第19話 最大多数の最大幸福
本格的に結界の構築に取り組み始めてから、早くも今日でもう3日目。
「んーーっ! んぁ……ダメね、知恵熱が出ちゃいそうだわ。ちょっと休憩しましょうか」
わたしはお行儀悪いのも構わず、大きく両手を上げて伸びをすると、読んでいた本をパタンと閉じた。
それを見たアンナも
「朝から本にかじりっ付きだったし、ちょっと根を詰めすぎたわね……身体が石みたいに固まってるし。ああ、動かすと肩や背中がミシミシボキボキ言ってる……」
「はい、私もさすがに疲れました……あ、紅茶でも入れてきましょうか?」
「そうね……ちょっとノドが渇いたかも……ごめんなさいアンナ、頼んでいいかな?」
「はい、お任せあれ!」
そんな感じで、わたしとアンナがのへらーって気を緩めていると、ちょうどそこへ約束通り3日ぶりにジェイクが顔を出した。
「なんだ、ミレイユもアンナもえらくお疲れモードだな? もしかして『破邪の結界』の構築が難航してるのか?」
そう言ったジェイクの手にはお盆があって、紅茶のポットとカップが3つ、さらにお茶菓子としてマカロンが乗っていた。
やだもう、気が利くじゃないジェイク、ナイスタイミング!
「難航ってわけじゃないんだけどねー。もう『破邪の結界』をのせる準備はできてるし」
紅茶を
目の前に置かれた紅茶をさっそく一口、口に含む。
んー! 絶妙な
生き返るなー!
鼻に通るさわやかな
これってもしかして、ジェイクが淹れたのかしら?
そうだとしたらなかなかやるじゃない?
「本当か! さすがミレイユ、よくやってくれたな! ――ん? でもそれならいったい何が問題なんだ? 『破邪の結界』の構築は上手くいきそうなんだろ? つまりどういうことなんだ?」
椅子に座りがら、ジェイクが首をかしげる。
「現状だと出力が明らかに足りてないのよね。王都やその周辺はカバーできても、エルフィーナ王国全土には全然届かない感じで。ベースにある『迷いの森』の結界の性能を、ぜんぜん使えてないって言うか」
言いながら、わたしは今度はマカロンをひょいっと一口。
ふぅ、疲れた時の甘いお菓子は格別だよね。
しかもすごく美味しいし。
よし、ジェイクの分ももらっちゃおう。
「ふむ、それで悩んでいたのか」
「結界を構築する術式にところどころ、何のためにあるのかわからないところがあるんだよね。多分そこがカギだと思うんだけど、かと言ってわからないままで下手にいじるわけにもいかないし」
そう言ってわたしは、机の上に置いてある本にちらりと目をやった。
「その本になにかヒントが書いてあったのか?」
「一応書いてあるっぽいんだけど、ヘンテコな図形がズラーって書いてあるだけで、何が言いたいかチンプンカンプンなのよ」
わたしは「もううんざりー!」って感じで目頭を押さえながら上を向いた。
ああダメ。
アンナと一緒にずーっと本とにらめっこしてたせいで、だいぶ頭が疲れてるみたい……。
ま、大勢の命がかかってるんだから、それくらい心血注いでやって当然なんだけど。
「私も同じくです……」
さすがのアンナも珍しく音を上げていた。
「なるほどな……」
「とりあえずはもう発動できる状態にしてあるし、もうこれでいいかなぁって思わなくもないんだけど」
わたしがちんたらしている間にも、苦しんでいる人はたくさんいるんだ。
全部が救えないというのなら、わたしたちは「最大多数の最大幸福」を目指すべきなんだ。
届かない100点に固執せずに、80点や90点が取れるのであれば、どこかのタイミングで妥協をしなきゃいけないんだ。
でもそれはつまり裏返せば、手の届かない10点20点にあたる人たちを、見捨てるということになってしまう。
分かっていて見殺しにするのだ。
その決断は、大多数を助けるためという大義があったとしても、正直辛いものがあった。
だからやっぱり、もう少しだけ頑張ってみないとね――。
わたしがそんな決意を固めた時だった。
「……なぁミレイユ、その図形って言うのをオレも見ていいかな?」
おずおずとジェイクが切り出してきた。
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