第14話
棗先生に抱かれた翌日、アタシは古典の山田に抱かれた。
その次の日は体育の若林、それからは毎日のように、アタシが名前と顔しか知らない、何の教科を担当しているかわからない佐藤や平野、石川、尾嵜、それから数学の担当で学年主任の牛田にも抱かれた。
若林も牛田もみんな、アタシが大嫌いな教師だった。
メイはツーショットダイアルではなく、何をどうしているのかわからないけれど、アタシたちの学校の教師たちばかりをアタシにあてがった。
教師たちは皆、棗先生や他の教師もアタシを買っているのを知らないのか、お前が売春してることは黙っておいてやるから絶対に誰にも言うなよ、と何度もアタシに念を押しながら、メイが美嘉と作った料金表の倍の金額をアタシに差し出した。
何がなんだかわからないままアタシはそのお金をメイに渡して、一週間が過ぎていった。
そして今日、十日遅れで生理が来た。
「生理来たから、しばらくお客さんとれないよ」
血で真っ赤に染まったアタシの家のウォシュレットのついていない西洋式のトイレの便器を見ながらアタシはメイに電話をした。
ちゃんと今月も生理が来たことにアタシはほっとした。
さすがのメイも生理中のアタシにウリなんてさせないだろう。
ほんの数日だけど、男の人に抱かれなくてもすむ。
アタシは生理がちゃんと来たことよりも、そのことに安堵していた。
「じゃあ、今日一日ちょっと付き合って」
ウリをしなくてすむ代わりにメイに呼び出されてしまった。
時間通りに待ち合わせ場所の駅に向かうと、やっぱり今日もメイは先に着いていて、アタシは腕をつかまれて引っ張られて電車に乗せられた。
電車は美嘉やナナセの家がある町に向かっていた。
「どこ行くの?」
アタシが尋ねると、
「写メを投稿するサイトがあるんだ」
メイは車窓から見える、流れていく町並みを眺めながら答えた。
電車の窓から見える景色は、ガラスを通して見ているせいか、アタシには箱庭のように見えた。
メイはアタシの質問には答えるつもりがないみたいだった。
「エイチティーティーピーコロン、スラッシュスラッシュ……」
メイは呪文を唱えるようにそんな言葉を発して、アタシがきょとんとしていると、
「何してるのよ。URLよ。わかるでしょ。
短いから、検索かけるより直接入力した方が早いでしょ」
メイはアタシにケータイを鞄から出して、その呪文のようなURLにアクセスするように言った。
「これでいい?」
URLを直接入力した画面を見せると、メイがいいよと言ったので、アタシは「OK」のボタンを押した。
開いたホームページを一行ずつ画面をスクロールさせながら読んでいったけれど、アタシには意味のわからない言葉の羅列にしか見えなかった。
「何このサイト」
「簡単に言うと、女の子が自分のエッチな写メや動画を公開したり、私物をオークションにかけたりして、おこづかいを稼ぐサイトかな」
メイはアタシにもわかりやすくそう説明してくれた。
「生理中はお客さんとれないんでしょ? だったらお金を稼ぐ他の方法考えなきゃだめじゃない」
そう言った。
「つまり、アタシにこのサイトでお金を稼げってこと?」
よくもまぁそんなことが次から次へと思い付くものだな、とアタシは少しだけ感心した。
「今日はね、そのサイトに載せる写真とか動画とか録ろうと思うんだ」
どこへ向かうかは教えてもらえなかったけれど、とりあえず今日の目的だけは教えてもらえた。
「大丈夫。もう会員登録は済ませてあるし、ムズカシイことは全部アタシがやってあげるから」
麻衣はただ、モデルになってくれるだけでいいの。
電車は美嘉やナナセが住む町の駅について、アタシはメイに連れられて電車を降りた。
メイが教えてくれたサイトは、会員登録を済ませると自分用のページがもらえる。
メイはアタシ用に、maiというページを作っていた。
自分のページでは、どんな写真を何枚投稿したか、どんな動画をいくつ投稿したか、オークションに今何を出品しているかがわかり、日記を書くこともできるようだった。自分用の掲示板も持てるようだった。
写メを気に入ってくれた人がファンになってくれると、そのファンの人たちだけにメッセージをファンメールというもので送ることができるのだという。
