第3話

 アタシは三姉妹の次女で、長女の姉が愛衣(あい)、次女のアタシが麻衣、三女の妹が実衣(みい)、っていう。


 お姉ちゃんは18歳で短大の1年生で、妹は12歳で小学6年生。


 お姉ちゃんは短大に入ってすぐに近くの大学の学生たちと合コンして彼氏が出来て、すぐに彼氏の下宿先に転がりこんで、一ヵ月に一度しか帰ってこない。


 パパは最初はめくじらを立てて怒ってたりもしたけれど、もう諦めたみたい。


 ママの場合は娘の異性交遊に興味津々で、彼氏がいるのかどうかが特に気になってしかたがないみたいで、娘の手帳や日記を勝手に鞄や机の引き出しから出して読みふけるちょっと困った人だ。


 パパの名前は勇(ゆう)、ママは静(しずか)、ふたりはもう結婚二十年が過ぎて四十を過ぎてるのに、今だに結婚前のあだ名のユーちゃんシーちゃんって呼びあってる。


 ママの妹で一回りも年が離れたおばさんの名前は、葉月(はづき)って言って、まだ28歳でおばさんというよりお姉ちゃんって感じのひと。


 一回りも離れてるからママの妹って感じが全然しなくて、ママがハーちゃんって呼んでるのにならって、アタシたちもハーちゃんて呼んでる。


 ハーちゃんはアタシたち姉妹の良き相談相手的な存在だった。


 ママに話せないことも、アタシたちはハーちゃんには何でも話せた。


 それからハーちゃんといっしょに住んでるひいおじいちゃんのことを、アタシたちはヒーって呼んでる。


 ヒーはアタシたちの顔を見るたびに、将棋か囲碁を教えたがる。


 アタシたちのことをとてもかわいがってくれるけれど、よくアタシたちの名前を間違えたり、少しだけ惚けがきはじめてる。


 それから、アタシたちの家は庭に犬を飼っていて、柴犬まじりの雑種の雄犬でマインていう。


 マインは、男の子がほしかったパパが、親戚の人にもらってきた。


 実衣が生まれてから、パパは家の中で煙草を吸わせてもらえなくなった。


 パパが煙草を吸うときはいつもマインの犬小屋のそばで、


「男は肩身がせまいな」


 と、いつもマインに話しかけてる。




 はじめてウリをした翌日、美嘉の言う通りふたりめのお客さんの相手をしたあとでぐったりして家に帰ると、ハーちゃんが遊びにきていた。


 ハーちゃんはとびっきりの笑顔でアタシを出迎えてくれたけれど、アタシはハーちゃんに一言だけ挨拶をすると、二階の部屋に鍵をかけて、ベッドに寝転がった。


 両手の手首についた真っ赤な手錠の痕がひりひりしていた。




「手錠って見たことあるか?」


 ふたりめのお客さんは、刑事だった。

 三十代後半の男の人だった。


「ビレッジバンガードとかに売ってるのなら」


 アタシがそう答えると、彼は背広から手錠を取り出した。

 黒くて、重たそうな手錠だった。


「ああいうおもちゃの手錠は銀色だろ」


 アタシはうんとうなづいて、


「本物は黒いんだね」


 そう言うと、彼は満足そうに笑った。


 すると今度は警察手帳を見せてくれた。


「テレビの刑事が持ってるのより大きいだろ」


 自慢げに彼はそう言った。


 表紙をめくると、彼の顔写真があり、彼は安田という名前で、役職は警部補だとわかった。


「刑事さん」


 と、アタシは安田のことを呼んだ。


「刑事さんがこんなことしていいの?」


 そう尋ねると、


「刑事だって同じ人間だよ」


 そう言った。


「拳銃が撃ちたいっていうだけの理由で刑事になるやつだっているし、10年くらい前に児童ポルノ禁止法って法律が出来てから、18歳未満の女の子の裸の写真とかビデオとか持ってるだけで捕まるようになっただろ。

 セックスしても捕まるし。

 そういうのを扱ってるビデオ業者を警察が摘発してビデオを押収したってニュース、一度くらい見たことあるよな。

 押収したビデオがそれからどうなるか知ってるか?

