第8話

 その夜アタシを買った男の人は、不思議な人だった。


 彼は、はじめから、アタシたちからそんなに離れていない場所にいた。


 アタシにピルを飲ませるとか飲ませないとかっていう、美嘉たちの話にずっと聞き耳を立てていたらしい。


 待ち合わせの時間が近付いて、美嘉たちがアタシに別れを告げて離れると、彼はすぐにアタシに近付いてきた。


「何か揉めてたみたいだけど、あの子だろ、ぼくとツーショットダイヤルで話してた子」


 彼は美嘉の後ろ姿を指差した。


 その言葉を聞いても、アタシはすぐには彼がお客さんだとはわからなかった。


 突然声をかけられたから、心臓が驚いて早鐘のように鳴っていた。


「あの子が客をとって、君がその客の相手をする。そういうシステムみたいだね」


 アタシが、彼がお客さんなのだとようやく気付いたのはそのときだった。


「おもしろいことしてるんだね、君たち」


 彼には何もかもお見通しだった。




 ツーショットダイヤルで捕まえた女の子に、花束を買ってくるような人は後にも先にもこの人だけだった。


 七色の花弁がとてもきれいな花だった。


「これ、なんていう花ですか?」


 見たこともない花だったから、彼から花束を受け取ったアタシは、聞かずにはいられなかった。


 花束をもらったことなんて、生まれてはじめてだったかもしれない。


「アヤネ」


 と彼は答えた。


「確か君の名前は……」


「麻衣、だよ」


 アタシはぺこりとおじぎをして名前を名乗った。


「そう、麻衣ちゃんだったね。今日はよろしくね」


 彼はとても爽やかな笑顔で笑った。


 彼は、年は二十歳前後といったところで、大学生くらいに見えた。背はそんなに高くないけれど、細い体にサロン系の服をこぎれいに着こなしていた。


 優しそうな、物腰の柔らかな人だった。


 アタシを買う男の人たちはみんな切羽詰まった感じがしていたけれど、彼には余裕があるように見えた。


 何に余裕があるのかはよくわらないけれど、たぶん、人生に、なのだと思う。


 女の子を買わなくても、女の子に不自由しそうにない感じだった。


 そんな人でも女の子を買う。


 アタシにはそれが不思議でならなかったけれど、彼に促されるままラブホテルに入った。




 部屋に入って、いつものようにすぐに服を脱ごうとしたアタシを彼は手で制した。


 アタシは、またか、と思った。


 脱がなくてもいいっていう人はこれまでに何人もいたからだ。


 着衣のままするのがいいんだとそういう人たちは言っていた。彼らはセーラー服が好きな人たちばかりだった。


 アタシがいつもウリをする学校のそばにあるラブホテルは、メンバーカードを持っていれば無料でメイド服やナース服、チャイナドレスとか、それからあたしにはよくはわからないんだけれど初音ミクっていう子の衣装を借りることもできた。頼まれて何度か着たこともある。


