第37話 ミレイユの優雅な一日

「ミレイユ殿は実にしっかり者じゃのぅ。息子のことを、どうぞよろしく頼みますぞ」


「ありがたいお言葉、光栄の極みにございますわ、国王様。できる限りを尽くしたく思います」


「何かあったらすぐに言ってちょうだいね。ジェイクも、あまりミレイユさんに迷惑をかけるんじゃありませんよ?」


「あの母上、オレももう子供じゃないんだから……」



 ◆


 そんな感じで、国王夫婦との面会は割とつつがなく終了して、わたしはジェイクと一緒に部屋に戻ってきていた。


 そのうち『婚約の儀』とか正式な宮中行事をするそうで、つまり今回は顔合わせくらいのものだったんだけど、


「やれやれ、なんだかんだでやっぱり緊張しないってことはないわね……」


 わたしはベッドに腰かけながら、ふぅと大きく一息をついていた。


 なにせ一国の王様と謁見したんだもん。

 それで緊張しない人はそうはいないだろう。


 そもそもわたしは、生まれは平凡な庶民なんだし。


「お疲れさまミレイユ。でも父上も母上も、ミレイユのことを気に入ってくれたみたいで良かったよ」


「ジェイクが大切にされてるって言うのもよく分かったわ」


 ちなみにアンナはここにはいない。


 ジェイクのご両親に正式にお付き合いを報告したことで、今日からジェイクとわたしは同棲することになったのだ。


 なのでアンナはすぐ隣の部屋に移ってもらっていた。


「ミレイユ――」

 2人きりの部屋で、ジェイクはわたしの肩にそっと手を置くと、顔を寄せてきた。


 それはつまり「そういうこと」なのだろう――。

 わたしは覚悟を決めて目をつぶると、すぐに唇にジェイクの感触が――、


「ジェイク様、ミレイユ様。喉が渇いたかと思いまして、お飲み物をお持ちしました。返事がないので開けちゃいますね――って、うわぉっ!?」


 ドアを開けたアンナが、人生で一番驚いたぜ!って感じの声を上げた。


 そしてその瞬間に、わたしはジェイクを思いっきり、力の限りに突き飛ばしていた。


「な、何かしらアンナ!?」


「あ、いえ、なんでもありません、お邪魔しました~」


「お邪魔でもなんでもないわ、ねぇジェイク!?」


「あの、いきなり突き飛ばされたら痛いんだが……」


「男でしょ! それくらいどうってことないわよ! ほらアンナ、こっちにいらっしゃい。国王夫妻からお祝いに焼き菓子の詰め合わせを頂いたの。一緒に食べましょう」


「いえいえ、そんな。ノックにも気づかない程お二人だけの世界に入っておられた、濃密なお部屋デートのお邪魔をするわけにはまいりませんから」


「アンナのことを邪魔なんて思うわけないでしょ? あとデートでもなんでもないんだからね? たんに、たまたま、距離が近かっただけから!」


「ええっ……? ベッドに座るミレイユ様に、少し屈みながらジェイク様が優しくキッスをしていたような……」


「それはアンナの気のせいね、完全な見間違いよ。疲れてたんじゃないかしら? ほらそんなことよりお菓子を食べましょう。この黄金色に美しく焼き上がったフィナンシェを見てみなさい、きっとすごく美味しいわよ」


「は、はぁ……えっと……」


 こっちにきつつも、アンナは「いいんでしょうか?」って顔をしながらジェイクを見た。


「まぁミレイユが良いって言ってるんだし、良いんじゃないか? たまには優雅に、午後のお茶会としゃれこもうじゃないか」


「それではお言葉に甘えまして――えへへ」


 可愛く笑いながら、アンナはテーブルにカップとティーポットを置くと、お茶会の準備を始めた。


 その後わたしたちは、アンナの入れてくれた紅茶を飲みながら、クッキーやフィナンシェ、マドレーヌを楽しんだのだった。


 その日はエルフィーナ王国に来て初めて、わたしがゆっくりと過ごした一日だった。


「たまにはこういうのんびりとした休日ってのも、いいわよねぇ……」


 っていうかよく考えたてみたらさ?


 セラフィム王国にいた時は休日返上だったり、疲れ果てて休みは丸一日寝てたりしてたから、こんな風に穏やかな時間を過ごすのって数年ぶりかも……?


 そういうこともあって、わたしは心行くまでまったりとした1日を堪能したのだった。

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