どんな、おぞましいモノを、あたしの体に? 毒ヘビですか、毒ムカデですか、毒サソリですか」

「おれは、納豆が苦手でな」

 包帯男の言葉に、栗夢の両目が白抜き点目になる。

「はぇ?」

「納豆だけじゃない、ヨーグルトやキムチなど、発酵食品全般が苦手だ……オレにとって見るのも嫌な発酵食品の発酵力と、妖精を合体させた。どうだ、おぞましい怪人だろう」

 栗夢は、包帯ミイラ科学者の言葉を聞いて泣きたくなった。

「制作者が、おぞましいと思うモノで改造されても困ります」

「うるさい、今さらどうにもならないだろう! 必殺技は『発酵パンチ』と『発酵弾』だ。もうすぐ、お得意さんが茶会の和菓子を取りに来るから帰った帰った」

 一旦帰ろうと科学者に背を向けた栗夢は、何かを思い出したように和菓子屋科学者に質問した。

「最後に、もうひとつだけ教えてください……和菓子屋なのに、どうして改造人間を作る科学者なんですか?」

「今さらそこかよ! 話せば長くなるが……江戸時代、だいたい徳多吉宗の時代あたりに……江戸の町に夜な夜な怪人が現れてな」

「どんな怪人なんですか?」

「文献を見ると全身真っ黒の怪人だったらしい……夜の町を走り回って江戸の町に恐怖を広めていた……実は正体は、うちの和菓子屋の初代で全身にアンコを塗りたくって人を脅かして楽しんでいたらしい、これが怪人第一号だ」

「はぁ? 江戸の改造人間はアンコ塗っただけで怪人になれたんですね」

「そこから代々、うちの家系は和菓子屋と怪人制作を両立させていった……平賀限界の時代には、エレキテルと花魁を合体させた傑作電流怪人『エレキテル花魁』を生み出した……話しはこれで終わりだ、帰った帰った」

 栗夢は、とりあえず和菓子屋の主人に頭を下げると、後ろから一定の距離を保って隠れるようについてくる『メガネかけ直し君』と一緒に家に帰った。


 家にもどると、粉が顔にふいた母親が栗夢に聞いてきた。

「ねぇ、どうだった?」

 栗夢は和菓子屋が語った内容を母親に伝える。

話しを聞き終わった母親は、納得したようにうなづいた。

「そっか、発酵食品と妖精の合成怪人かぁ……変身後の目線と変な声は?」

「美少女ヒロインが闘うアニメで、素顔のヒロインたちの素性が簡単にバレないのは顔にモザイクがかかっていて、声が変わっているからなんだって……あたしが変身した時にも知り合いにバレないための考慮だって」

「そうだったの、栗夢も立派な怪人になれたのね」

 母親は棚の上に飾られている、ノットルン怪人ソフトクリーム課長の写真を眺めて微笑む。

「お父さんが倉庫の中で溶けてから、ずいぶん経過したわね……これで栗夢が望む、お父さんの仇討ちができるわね。本当に真緒くんを討つの?」

「うん、そのために改造手術を受けて怪人になったから」


 常夏海岸──ノットルン怪人、氷一号は頭のカキ氷をシャカシャカと補充していた。

「今日も暑いでやんすね……思い出すでやんすね、港の倉庫に誘い出したソフトクリーム課長を熱風で溶かして始末した、あの暑い日のコトを」

 氷一号は回想をはじめた。ある夏の日、ノットルン怪人『ソフトクリーム課長』は氷一号に呼び出されて倉庫にやって来た。

 コンテナの上には、タンクトップとハーフパンツ姿の氷一号と、トレンチコートを着たスイカ怪人が立っていた。

 ソフトクリームのコーンから手足が生えた、ソフトクリーム課長がコンテナを見上げて叫ぶ。

「いったい、何のつもりだ? 倉庫に呼び出したオレを閉じ込めて」

 氷一号が見下ろしながら言った。

「気に入らないでやんすよ……あんたの存在が、同じ夏季怪人なのに、一人だけ特別優遇されているのが気に入らないでやんすよ」

「優遇? どういう意味だ?」

「これだけ言っても、まだ気づかないでやんすか……カキ氷やスイカは夏しか出番が無いでやんすよ、それに比べてソフトクリームやジェラートやアイスクリームは……冬季でも販売されているでやんすよ! 時にはクリスマスのケーキにもなって、それが特別優遇でやんすよ!」

「そんなコトを言われても」

 氷一号の声に凄みが加わる。

「消えるでやんす……溶けて無くなればいいでやんす」

 倉庫の中に温風が吹きはじめた……徐々に室温は上昇していく、片膝をガックリと床につけるソフトクリーム課長。

「溶けた頃に見に来るでやんす」

 そう言い残して、氷一号とスイカ怪人は去っていった。

 床に倒れるソフトクリーム課長、ダラダラと白いクリームが垂れていく。

「栗夢……すまない、お父さん。おまえの誕生日に帰れそうに……な……い」

 数分後──溶けてコーンだけになったソフトクリーム課長の亡骸が、冷房に切り替わった倉庫に転がっていた。

 倉庫に一人でやって来た氷一号は、床に転がっている等身のコーンを軽く蹴る。

「いい気味でやんす、亡骸は家族に届けるでやんすから成仏するで……なっ、なんでやんすかコレは!?」

 ソフトクリーム課長の亡骸には、指で彫った文字で『こおり』と書かれていた。

「ダイイングメッセージでやんすか? こんなモノを見られたら困るでやんす」

 氷一号はソフトクリーム課長が残したダイイングメッセージに手を加える。『こ』に線を加え【ま】に、『り』を【ウ】に変えて【まおウ】にメッセージを変えた。

「少し不自然すぎるっすね……バツテンを後ろにつけて、2回目の新しいダイイングメッセージを【まおウ×2】……はっ! 収拾がつかない、ワケがわからないダイイングメッセージになってしまったでやんす。しかたがないのでこのまま家族に届けるでやんす」

 

 ソフトクリーム課長の変わり果てた姿に、栗夢と母親は遺骸のコーンにしがみついて泣き崩れた。

「あなた、どうしてこんな姿に」

「お父さーん」

 幼い栗夢の弟は、父親の死が理解できない年齢なので。空になったコーンの中に出たり入ったりして遊んでいる。

 ソフトクリーム課長の亡骸を運んできた、氷一号が言った。

「倉庫の中で発見された時は、その姿だったでやんす……どうして一人で倉庫に居たのか見当もつかないでやんす」

 泣いていた栗夢は、父親の体に彫られたメッセージを発見した。

「お母さん……コーンに文字のようなモノが『まおウ×2』?」

 氷一号は慌てて足早に玄関へと向かう。

「それじゃあ、ソフトクリーム課長のコーンは確かに渡したでやんすよ」

 氷一号が去って、しばらくダイイングメッセージを見ていた栗夢が呟く声が聞こえてきた。

「『まおウ』×2……魔王真緒まさか! マオマオくんが、お父さんの死になんらかの関与が? マオマオくんがお父さんの仇?」

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