 男の人たちはみんなコスプレが好きだった。


「脱がなくてもいいの?」


 と尋ねると、彼から名刺を渡された。名刺をもらうのは人生で二度目だった。


 はじめてもらった名刺は、大切にいつも財布の中に入れていた。


 そこには「新進気鋭作家、花房ルリヲ」と書かれていた。


 新進気鋭と自分で名乗るのはどうかと思いながら、


「作家さん、なんですか?」


 と尋ねると、彼はため息をついた。


「やっぱり知らないんだよね。ぼくの顔見ても無反応だったし。ぼく一応、ベストセラー作家なんだけど」


 テレビにも何度か出たことあるんだよ。

 彼はそう言って、鞄から小説を一冊取り出して、アタシにくれた。


 アタシが知らない小説だった。


「いまどきの女子高生はケータイ小説しか読まないか」


 もう一度ため息をつくと、彼は言った。


 アタシはいまどきの女子高生だけれど、自慢じゃないけどケータイ小説なんて読んだことがなかった。


 ケータイ小説って、女の子のひとりがたりの自己満足ってイメージしかなかった。


 そこに書かれているのは、実話を元にしたっていうのがウリの、レイプとか妊娠とか中絶とか、あとはドラッグに不治の病に恋人の死。そういったものばかり。


 アタシのあんまりよくない頭にはそんなものとしてケータイ小説は位置づけられてた。


 女の子の中には、自分がそういった体験するのはいやだけれど、他人がそういう体験してるとかしたとかいう話を興味本意で疑似体験したがる子がたくさんいる。


 ケータイ小説はだから、そういった子たちのために刺激的なものを詰め込んだおもちゃ箱って感じがしていた。


「まぁ、そういうのばかりでもないんだけどね。寂聴さんとかも書いたりしてるし。ぼくの担当の編集者がね、ぼくにもケータイ小説を書いてほしいっていうんだ」


 彼は心底困っようにそう言った。

 担当の編集者、なんてわたしにはまるで別世界の言葉だった。


「書く以上は女子中高生にウケるような小説を書かなきゃいけないから、いろいろリサーチしたくって、それで君に白羽の矢を立てたっていうわけ」


 と、彼は言った。


「取材、させてもらってもいいかな」


 アタシにICレコーダーを向けた。




「美嘉はね」


 ベッドに寝転んで、アタシは彼にいろんなことを話した。


 例えば、ウリをすることになった経緯について。


 彼氏に頼まれて、友達のケータイの番号を彼氏の友達に教えた。


 アタシがしたことといえば、それだけだった。

 たったそれだけのことが、アタシの十五歳の夏を壊した。


 なぜウリをし続けるのかについて。

 アタシがウリをしてることを絶対に知られたくない人がいること。アタシがウリをすることで守ってあげられる大切な友達がいること。


 yoshiのこと、ナナセのこと、美嘉のこと、メイのこと、凛のこと。

 アタシは鞄から手帳やケータイを取り出して、アタシと美嘉とメイと凛、四人グループが出来たばかりの頃に撮ったプリクラや、yoshiと付き合いはじめたばかりの頃に凛に撮ってもらった写メを見せながら話した。


