第36話 むしろミレイユらしい?

「でもそうやって上手くいってる時にヴァルスが発生したんだ。ほんのわずかな間に大流行してしまって。オレと違って真面目で優秀な弟王子2人は、その時に亡くなったんだ。流行の最前線だった西地区をロックダウンするために、住民を説得に回っている最中に倒れて、そのまま帰らぬ人になった――」


「ジェイクに似て、一人一人の国民を大切にする弟さんたちだったのね……」


「それで、王位継承をどうするのかが問題になって、色々すったもんだのあげくに、ハーフエルフのオレにもう一度、王位継承権が戻ってきたって寸法さ」


「そう、だったんだ……」


「そういうわけで、今まで勉強をさぼってた分を必死に取り返してるところなんだけど、なかなか難しくてなぁ……理科とか数学は割と得意なんだけど」


 言いながら、ジェイクが苦笑いをする。


「ごめんなさい、わたし全然知らなくて。マナーとか教養が身についてないことで、色々と酷いことも言っちゃって、本当にごめんなさい」


「身についてないのは事実だからな。それは別に構わないさ」


「そう言ってくれるとありがたいわ」


「それに変に忖度そんたくされるよりかはさ、はっきり思ってることをズケズケ言ってくれる方が、むしろミレイユらしいっていうか」


「そう……って、ちょっとそれ、どういう意味よ!?」


「そういう意味かな?」


「なんですって……?」


「まぁまぁミレイユ様。ジェイク様は素直で正直な、心の綺麗な女性だって褒めてるんですよ」


「とてもそうは聞こえなかったんだけど……」


 ズケズケは普通、褒め言葉ではないわよね?

 まぁいいけど。


「ま、オレの生い立ちはおおむねこんな感じだ」


 一通り語るべきことを語り終えたジェイクが、すっかり冷めてしまった紅茶をすすった。


「そっか……うん。ジェイク、話してくれてありがとう。わたしもジェイクに対する付き合い方を、ちょっと変えないといけないなって思ったわ」


 だからわたしはそう言ったのだ、半ば決意のようなものを胸に秘めて。


「む? そうか? 実はオレも、もうちょっとだけでいいから、優しくしてくれると嬉しいかなって思ってたんだけど――」


「だからこれからは、わたしがしっかりと厳しくあなたを教育してあげるわ、弟たちの分までね」


「……え?」


 ジェイクの目が点になった。


「わたしってばこう見えて、短期間でマナーやら教養やらを叩きこまれた経験者だからね。やり方なら熟知しているわ」


 セラフィム王国でわたしが聖女になってすぐの頃、わたしに王宮でのイロハを叩き込んでくれたデルマイユ侯爵という人がいた。


 本当に必要なことを厳選して教えてくれたのだと後になって理解できたけど、あまりのスパルタに当時のわたしは、地獄にいる悪鬼羅刹あっきらせつとはきっとこいつのことに違いないと思ったものだった。


「いやあの、俺はどちらかというと優しくじっくり教えられたいタイプで――」


「なにを寝ぼけたこと言ってるの? くだらないことを言う前に、背筋が曲がってるわよ、シャキッとする!」


「は、はい!」

 わたしが背中をピシャリと叩くと、ジェイクは背筋をピンと伸ばした。


「肩の力を抜いて、あごも引く! 変に胸を張らない! ボディビルダーにでもなったつもり?」


「は、はい――」


 わたしは目についた端から、思いつく限りにジェイクの所作や言葉を矯正していった。


 …………

 ……


「ちょ、もう、無理……」


 途中ジェイクが泣き言を言ったけど、


「『無理』っていうのはね、嘘吐きの言葉なの。途中で止めてしまうから、無理になるのよ。やり遂げたら無理じゃなくなるの。だからまずは、死ぬまでやってみなさい!」


「ひぃ……っ!? 鬼がいるぞ……!」


 …………

 ……


「やれやれ。分かってはいましたけど、ジェイク様は完全にミレイユ様のお尻に敷かれちゃってますねー(*'ω'*)」


 わたしたちから少し離れたところで、アンナが紅茶を飲みながら何ごとかつぶやいていたけど、だからと言って特に口をはさむつもりはないみたいだった。


 わたしの熱血指導はそれから小一時間ほど続いた。


 わたしにもジェイクにも、実に有意義な時間だったと思うわ、うん!


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