写真は指定されたメールアドレスに写メを添付したメールを送ることで投稿できる。
メールに男の子ウケしそうなちょっとしたコメントを書けば、写真といっしょにそのコメントを載せることもできる。
投稿された写真は、すぐにネット上に流れるわけじゃなくて、サイト管理者側で写メの画像サイズの変更やサイトのロゴなどが入れられ、その写メは著作権保護の加工がされる。
「簡単に言うとね、麻衣のエッチな写メをサイトからケータイにダウンロードすることはできても、その写メをメールに添付して送ったり、ケータイに挿してるマイクロSDカードとかに写してパソコンに写したり、なんてことができないの。
このサイトに投稿された写メは、このサイトか、写メをダウンロードしたケータイでしか見ることができないようになってるんだ」
隣町の駅のそばにある「しまむら」で、ワンセット千円もしないような安物の下着や、それよりはもう少し高い水着を次々とカゴに放り込みながらメイは言った。
投稿する写真はたとえば、「顔つきでセクシー」といった具合に、指定したジャンルに投稿されることになる。
ジャンルは他にも、かなりセクシー、ちょっぴりセクシー、ただ今H中、セクシーコスプレ、といったものがあった。
「男の人ってコスプレ好きでしょ? でも女の子はあんまり男の人の需要がわかってない子が多いから、このサイトはコスプレのジャンルがすごく手薄なの。
麻衣にはそのジャンルで少しだけがんばってもらおうかなって思ってるんだ」
少しだけってどれくらいだろう、とアタシは思った。
すぐに人気者にしてあげるからね、とメイは笑った。
「だからね、麻衣は暇なときにセーラー服とか体操服とかブルマとか、スクール水着とか、男の人が好きそうなのを探して」
と言った。さすがに「しまむら」にはないけど、と言った。
「安物でもね、全然いいんだ。
どうせ、ケータイで撮る写メだから画像小っちゃいから、安物かどうかなんてわからないし。
着て写メを撮った後はね、『脱ぎたてのホカホカです。洗ってません』って、今度はオークションにかけるんだけど、男の人は女の子の服や下着の値段とか出来とか知らないから大丈夫」
アタシが偶然開いたページの女の子は、「最近わたしの掲示板を荒らすマナーの悪い人が多くて困っています」とトップページに書いていた。
大変だなと思いながらページをスクロールすると、その子が使用済みのパンツをオークションにかけているのを見てアタシは思わず笑ってしまった。
アタシは、春からずっと売れ残っているものだと一目でわかる、女の子が小学校の卒業式で着るような服を見付けて、メイに見せた。
「こんなのどうかな。こども用だけど、Lサイズならたぶん入りそうなんだけど」
「すごくいい、すごくいいよ、麻衣」
目を輝かせて、メイに褒められた。
これからそんな服を着て写真を撮られるっていうのに、自分でも馬鹿なことしてるなって思ったんだけど、なんだかアタシはメイとそうやって男の人が喜びそうな服を選んでる時間がとても楽しかった。
一学期の、友達でいられたころに戻ったみたいな気がしてたんだ。
「セクシーコスプレのジャンルに、下着がちょっと見えてたり顔出ししてない写メを載せたり、着替えなんかの動画を載せたりするの」
普通に投稿した写メは全部無料で閲覧、ダウンロードができる。
けれどこのサイトには有料コンテンツがあって、そこに投稿すれば、閲覧者は画像や動画をダウンロードするのにお金が必要になる。
そのお金は大半がサイトの運営費になるんだけれど、印税のような形で投稿者にも少しだけ入ってくる仕組みだそうだ。
「目的はあくまでおこづかい稼ぎだから、無料で見れるそういうのは、有料の写メや動画に誘いこむためのエサね」
見たりダウンロードしたりするのにお金がかかる写メや動画とはどんなものなんだろうと、アタシは思った。
「乳首やあそこが写ってたり、顔出ししてたりするようなのだよ」
そんなアタシにメイは言った。
「麻衣をね、ネットアイドルにしてあげる」
美嘉みたいに。
メイはそう言って笑いながら、レジでお会計を済ませた。
しまむらを出た後、アタシは相変わらずメイに腕をつかまれて引っ張られて、どこへ向かっているのかすらわからないまま、彼女の少し後ろを歩いた。