 これまでにアタシを買った男の人たちのこと。


 それから、シュウのこと。

 シュウのことを思い出すと、アタシの心はちくりと痛む。

 だからなるべく思い出さないようにしていたけれど、彼には話してもいい気がした。


 彼はアタシの話を、うんうんと相づちをうちながら聞いてくれた。


「美嘉はね、フツーの家っていうか、お金持ちの家の子のふりをしてるんだけど、本当は中の下くらいの家の子なの」


 美嘉のパパとママは結婚してなくて、ママは内縁の妻ってやつだった。


「内縁の妻のこどもなんだ、あの子」


 美嘉のことは、凛がいろいろと調べてくれていた。


 美嘉には少し虚言癖がある。


「今パソコン持ってる? インターネットに繋がるやつ」


 その話をしようとアタシは思った。




「君たちに目をつけて正解だったよ」


 彼は「美嘉の部屋」を見ながらそう言った。


「君にウリをさせてる美嘉ちゃんが、何も知らずに君や凛ちゃんの手によってプライバシーをずたずたにされてるだなんて」


 くくく、とうれしそうに彼は笑った。


「まるで物語みたいでしょ」


 アタシがそう言うと、


「現実は小説より奇なりって言葉があるけど、本当だね。フツー誰もこんなこと思いつかないよ」


 でしょー、とアタシは胸を張って言った。

「美嘉の部屋」の発案者は凛だし、実際に作ったのはツムギだったけれど。


「それが美嘉の部屋。

 美嘉はね、少し前に部屋に四十インチのテレビがあるってうるさいくらい自慢してたんだけど」


 だけど「美嘉の部屋」にテレビはなかった。


 部屋は十畳あるって話だった。


 だけど「美嘉の部屋」はせいぜい四畳半といったところだ。


 二代目は目を輝かせてアタシの話を先へ促した。


「中学の頃にね、美嘉には好きな男の子がいたんだって」


 凛から聞いた話によれば、その男の子は、稲森くん、といったそうだ。


 緑南高校で美嘉と同中なのはナナセだけだった。


 だけどナナセは中学時代、美嘉と一度も同じクラスになったことがなかった。


 だからナナセは美嘉のことを好きだけれど、実はあまりよく知らないはずだ。

 だから美嘉のことを好きでいられる。


 美嘉は高校デビューをうまく果たした女の子だった。


 中学時代の美嘉がどんな女の子だったのか凛から聞いてしまった今、アタシはそう思う。


「美嘉は稲森くんの気をひくためにいろんなことをしたんだ。怪我もしてないのに手に包帯を巻いて学校に登校してきたり」


 これは凛が、美嘉と同じ中学出身の女の子をインターネットで見つけて教えてもらった話だった。


「美嘉がコタって呼んでた湖太郎っていう、元カレだったのかな、その子が美嘉をつけまわしたり、家の近くでまちぶせしたりしてるから怖い、なんて言って、ストーカー的な存在をほのめかしてね、稲森くんがいっしょに帰ってくれる口実を作ったりしてたんだって」


 美嘉の初恋の稲森くんは優しい男の子だった。


 美嘉のことを好きだったかどうかはわからないけれど、美嘉のことを放っておけなかった。


 稲森くんの家は学校をはさんで美嘉の家とは正反対の場所にあったのに、毎日のように美嘉の送り迎えをしたそうだった。


 だから稲森くんと美嘉は付き合っているという噂が立った。


 ナナセはそれを聞いて、美嘉へ告白することができなくなり、クラス合同で行う体育の授業中に、美嘉のセーラー服やリコーダーに射精するという行為に走ることになった。


 それが美嘉の嘘に真実みをもたせる結果になるなんて何も知らないナナセは考えもしなかっただろう。


 だけど、優しい稲森くんも毎日のように送り迎えをしているうちに、美嘉をつけまわしたり、家の近くでまちぶせしたりしてるという湖太郎なんていう男の子が存在しないことに気付いてしまった。