 署内でロリコンのやつらが回し見したりしてるんだぜ」


 刑事なんてそんなもんだよ、と安田は言った。


 そして安田はアタシに後ろ手に手錠をかけた。


「本物の手錠でソフトSMを楽しんだりする刑事もいるってわけだ」


 彼はそう言って、アタシを犯した。


 セーラー服を着たままで手錠をかけられているだけで、アタシは興奮して、それ以外に何もされてないのにあそこはベタベタで、はじめて見るくらい大きな安田のペニスがするりと入った。


 安田はアタシのお腹に精液をたっぷりかけると、手錠をはずしてくれた。


「シャワー、浴びてきなよ」


「ね、今度パトカー乗せてよ」


 アタシがそう言うと、いいよと彼は笑った。




 安田はアタシに五千円札を三枚をくれたあとで、


「一万五千円って話だったけど、手錠でソフトSMっていうのはやっぱり追加料金が発生するよな」


 そう言って一万円札をくれた。


「こんなにいいの?」


 いい、と彼は言った。


 アタシは五千円札をセーラー服の胸のポケットに、その一万円札を美嘉たちに見付からないように、靴下の中に隠した。


 安田はそんなアタシを不思議そうに見ていた。


「どうしてアタシがウリなんてしてるか聞かないの?」


 アタシが尋ねると、


「聞いてほしいのか」


 と逆に聞かれてしまった。


「やらされてるんだ、友達に」


 アタシは言った。


「アタシが体を売って稼いだお金は全部巻き上げられるんだ」


 安田は「そうか」とだけ言った。


「そんなやつらは友達じゃあないよな」


「でも、アタシがやめるって言ったら、たぶん美嘉たちはyoshiにアタシがウリをしてること話すし、アタシの代わりに今度は凛がウリをさせられちゃうだろうから……」


「yoshiっていうのは彼氏か」


 アタシは、うん、とうなづいた。


「凛って子はお前の大事な友達なんだな」


 アタシはもう一度うなづいた。


 安田はアタシに名刺を差し出した。


「耐えられなくなったら俺を訪ねてこい。その連中、捕まえてやるよ」


 そう言った。


「いいの? 刑事さんがアタシを買ったことまでバレちゃうよ」


「別に構いやしないさ」


 安田は笑った。


「だめだよ。アタシなら大丈夫だから」


 アタシは自分に言い聞かせるように、


「すぐに馴れるから」


 そう言って笑った。


 安田はまた「そうか」とだけ言った。




 ラブホテルの入り口で安田と別れて、アタシは美嘉たちが待つファミレスへ向かった。


「おかえり」


 美嘉が満面の笑みで右手を差し出しながらアタシを出迎えた。


 アタシは何も言わずにその手に五千円札を三枚置いた。


 テーブルを見ると、相変わらず美嘉とメイは好き放題豪遊していたらしいとわかった。

 たぶん凛の取り分はまたほとんど残らないだろう。


 帰ろうとしたアタシの背中に、


「また明日もよろしくね」


 美嘉が楽しそうにそう言った。


 それを聞いてメイが笑った。


 凛は何も言わなかった。




 アタシはまっすぐ家には帰らずに駅前まで歩いて、アタシが好きなブランドの「サマークラウド」のお店に入った。


 学校のそばにあるファミレスから駅前までは結構な距離がある。


 美嘉たちのように電車通学の子たちは、駅で電車を降りた後で駅前の駐輪場に停めた自転車で学校に登校する。


 その日もアタシは、朝迎えに来てくれたyoshiの自転車の後ろに乗って登校していたから、駅前まで一時間かけて歩いた。


 夏が始まる前に、新作のワンピースが出て、商店街の道路から見えるショーウィンドウに飾れていたそのワンピースにアタシは一目惚れした。


 すぐにも買いたかったけれど、月に五千円しかおこづかいがもらえないアタシにはとても買えないと諦めていた。


 ワンピースはショーウィンドウにまだ飾られていた。


 店の前で、安田にもらった一万円札を靴下の中から出して、お札を握りしめたままアタシは店に入った。


「ショーウィンドウのワンピースをください」


 アタシは入り口のそばでTシャツをたたんでいた店員さんにそう言った。