美嘉たちの住む町は、多くは横浜で働く人たちが住むベッドタウンで、昼間は人気がほとんどなく、蝉の鳴き声だけがうるさいくらいに響いていた。
アタシたちは美嘉の家のすぐそばにある空き家に不法侵入した。
そこは、凛が美嘉の誕生日にプレゼントして、彼女の部屋に置かれた"Chaco"という名前のぬいぐるみに仕掛けられたデジタルビデオカメラが撮影した映像を、インターネット上にアップロードし続けていたパソコンが、ツムギによって置かれていた空き家だった。
「この空き家から、美嘉は1日10万アクセスのネットアイドルになったんだよ。
今度は麻衣、あんたがこの空き家からネットアイドルデビューするの」
メイはケータイを鞄から取りだしてそう言った。メイは本当に何でもお見通し。
メイのケータイには、アタシとyoshiが最後に会った、今ではもう思い出したくもない日に、彼とお揃いで買ったYとMとOのストラップがついていた。
それはアタシがバスケ部員たちに引き千切られてしまったストラップだった。
「yoshiは麻衣のことをおばさんになっても愛してる」の略だった、その三文字のアルファベットはそのままで、アタシのイニシャルから同じメイのイニシャルに意味を変えていた。
きっと警察の捜査がバスケ部の部室に入る前にメイが拾い集めたんだと思った。
アタシとyoshiのお揃いのものまでメイが欲しがるくらい、彼女が彼のことを好きだとは思えなかった。
たぶんアタシの目の前にちらつかせて、あの日のことを思い出せようというつもりなのだ。
アタシの胸は、もう痛むことはなかったけれど、メイのことを祝福する気持ちにはなれなかった。
安物の下着をつけて、安っぽい体操服とブルマを着て、アタシはメイに言われるまま、ケータイのカメラの前でさまざまなポーズをとらされた。
「体操服をめくって、ブラが見えるようにして」
「体操服を脱いで、ブラとブルマだけになって」
「ブラ外して手ブラしてみよっか?」
メイはまるでシノヤマキシンか誰か本物のカメラマンのように、アタシに矢継ぎ早に注文した。
「手ブラって何?」
アタシが尋ねると、手を胸の上に置いてブラジャーみたくすることを言うのだとメイは教えてくれた。
アタシは言われた通りに、ブラジャーを外して、手ブラというものをはじめてしてみた。
こんなので男の人は興奮するんだ、とアタシには不思議だった。
メイに裸を見られるのははじめてじゃなかったけれど、とても恥ずかしかった。
「ここまでが無料で見れるやつ」
メイの仕事はとても早く、何十枚も撮った写真から、使える写真と使えない写真が分けられ、写メはすぐに投稿された。
使えない、というのは抜けないという意味だった。
抜く、というのは男の子がオナニーするという意味だといつか凛が教えてくれた。
「じゃあ今度は有料の写真ね」
と、メイは言った。
「やっぱり全部脱がなきゃだめかな。顔出ししなきゃだめかな」
アタシは言った。
それまでの写真は全部、アタシの顔が写っていない、誰の写真だかわからないものばかりだった。
アタシの顔が写った裸の写真がインターネットに流れるのは、やっぱり抵抗があった。
「凛のお兄さんに頼んでアイコラでも作ってもらう?」
美嘉みたいにさ、とメイは言った。
あのプロフの写メのことを言っているのだ。
そんなことをしたら凛に知られてしまう。
凛にはもう、アタシのことで思い詰めたり悩んだりしてほしくなかった。
美嘉があんなことになって、アタシはもうウリとかそういうのから解放されたと思い込ませておいてあげたかった。
凛に知られて、彼女がまた誰かを使って、今度はメイが美嘉のような目にあうのはいやだと思った。
「わかった。そのかわりきれいに撮ってね」
とアタシは言った。
テレビや雑誌なんかでよく、いくらもらえたらヌード写真集を出すかなんていうアンケートをしてるのを見たことがあった。
タレントの女の子たちは、そんな男性スタッフの欲望の塊のような馬鹿みたいな質問にもちゃんと、一千万円とか何千万とか一億とか答えていた。
あの子たちの裸にはきっとそれくらいの価値があるんだろう。
写メ一枚のダウンロード料金が105円。
15歳のアタシの裸は、とても安かった。
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