 だから稲森くんは仲の良かった女の子に相談した。


「湖太郎なんて珍しい名前なのに、不思議とどこかで聞いたことあるなって思ってたんだけど、コタって美嘉が好きな漫画に出てくる男の子じゃない?」


 その子はそう言って、かわいそうな女の子のはずの美嘉の化けの皮がはがれはじめた。


「嘘じゃないよ。コタから毎日手紙が届くんだよ」


 美嘉は必死で弁明したそうだ。


 けれど、美嘉のことが好きだ、会いたい、声が聞きたい、好きだ、そんな言葉ばかりが並ぶ手紙は全部、美嘉が自分で書いたものだった。


 誰が見ても明らかなくらい、コタの字は美嘉の字だった。


 やがて、セーラー服やリコーダーの精液はナナセの仕業だということが判明する。


 何もかもが嘘だったことがわかると、美嘉はクラスメイトたちから村八分にされた。


 だから美嘉はクラスメイトが誰も受験しない高校に進学することにした。


 ナナセが同じ高校にスポーツ推薦で入学が決まっていたことも知らずに。


 そして凛は、ナナセを美嘉のストーカーに、本当の湖太郎にしたてあげるつもりでいた。


 ナナセが「美嘉の部屋」で彼女をレイプする。


 それが凛が描いたアタシたちの復讐劇の結末のシナリオだった。


 その日はもう間も無くやってくる。




「このメイって子は?」


 ずっと黙ってアタシの話を聞いていた彼が、プリクラを指差して言った。


「美嘉ちゃんや凛ちゃんのことはよくわかったんだけど、この子のこと、ぼくまだよくわからないな」


 その子は美嘉の腰巾着ていうか、いつもいっしょにいる子、とアタシは答えた。


 本当はアタシにもメイのことはよくわからなかった。


「あのね、ぼくは小説家だから、これはあくまでストーリーテラーとしての意見なんだけど」


 彼は、とても難しい顔をして、そんな前置きをした。


「ぼくだったらね、きっとこんな話を書くと思うんだ。

 裏で糸をひいて、美嘉ちゃんを操って、君にウリをさせてるのはこの子だっていうね」


 彼はそう言った。


「メイちゃんはきっと、凛ちゃんとお兄さんが作った学校裏サイトやプロフ、それから美嘉の部屋の存在に気付いてる。

 気付いてて知らないふりをしてる。

 たぶんナナセくんに美嘉ちゃんをレイプさせて、それをインターネットで全世界に中継しようとしてる君や凛ちゃんの計画にも気付いてる」


 メイちゃんて子には気を付けたほうがいいよ。

 彼は言った。


 そのとき、アタシのケータイが、ラブスカイウォーカーズの新曲を奏でた。


 凛からの電話だった。


「もしもし」


 アタシが電話に出ると、凛は言った。


「麻衣ちゃん、ごめんね。本当はもう少し計画を練ってからにするつもりだったんだけど、わたし、美嘉ちゃんが今日麻衣ちゃんに言ったことどうしても許せなくて」


「美嘉の部屋」から悲鳴が上がった。


 アタシと彼はパソコンの画面を食い入るように見た。



「美嘉の部屋」にナナセがいた。




 美嘉の両親は、ただ別れられないだけで夫婦関係は(そもそも夫婦じゃないんだけれど)とっくに破綻していた。


 パパは何日も家をあけることが多く、ママは夕方から近くの24時間営業のスーパーセンターで商品の陳列をするパートをしている。パートが休みなのは日曜と月曜。仕事から帰ってくるのは11時すぎ。


 美嘉が家に帰った頃には、ママはもう仕事に出かけていた。美嘉はひとりでラップがかけられた夕食をレンジで温めて食べる。


 だからこの時間、美嘉は小さな借家の一軒家にひとりきりだった。


 家の玄関の鍵はちゃんとかけていただろうけれど、その気になれば鍵なんかかかっていたってどうにでもなる。


「はじまるよ」


 凛はそう言って、電話を切った。




 たった四畳半しかない狭い部屋に美嘉の逃げ場所なんてなかった。


「やめて、こないで」


 それでも美嘉はナナセから逃げまわり、彼女をはがいじめにしようとする彼に学校指定の鞄や枕を投げつけたりして抵抗した。


 ナナセは鞄を片手ではらいのけ、枕をもう片方の手で簡単にキャッチしてみせた。


 いつかyoshiが、「うちのリバウンド王」とナナセをアタシに紹介したのを思い出した。


 美嘉は凛があげた"Chaco"という名前のくまのぬいぐるみも投げつけられた。


「あっ」


 アタシは思わず声を上げた。


 ぬいぐるみはナナセの顔にあたったらしく、「美嘉の部屋」の映像が、一瞬だけナナセのいつも長い髪に隠れていた両目をとらえた。


 ナナセの目は、血走っていて瞳孔が開ききっているように見えた。


「なるほど。ぬいぐるみか何かにカメラを仕込んでたのか」


 アタシの隣で彼が感心したように言った。


 だけど、


「これじゃ、せっかくの中継が台無しだな」


 彼は残念そうにそう言った。


 そのとき、「美嘉の部屋」でケータイが鳴った。


 

