第8話 迷いの森 1
「これが下手に足を踏み入れると2度と出られなくなるっていう、噂に名高い『迷いの森』ね……」
目の前に広がるのは、背の高い木々がどこまでも
そんな『迷いの森』は、まるで物語に出てくる悪い魔女かドラゴンでもすんでいるのかってくらいに、言いようのない不安と恐怖を駆り立ててくる。
今からわたしたちは、この恐ろしい『迷いの森』に入っていくのだ。
緊張から、わたしはゴクリとのどを鳴らした。
だけどそんなわたしとは対照的に、手綱を握るジェイク王子はどこまでも気楽なもので。
「じゃあ行くぞー」
あっさりと森の中に入ると、道なき道を馬車で無造作に進んでいくのだ。
「ちょ、ちょっとジェイク。『迷いの森』に入るのに、準備も何もしないわけ?」
不安になったわたしは、馬車の中から御者台に上半身を乗り出すように顔を出して、ジェイクに尋ねた。
すでに周囲は、森の木々に覆われて薄暗くなっている。
だけど今ならまだかろうじて外の明かりが見える。
立ち止まるにしても、引き返すにしても、今ならまだ間に合うはずだ。
だけど、
「ん? ああ、そういや言ってなかったけか。この森は害意や敵意のある人間にとっては行く手を惑わせる『迷いの森』だけど、エルフにとってはちょっと大きいだけのただの森なんだよ」
ジェイクは、あっけらかんとそんなことを言ったんだ。
「えっと、なにそれ……? どういうこと……?」
急に未知の情報を手渡されたわたしは、困惑気味にジェイクに尋ねた。
「この『迷いの森』は人間の侵略を防ぐために、大昔にエルフの大聖女が作った――えっと、なんだっけアンナ?」
ジェイクがアンナに話を振った。
ほとんど最後まで言っておいて、でも最後まで説明できないあたりが、ポンコツ王子らしいと言えばらしい。
「『人払いの結界』です。この結界は敵意や害意を持った人間には作用しますが、エルフや善良な人間には作用しないんです」
そしてそんなポンコツ王子の説明を、さらっと補足してみせるアンナ。
こっちはこっちでどこまでも優秀だなぁ……。
「そうそう、それそれ。『人払いの結界』だ」
でも、
「結界ですって? こんな大規模な? だって『迷いの森』って、エルフィーナ王国の外周を全部囲ってるんでしょ?」
小国とはいえ、一国をぐるっと一周丸々カバーするサイズの結界だなんてとても信じられない。
そんな巨大な結界を作るなんて、わたしには間違いなく無理だし。
「ふふん、すごいだろう大聖女は」
ジェイクが自慢げに胸をそらしながら言った。
「だからなんであんたが、そんなに自慢げなのよ……」
お気に入りのオモチャを自慢する子供かあんたは。
「まぁ何か気になることがあったら、遠慮なく聞いてくれ。オレが――答えられなくても、アンナがきっと答えてくれるから」
「はいはい」
ま、ここまであけすけに他力本願だと、それはそれで誠実で信じられるって言うか?
中途半端な知識で知ったかしたり、変に取りつくろって後で
「……でもそっか、これ結界なんだ。そっかそっか、うん、そういうことね、納得」
ふんふん頷くわたしに、
「なにが納得なんだ?」
今度はジェイクが質問をしてきた。
「え? あ、ううん、こっちの話。別に面白い話でもないし」
「なんだよ、そう言われると逆に気になるじゃないか。教えてくれよミレイユ」
「あ、わたしも聞いてみたいです。勉強になりそうですし!」
「まぁそこまで言うなら……。えっとね、森に入った時に、なんとなく知ってる感じがするなって思ったんだけど、結界だってわかって納得したのよ」
「ふむふむ。結界の発する波動的なものを感じ取ったんだな、きっと」
ジェイクはイマイチわたしの言いたいことが、わかってないみたいだったけど、
「つまり、ミレイユ様たち『破邪の聖女』の使う『破邪の結界』と、この森にかかっている『人払いの結界』の性質が、似てるってことでしょうか?」
アンナはわたしの言いたいことに気付いたみたいだった。
もうこの子ってば、ほんとに頭がいいんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます