アフターストーリー
第60話 ~ヴェロニカSIDE~ 絶海の孤島編
「ヴェロニカ、見たところぜんぜん掃除が終わっていないようですが? また晩ご飯を抜かれたいのですか?」
ヴェロニカが掃除をしているところにやってきた修道女のリーダーが、静かな口調で苦言を呈した。
国外追放されたヴェロニカは今、修道院で修道女として集団生活を送っていた。
地図にも載っていない絶海の孤島にあり、定期的に物資を届けに来る運搬船以外は完全に外部との連絡を絶たれた、最果ての修道院だ。
王侯貴族の娘は下手に国外追放すると他国に政治利用される危険が多分にある。
そのためこうやって各国から1か所に集められて、完全中立地帯にて実質的に「管理」されるのが常となっていた。
「えっと、あの……ごめんなさい、それだけはどうかお許しを……」
修道院の食事は信じられないことに1日2回朝と夜だけ。
特に量の多い晩ご飯を抜かれてしまうと、夜は空腹で眠れないほどに辛かった。
だから何がなんでも、晩ご飯を抜きにされるのだけは避けなければならないのだ。
とは言っても肝心の晩ご飯の内容ときたら、大昔の戒律に定められた通りに堅いパンと豆のスープ、野菜を使ったおかずが2品、ときどき魚と果物という極貧メニューなのだ。
ちなみに戒律で肉食は禁じられている。
あんなに美味しいお肉を食べちゃダメとか、戒律を作った人は馬鹿じゃないのかしら?
ヴェロニカはこの決まりが心底信じられなかった。
肉を食べさせて欲しい、心から。
だけどそんな貧乏飯でも、食べなければ死んでしまう。
ヴェロニカは死ぬのはやっぱり怖くて嫌だったので、必死に頭を下げてごめんなさいをするのだった。
ここにきてたった1か月で、ヴェロニカは他人に頭を下げることにすっかり抵抗がなくなっていた。
ろくに掃除すらできないヴェロニカは、頭を下げなければ容赦なくご飯を抜かれてしまうから。
ここでは毎日仕事(と言ってもヴェロニカがドンくさくてできないだけで、他の修道女は昼過ぎには終わらせているのだが)をこなさなければ、食事を与えてもらえないのだ。
ついこの前まで王女だったのにひどい、ひどすぎる。
ヴェロニカは心の中で涙した。
しかしヴェロニカがなんと思おうとも、今は右も左もわからない異国の地にある絶海の孤島で修道女見習いをやっている、ろくに掃除すらできないグズなのだ。
「ならば一刻も早く掃除を終わらせなさい。掃除は神様への奉仕の基本です。立派な修道女になるために、まずは隅々まで掃除を行いなさい。割り当てられたすべての掃除が終わったら晩ご飯にしましょう」
「ひえっ、全部だなんてそんな……せめて半分に……」
「何か文句でもあるのですか?」
「い、いえ……ありません……ごめんなさい」
「ではすぐに取り掛かりなさい、そろそろ日が沈み始めていますよ」
「はい……」
俯きながら小さな声で返事をしたヴェロニカを見てやれやれとため息をつくと、リーダー修道女は振り向くこともなく去って行った。
ヴェロニカは水仕事ですっかり荒れてしまった自分のものとは思えない手で、掃除用の雑巾を絞ると拭き掃除を再開する。
仕上がりをチェックされるので手は抜けない。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
こんな
初めてこの修道院に来た日に、ヴェロニカは生きてこの島を出た修道女はいないと聞かされていた。
それはつまりこの修道院に入れられた修道女は皆、ここで一生を終えるということに他ならなかった。
ヴェロニカはこれから死ぬまでここに閉じ込められて、毎日掃除をし、神に祈り、1日2食の極貧メニューでひたすら残りの人生を無為に過ごすのだ。
何の意味ももたない日々がただひたすら積み重なって自分の人生となり、そしてそのまま老いて死ぬという生き地獄。
なんという悲劇。
そんなの魂の殺人じゃないの……。
「なんでわたしがこんな目に……誰か助けて……お父さま……ミレイユ……」
だけどヴェロニカのつぶやきを聞いてくれる者は誰もいはしなかった。
ここは俗世から隔離された絶海の孤島。
ヴェロニカを助けてくれる者などただの一人もいないのだから――。
ぐ~~と、ヴェロニカのお腹がはしたなく鳴る。
晩ご飯を抜かれてしまったら、今から一晩中この空腹に耐えなければならない。
ヴェロニカは重い体と心にムチ打って、必死に慣れない掃除をし続けるのだった。
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