 亡き王女のためのパヴァーヌ。

 クラシックの名曲だった。


 鳴っていたのはナナセのケータイだった。


「もしもし」


 電話に出たナナセは、


「そうか。それはいけないね。ありがとう。それじゃ」


 まるでクスリでもやってるかのような、抑揚のない、酔っぱらっているような話し方だった。


 ナナセが誰から何を告げられたのか、アタシにはわかってしまった。


「だめじゃないか、美嘉」


 絨毯の一部分をとらえていたカメラが、ナナセのその言葉とともにベッドの上に逃げ込んだ美嘉をとらえる。


 ナナセが"Chaco"を美嘉に向けたのだ。


「このぬいぐるみにカメラが仕込んであるんだろ?」


 電話は凛からだった。


「こんな大事な場面でカメラが絨毯なんか映してたら、『美嘉の部屋』を楽しみに覗いてる人たちががっかりしちゃうだろ」


 ぼくと美嘉がはじめて愛し合う、記念すべき日なのに、とナナセは続けた。


「何言ってるの?」


 美嘉は泣いていた。


「知らないと思ってるのか?」


 ナナセはそう言いながら、美嘉ににじり寄っていく。


「お前がプロフに裸の写メ載せてることとか、ネットアイドルしてることだよ。

 このぬいぐるみにカメラが仕込んであって、自分の部屋を録り続けて、着替えやオナニーしてるとこインターネットで中継してることだよ」


 お前、俺が何も知らないと思ってるのか。

 ナナセは美嘉の長い髪を握って、引っ張った。


「何よ、それ。あたしじゃない。あたし、そんなことしてない。

 あたし、何にも知らない。

 それに、そのぬいぐるみだって、凛があたしの誕生日にくれた……」


 そこまで話して、美嘉はようやく気付いたみたいだった。


「今の電話の相手、凛ね?」


 ナナセは答えない。


 美嘉はキッとカメラに顔を向けた。


「あたしを裏切ったのね、凛!」


 そう叫んだ。


 ナナセのケータイがもう一度鳴った。


 電話に出たナナセは、うん、うん、と何度かうなずくと、


「わかった」


 ケータイを美嘉に手渡した。


「山汐さんが美嘉にかわってほしいって」


 そう言った。


「凛! てめえ! 何裏切ってんだよ!」


 美嘉が泣きながら叫んだ。


 アタシには凛がなんて答えるのか何故だかわかってしまった。




――全部美嘉ちゃんが悪いんだよ。




「お前みたいな、友達のいないオタク女の面倒、今までみてやってきたの誰だと思ってんだよぉ」


 電話はもう切れていた。


 美嘉は力なくそう言うとケータイをベッドのシーツの上に落とした。


 ナナセは吐息がかかるくらいに顔を近付けて、美嘉の頬を濡れた舌で舐めた。


 その顔に美嘉は平手打ちした。


「気持ち悪い顔、あたしに近付けないでよ、変態。このオナニー野郎」


 ナナセの鼻から、つつつと血が垂れた。


 それが美嘉の最後の抵抗だった。




「美嘉の部屋」から、ナナセが美嘉の頬を何度も叩く音が響いていた。


 叩かれる度に、美嘉は悲鳴を上げた。


 美嘉のケータイは、警察に通報したりできないようにナナセに取り上げられていた。


「やめて、やめてよ、もう。もう抵抗しないから、好きにしていいから」


 美嘉がそう言って、ようやくナナセは美嘉の頬を打つ手を止めた。


「好きにしていい? それって何してもいいってことだよね?」


 ナナセはうれしそうに笑って、ズボンのポケットから何か紙のようなものを取り出した。


「今日のお膳立てをしてくれた山汐さんのために、彼女のご希望をいろいろ叶えてあげなきゃいけないんだけど、本当にいいのか?」


 紙のようなものは、凛からの指示をメモしたものだとわかった。


 美嘉は震えながら、人形のように首をこくりと前に傾けた。


 美嘉はもう、諦めていた。


「じゃあ、美嘉の部屋を見てくれてるみんなだけに、これからぼくがこの子に何をするか教えてまーす」


 ナナセは逃げられないように美嘉の両手と両足に銀色に光るおもちゃの手錠をかけた。


「美嘉がどうしてこんな目にあうのかと疑問に思うファンの方もいらっしゃるかと思います。

 ですが、美嘉は七月のなかば頃から、同じグループの女の子が自分のケータイの番号をぼくに教えてしまったからという、ただそれだけの理由で、罰ゲームと称して売春をさせていたのです。

 お友達に体を売らせて、受け取ったお金は全部美嘉がまきあげて、遊ぶお金にしていました」


 凛がナナセにそんなことまで話してしまっていたことにアタシは驚いた。


 ひょっとしたらナナセはyoshiに、アタシがウリをしていることを話してしまったかもしれない。


 そんな心配をしていると、凛からメールが届いた。


 ウリをしてるのがアタシだということは話してないから心配いらない、メールにはそう書かれていて、アタシは胸をなでおろした。


「だからこの子にはちょっとお仕置きが必要だと、そのお友達は考えて、美嘉のことが中学のときから好きで好きで大好きで仕方がなかったぼくに、美嘉をこらしめてくれるように言ったのです」


