第5話 土下座する自称王子

「頼むミレイユ、この通りだ! どうかオレと一緒にエルフィーナ王国に来て欲しい! いや、オレと一緒にエルフィーナ王国にきていただけませんか!」


 なんと自称王子さまは、ガバッと勢いよく地面に正座をしたかと思ったら、そのまま上半身を地面に折り曲げて、額をこすりつけるようにして土下座を始めたんだ――!


「ちょ、ちょっと! やめてよね、いきなり土下座とか。人が見てるじゃない!」


 しかもはたから見れば、二等市民であるエルフを土下座させる、一等市民の人間(元聖女)という構図である。


「ママー、ドゲザしてるー。ばいがえしー」

「こらっ、指さしたり見たりしちゃいけません!」


 くっ……!


「あれってセージョさまー?」

「いいえ、今は住所不定・無職の元聖女さまよ」


 ぐぬっ……!


「聖女さまに男を公開土下座させて楽しむドSな変態趣味があったなんて……」


「んなわけないでしょっ!?」


 色々と最悪だった。

 元聖女の住所不定・無職ミレイユはガチガチのエルフ差別主義者。

 しかも公衆の面前で土下座プレイを楽しむドSの変態女王様とかいう根も葉もない噂が出回りそう……。


 いやもう王都から追放されちゃうから、なにを言われようがいいっちゃいいんだけどね……?


 あ、でも、アンドレアスやヴェロニカ王女は自分たちを正当化するために、あることないこと付け足して、嬉々として噂を広めるだろうなぁ……。

 あいつらならやりそうだ……マジむかつく……。


「いいやオレは止めない! 君が一緒に来てくれるというまで、オレは土下座をするのをやめない!」


 しかもこっちはこっちで、周りの視線なんてまったく気にせず土下座を続けてるし。


 もうこれってある種の脅しじゃない?

 頼み込むふりして、実はわたしを追い込んで脅迫しようとしてない?


 このままだとわたし、社会的に抹殺されちゃうよ?


「せ、せめて顔を上げてください」


「いいや上げない。土下座をすることで、オレはミレイユに最大限の誠意を示しているんだから。オレが顔を上げるのは、君が一緒に来てくれるときだけだ」


「そんなもの示さなくていいですから! っていうか十分すぎるほどに伝わってますから! だから普通に話をしましょうよ、ね? ねねっ?」


「いいやダメだ。なぜなら、やると決めたらやり通す、それがオレの流儀なんでね」


「ううっ、聞く耳もっちゃくれないし! あとなんか無駄にカッコいいこと言ってるけど、あなたがやってることって、完全に他力本願なんだからね!?」


「そうか、そうだな。分かったよ」

「やっと分かってくれましたか――」


 わたしはホッと一安心――、


「つまりまだ誠意が足りないというわけだな。ならば全裸土下座に切り替えて、ミレイユの足の指でも舐めようと思うのだが」


 ――できないんですけど!?


「ひぃぃっ!? 変態がいる!? ここにマジモンの変態がいますよ!? 衛兵さん、こちらです!」


「変態ではない、オレは王子だ」


「ううっ、会話がまったく成立しないんだけど……? なにがどうなって、こんなことに……? っていうかそもそも、あなたはどうしてそこまでするんですか?」


「無力で無能なオレには頭を下げることくらいしか、できることがないからだ」


「それじゃちっとも答えになってません。わたしを必要とする理由を、ちゃんと教えて下さい」


 わたしがとても真面目な口調で尋ねると、


「…………実は今、エルフィーナ王国ではヴァルスが蔓延しているんだ」


 土下座王子は少し間をおいてから、そんなことを言ったんだ。


「エルフィーナでヴァルスが――!?」


 ヴァルスとは有名な流行り病の一つだ。


 感染力がとても高い上に、本人が無症状でも高い感染力を持ち、さらに突然急激に症状が悪化して死に至るため、悪魔の病と言われている。


 ここ数十年出ていなかったヴァルスが、まさか――。


「オレは力足らずで、一人じゃ何もできない。それは自分が一番よく分かっている。だからオレは、どうにかできる相手にこうやって頭を下げるんだ。そうすることしか、オレにできることはないから――」


「そういうことですか。だから疾病対策のスペシャリストである『破邪の聖女』のわたしに……今は元ですけど、声をかけたんですね」


 すべてが繋がった。

 王子がここまで必死なことにも、ここにきて、わたしはすとんと納得がいっていた。


 そっか、そういうことか……。


 っていうか!

 そうならそうと最初から言ってよね?


 どんだけ回り道させるのよ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る