 ワンピースは夏が始まる前より少しだけ安くなっていて、安田にもらった一万円札で払うと少しだけお釣りが出た。


「これ、着て帰りたいんですけど」


 ワンピースを折りたたんで袋に入れようとした店員さんにアタシは言い、タグを切ってもらって試着室で着替えさせてもらった。


 代わりに脱いだセーラー服を袋に入れてもらった。


 紺のハイソックスと学校指定のローファーの靴がワンピースにあわなくて、アタシはハイソックスを脱いで、


「このワンピースに合うサンダルありませんか?」


 店員さんに選んでもらったサンダルを残ったお金で買った。


 ハイソックスも靴も鞄も袋に入れてもらった。


 店を出たアタシは家へ向かって歩いた。



 ずっと欲しかったワンピースを着ているのに、アタシはなんだかちっとも嬉しくなかった。


 商店街を歩きながら、気が付くとアタシは涙をこぼしていた。


 体を売って手に入れたお金をで欲しいものを手に入れても、胸にぽっかりと穴が空いてしまったかのような虚しさがあるだけだった。


 灰色の雲が空を覆い、スコールのような雨が降り始めて、アタシの涙を洗い流してくれた。


 アタシは傘を持っていなかった。


 買ったばかりのワンピースはすぐにずぶ濡れになった。


 たぶんアタシは、もう二度とこのワンピースを着ないだろう。


 そう思った。



 部屋のドアに鍵をかけてひきこもったアタシを、ハーちゃんが訪ねてきた。


 ハーちゃんはコンコンと優しくドアをノックして、アタシの名前を呼んだ。


「どうしたの? ずぶぬれで帰ってきたりして。廊下がびたびただってシーちゃん怒ってるよ」


 ずぶ濡れのワンピースのままアタシはベッドに寝転がっていた。


 アタシの体の形にシーツが濡れていた。


「なんでもない」


 アタシはドアに鍵をかけたまま返事をした。


「何か悩んでることがあるなら相談に乗るよ」


 普段のアタシだったらきっと、言う通りに悩みを打ち明けただろう。


 アタシはこれまで困ったり悩んだりしたときはハーちゃんに頼りきりだった。


 だけどウリをさせられてるなんてそんな相談できるわけがなかった。


「なんでもないから」


 アタシは安田と話しているときのように、アタシはだいじょうぶ、こんなのすぐに馴れる、小声で何度も呟いて自分に言い聞かせた。


「でも……」


「ほっといてってば」


 アタシはドアに枕を投げつけた。


「ごめんね」


 ハーちゃんはそう言って、階段を降りていった。


 アタシは、謝らなければいけないのはアタシの方だ、と枕を拾いあげながら思った。


 そのとき鞄の中のケータイが鳴った。


 凛からだった。


 凛は何か思い詰めた様子で、


「凛ですけど」


 と言ったきり、何も話さなかった。


「アタシ疲れてるんだ。用がないなら切ってもいいかな」


 そう言うと、


「あのね、麻衣ちゃん。ナナセくんのケータイの番号わかる?」


 凛は慌ててそう聞いてきた。


 アタシはナナセのケータイ番号なんて知らなかった。

 ただ、


「yoshiに聞けばすぐにわかると思うけど」


 そう答えた。


「でも、ナナセのケータイ番号なんて知ってどうするの?」


 アタシが聞くと、凛は黙ってしまった。


「いいよ。聞いておいてあげる。後でメールすればいいよね」


 アタシは早く電話を切りたかった。


「あのね、美嘉ちゃんがね、今ナナセくんにストーカーみたいなことされて困ってるんみたい。

 美嘉ちゃんね、ナナセくんに彼女ができたらストーカーみたいなことしなくなるだろうって今日話してて」


 たぶん、アタシが安田に抱かれている間にそんな話をしていたのだろう。


「美嘉ちゃん、わたしを美嘉ちゃんの代わりにナナセくんにあてがおうって考えてるみたいで」


 それだけじゃなくてね、わたし麻衣ちゃんにウリをさせてるのもやめさせたくて、と凛は続けた。


 そして、


「ナナセくんに美嘉ちゃんをレイプしてもらおうと思うんだ」



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