 ナナセはいつもと少し様子が違っていた。


 彼はこんなにおしゃべりな子じゃなかったし、こんなに大胆な行動ができる男の子じゃなかった。


 "Chaco"に向かって歩いてくるときも、少しふらついているように見えた。


「このナナセってやつ、たぶんクスリやってるな。目がいっちゃってる」


 アタシの隣で彼が呟いた。


 ナナセはよだれを垂らしていた。そして、それを特に気にする様子もなかった。


「なんていうドラッグかわかる?」


 アタシは聞いた。


「いや。それに市販の薬でも飲み方によってはこういう風になることもあるから、なんとも言えないな」


 アタシは少しほっとした。


 凛がナナセにクスリまでさせたとは考えたくなかった。


「ねー、美嘉、このぬいぐるみのどこにカメラのレンズがあるの?」


 ナナセは”Chaco"のそばまでやってくると振り返って、そんなこと知るはずもない美嘉に尋ねた。


「こういうのはやっぱり目かな」


 ナナセの勘はあながちまちがってなかった。

 確かに、Chacoの目にビデオカメラのレンズがしかけられていた。


 だけど、片方の目にだけだった。

 ナナセは紙を"Chaco"の目に向けたけれど、それはカメラのレンズがない右目だった。


 またナナセのケータイが鳴って、手錠をかけられた美嘉の足元にあったそれをナナセは拾い上げた。


「もしもーし。うん。左目ねー。わかったー」


 電話は凛からだったのだろう。

 ナナセは電話を切ると、"Chaco"の左目に紙を近付けた。


 それはメニューのような表がかかれていて、料金一覧表とあった。


   ゴムつき    1万5千円

   ゴムナシ外出し 1万8千円

   ゴムナシ中出し 3万円


 そこに書かれていたのは、美嘉とメイが作ったアタシの料金表と同じ値段だった。

 料金表の横にはやっぱりオプションという項目があった。


   コスプレ       +3千円

   ローション      +3千円

   顔射         +3千円

   フェラチオ、はきだす +3千円

         飲み込む +6千円

   ハメ撮り       +9千円

   アナル        +1万2千円

   スカトロ       +1万5千円



「ぼくはこれから美嘉をこのメニューに従って犯して、そしてここに書かれている金額を美嘉の財布から抜き取ります。

 世界中の恵まれない子たちに寄付したいと思いまーす」


 ナナセはカメラ目線で満面の笑みを浮かべた。




 それから先のことは、アタシは見ていない。


 ナナセに犯されている美嘉は、まるで知らない男の人たちに抱かれているアタシのように思えた。


 だから見ていられなかった。

 アタシは目を瞑り、美嘉の泣き叫ぶ声が聞こえないように、両手で耳をふさいだ。


 だけど耳をいくらふさいでも、指と指のわずかな隙間から、美嘉のやめてとナナセに懇願する声がアタシの耳に届いた。


 その声は、アタシの心に深く刻まれた。


 アタシは一生、このときの美嘉の声を忘れることはないだろう。


 アタシはこのとき、そう思った。



「見てられないな」


 パソコンの前にいる彼が言った。


「警察、通報しようか?」


 美嘉ちゃんの家の住所とかわからない?

