私の自慢の孫

丸 子

私の自慢の孫

眩しさで目を覚ました。

長い間ずっと眠っていたような気がする。しかし、ずっと起きていたような気もする。とても不思議な状態だった。いろんな人の声が聞こえたり、誰もいなくなったり、誰かの笑い声が聞こえたかと思えば、誰かの押し殺したような嗚咽が聞こえたりした。

ただ分かっていたのは、どの声もくぐもっていたことだけ。


眩しさに目が慣れてくれば周りの景色も見えるようになった。私の娘の家だ。

あ、目の前を孫が通り過ぎた。ずいぶんと大人びてしまったなぁ。前に会ってからどのくらいの時間が経ってしまったのだろう。


また孫が来た。手に何か持っていて私の前に置いていった。

「ばあば、これ大好きだったでしょ? 食べてね」

ばあば? 誰のことを言ってるんだ。それが独り言ではなかったようで隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。この笑い声も聞いたことがある。声のした方を見ると娘婿の母親と目が合った。軽く会釈し合う。ああ、前からこうやって、この人とは全て言わずとも通じ合えたのだったなぁ。


「やっと開いてくれましたね」

と隣の声が言う。

「どういうことですか? 私にはまだよく状況が把握できておりませんで」

「お嬢さんとウチの子が、私たちの写真を並べて置けるように、って見開きの写真立てを用意してくれたみたいですよ。アルバムの中から自分たちの一番好きな写真を選んでくれたそうです」

「なるほど。だから声がくぐもって聞こえていたのですな。それにしたって、遺影を使えばいいものを。遺影はどうしたんでしょう。ご存知ですか」

「遺影は好きじゃないんですって。なんだか別人みたいだって。孫も怖がってましたからね」

「そうでしたか。私の遺影は娘が加工して整えてくれたので私は気に入っていたのですがねぇ」

「私たちの声は、あの子達に聞こえませんから。それにあの子達の好きな写真を飾ってくれた方が私は嬉しいんです」

「まあ、それもそうですな」


ある晩、孫の話し声がして「じいじ」という言葉が会話に混じっている。これは聞き流す訳にはいかない。どうか和室に来てくれ、と願っていると孫が娘と入ってきた。

「じいじも ばあばも どうして死んじゃったんだろう。町には、たくさんのお年寄りの人たちが元気でいるのに」

「そうね、ときどき、ママよりお元気なお婆さんをお見かけするわね。でも、ママばあばとパパじいじは元気でいてくれるでしょう?」

「それは嬉しいよ。でも、二人の代わりはいないよ。じいじも ばあばも大好きだったし。特に ばあばは私の世界一の理解者だったもん」


隣の泣き声が大きくなった。こちらの声が聞こえたならきっと二人が驚くだろうほどの大声だ。だが、まあ、孫に長生きしてほしかったなんて言われたらなぁ。慰めようにも言葉が出てこない。あちらさんには言わなくても通じるだろう。


寂しがっている孫を見ると、陳腐な言葉だが「いつもそばにいるよ。見守っているよ」と伝えてやりたくなる。こんなにも思っていてくれたなんてなぁ。生きている間には全くわからなかったことだ。


毎晩、娘が私の前に大好きな日本酒を熱燗で置いていってくれる。孫も毎朝、学校に行く前、帰宅後、そして就寝前にと、毎日欠かさず挨拶してくれる。優しい子に育ってくれたことに感謝だ。


私には見ること、聞くことしかできない。香ること、触れたり感じることはできない。たまに角度で窓から空が見えて、鳥が上昇気流に乗っているのを見たりなどして風を感じることができる。それだけだ。希望を言えば切りが無いが言ったところでどうしようもできない。ただ悔いだけが残る。


その代わり、年に一度か二度どうやってかは不明だが孫の夢に登場させてもらっている。私のことをどうか忘れないでくれよと願いながら精一杯のことをしてやる。私はもうそれだけで満足だ。

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