 そう尋ねられて、アタシは首を横に振ることしかできなかった。


 どうしようもなかった。




 美嘉はバージンだった。


 いまどき、早い子は中学生のうちにバージンを捨ててしまう。

 だから高校生にもなると、アタシはそうでもなかったけれど、早くバージンを捨てなければと焦りを感じ始める子も多い。


 特に友達が次々とバージンではなくなっていくと、自分も、という思いが強くなる。


 アタシたちのグループでは、アタシが一番にバージンを捨てたということになっていた。


 本当は凛の方がずっと先で、あの子は中学生のときにはもうツムギとセックスしていたらしかった。


 そのことを美嘉は知らないけれど、凛がバージンじゃないことくらいには気付いていただろう。


 メイのことはアタシにはよくわからないけれど。


 美嘉は口にはけっしてしなかったけれど、焦っているのがアタシにはよくわかっていた。


 早くバージンを捨てたがっていた。

 けれど、バージンを捨てられるなら相手は誰でもいいわけじゃなかった。


 やっぱりみんな、好きな人にバージンを捧げたいと思うと思う。


 捨てるんじゃなくて、捧げるんだ。


 けれど美嘉はバージンを、一番嫌っていたナナセに、レイプで奪われて、それをインターネットで全世界に生中継されていた。


 すべて凛が思い描いていた通りになっていた。


 ナナセはゴムをつけてはいなかった。


「今日は危険日だから、お願いだから中で出さないで」


 美嘉のそんな懇願も虚しく、ナナセは何度も、何度も、美嘉に中出ししていた。


 美嘉は泣きじゃくっていた。


 そんな映像が一時間あまり流れ続けていた。




 ナナセは何度目かの射精を終えると、ベッドに力なく横たわる美嘉に、凛からの手紙を読み上げた。


「美嘉ちゃんへ」


――さっき説明しわすれちゃったんだけど、ピルにもいろいろ種類があって、緊急避難ピルというものがあります。

 主にレイプされた女の子が飲むお薬です。

 レイプをされてから24時間以内に産婦人科にかかってお医者さんに処方してもらって飲めば妊娠せずにすむそうです。


「だってさ」


 ナナセは美嘉のあそこから垂れる精液が、カメラによく映るように、"Chaco"の位置を移動させた。


 凛の手紙には、まだ続きがあった。


「それから、美嘉の部屋をご覧のみなさまへ」


――美嘉ちゃんはこの数日、売春を強要しているお友達に、中出しのお客さんばかりをあてがっていました。

  その方がお金になるからです。

  でも毎日のように中出しされていたら、そのお友達はきっと妊娠してしまいます。

  けれど、美嘉ちゃんは妊娠してもいいじゃない、と言いました。

  安定期に入るまではセックスしたら流産するかもしれないから、そうなったら一石二鳥だと美嘉ちゃんは言いました。

  そんな悪い子にはお仕置きが必要だと思いませんか?



 手紙を読み終えたナナセは、モデルガンを手にしていた。


「このモデルガンは、おもちゃ屋さんで買えるものですが、違法な改造が施してあって、本物の拳銃には遠く及ばないけれど、殺傷能力を随分高めてあります」


――ナナセくんは、モデルガンの銃口を美嘉ちゃんのあそこに向けてください。


「はい、向けましたー」


 美嘉ちゃんのような悪い子には赤ちゃんの産めない体になってもらおうと思います。


 美嘉の部屋に、鈍い音が六回響いた。


 ナナセは美嘉の財布からお札をすべて抜き取ると、カメラの前で一度礼をして部屋を出ていった。


 美嘉の精液が垂れていたあそこから血がたくさん流れ出していた。




「美嘉、美嘉、だいじょうぶ?」


「美嘉の部屋」から聞こえたその声にアタシは驚いて、閉じていた目を開けた。


 ナナセと入れ違いに、美嘉の部屋にメイが現れていた。


「誰にやられたの? 待ってて。今救急車呼ぶから」


 パソコンの画面を見つめる彼の顔が変わった。


「どうやらぼくの予想が当たってたみたいだね。

 この子だろ、メイちゃんて。

 彼女が何も知らないなら、こんな時間に、こんなにタイミングよく、この部屋に顔を出せるわけがない。

 この子は美嘉の部屋の存在を知ってる。

 この部屋でさっきまで何が行われているか知っていて、自分が巻き添えをくわないように、ナナセってやつが家を出ていくのを確認してからこの部屋にやってきたんだ」


「なんのために?」


 アタシは尋ねた。


 彼は答えなかった。


「美嘉の部屋」の中で、メイが119番通報を終えた。


 そして、ビデオカメラのマイクが拾えないくらい小さな声で美嘉に何か囁きかけているように見えた。


「ケータイ、とって」


 美嘉は今にも途切れてしまいそうな弱々しい声でそう言った。


 メイが床に落ちていたケータイを操作して、美嘉の耳元に近付けた。


 一体誰に電話をするつもりだろう。


 何故だかそのとき、アタシにはとてもいやな予感がしていた。



「もしもし、yoshi? アタシ、美嘉」


 アタシの予感は的中した。




――あんたの彼女がウリやってること、知ってる?




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