心を持つものたち2
「すみません、報告を続けます……ストー・ハーカより抗議文が届いています。神聖なるコアを利用した装置を作り広めるのは冒涜であり神の意思に逆らうもの云々……いつものやつですね」
「またか。毎回飽きもせずよくやるよ。信者たちに対するポーズとは言え、ちょっとくらい文面を変えればいいのにねえ」
実験都市から離れた場所に拠点を構える唯一と言っていい集団が、コアを御神体として崇める宗教団体、ストー・ハーカだった。
数世紀前、コアの発見とほぼ時を同じくして
この教団は当時かなりの信者数を誇っていたが、ある時、何故か教団施設内から大量の人骨が発見されるという事件が起きたことで解散を余儀なくされた。
しかし彼らは旧幹部たちによって作られた新たな団体に再び集まり、世界中に広がりながら存続していたのだった。
分岐と統合と消滅を繰り返しながらも、コアを中心に据えた教義はこの時代まで受け継がれ、この滅びゆく地球上に最後に残った者たちが彼らストー・ハーカだった。
「あいつらがアジトで使ってる大気
心底面倒くさそうなユカリの言葉に、アイは生真面目に首を振って答える。
「地球と心中しようっていう気合の入った殉教者たちです。そのくらいのことを吹き込まれた所で一ミリたりとも動きやしませんよ、きっと」
「まあ、代表や幹部たちは確実に知ってるだろうけどね。メンテナンスしなきゃ動かないんだから、当然技術者たちも」
マリィ博士は愉快そうに呟いて、彼らがあの装置をどんな顔で使っているかを想像しているようだった。
そもそも、彼らが使っている大気濾過装置は、猛烈な大気汚染によって無為に
ジャンク品を取り扱う商人に仲介させたとは言え、向こうも生命線となる装置を格安で譲ってくれた者の正体には薄々気づいていただろう。
「こっちを散々に批判しておきながら、コアの恩恵にあずからなきゃ生きていけないような情けない人間たちは黙って穴の中で交尾でもしてればいいんですよ。せっかくマリィ博士が情けをかけてくれたっていうのに」
「アイ……最近ますます口が悪くなってないかい? ユカリの影響かな?」
「そうです」
「ちょっとアイ……博士、違いますよ。本当に」
「ふーむ、本当はどっちなのか」
「博士!?」
「冗談だよ、ユカリ」
アイと、そしてアイの生みの親であるユカリもまた、マリィ博士の敵に塩を送るような博愛主義的な行為にはあまり理解を示せていなかった。
ユカリとしては、実験都市ひいてはマリィ博士に害を及ぼす可能性があるストー・ハーカの連中は密かに根絶やしにするべきではないかと半ば本気で考えていた。
しかし、それを実行した場合にマリィ博士が浮かべるであろう残念そうな表情と、肉体の宿主であるマユの消極的反対意見を勘案して、とりあえず今の所は行動に移さずにいるのだった。
「コホン。えー次ですが、3区の南街区で小規模なデモがありました。地上に残る難民たちを受け入れろ、ヒューマノイドのために土地を割くべきではない……などといった主張を繰り返していたようです。詳細は動画をご覧ください」
「こいつら、自分たちの住んでいる場所がどこなのか分かっていないのかしら。ここはヒューマノイドの研究と、ヒューマノイド自身の力を借りてコアの研究をするための実験都市であって、難民キャンプじゃないのよ」
「まあまあクモザキくん。実際世界が滅びそうになっているんだから、このくらいは大目に見てもいいんじゃない?」
「博士……前々から思ってたんですけど、昔の博士って渋谷の雑踏が嫌すぎて遠回りするくらいの人間嫌いでしたよね? いつの間にそんなに優しくなったんですか?」
ここ最近ずっと疑問に思っていたことを、ユカリは思わず口に出していた。
お忍びでマリィ博士がスラム街のような場所に足を踏み入れる際、彼女に危害を加えようとする者に対してユカリは容赦なく銃の引き金を引く。
しかしマリィ博士はユカリに対して、なるべく人を殺さないでくれと頭を下げてまで頼むのだった。
ユカリは、自分が既に人間の枠組みから外れていることを自覚していた。
そしてそれはマリィ博士も同様だと思っていた。
根本的に生物としての在り方が異なる人間は、もはや別の種族だ。
ユカリにとって最も大切なのはマリィ博士ただ一人で、それを脅かそうとする人間など害虫と一緒だ。害虫を駆除することの何が悪いのか。そういう認識だった。
だからまさか、人間嫌いだと思っていた博士からそれを咎められるとは思いもしなかったのだ。
「一度死んで、この体になってからかなあ。結局人間なんて、わずかな持ち時間をやりくりして喜んだり悲しんだりした末に死ぬものだからね。善人も悪人もどうせ死ぬんだから、どちらも少しでも長く生きて色々と感じて欲しいじゃないか」
「思ったより上から目線の理由だったわ……というか博士、その考えは矛盾にぶち当たりますよ。生かしておけば確実に他人を殺す悪人は殺すべきか否かみたいなやつ」
「そういう場合はその時の気分で決めるかなあ」
「やっぱり全然優しくなかった」
「……えーと、最後の報告、いいですか?」
四人はとっくに実験室の前に到着していたが、思っていたよりも話が弾んでしまったおかげで、その場で立ち話をするような形になっていた。
アイは扉一枚隔てた向こうでドリーがそわそわしながら待っているのを申し訳なく思いながらも、最後の報告を始めた。
「7区で、デモというほどではないんですが、ちょっとした抗議活動がありました。内容は、カナザワによる独裁体制の批判と、民主政治を訴えるものですね」
「そんなアホは無視でいいでしょ。世界が滅ぶって時にこの狭い都市で民主政治なんてやってたらどうなるのか想像もできないのかしら」
「その場合……たぶん半年くらいでこの実験都市は壊滅するのでは」
「アイ、覚えておきなさい。人間はあなたが思っているよりずっと愚かなの。恐らく一ヶ月もかからないわ」
「こらこらユカリ、あまりそういうことをアイに吹き込むんじゃない」
「はーい」
ユカリは冗談めかして軽く肩をすくめるポーズをしたが、先の発言は半分以上本気で言っていたに違いないとアイは確信していた。
「……ただ一点、気になることがありまして。こうした抗議活動自体は散発的なんですが、同じような思想が都市全体に広がりつつあるのではないかという懸念の声がちらほらとGSから上がってきているんです」
「想定内でしょ。全体主義なんてそんなものよ」
「対策は?」
「放っておきなさい」
「大丈夫ですかね……」
「どうせ何もできやしないわよ」
「おっクモザキくん、それはフラグというやつだぞ」
「はいはい。それより博士、そろそろ始めないとドリーが泣いちゃいますよ」
「あっとそうだった。いかんいかん」
実験室へと入っていく二人を見送って、アイは軽くため息をついた。
アイは、自分を創造してくれた三人のことを心から敬愛している。
しかし彼女たちは、どこか果てしなく遠い場所を見つめているようで、地球が滅ぶことや、この都市の行く末などどうでもいいと考えているような気さえしてくる。
そしてその”どうでもいい”の延長線上に、自分たちヒューマノイドがいないとは言い切れないのではないか……そんな不安がアイの人工意識を時々沈ませるのだった。
「たくさんお喋りできて、楽しかったねぇ」
「うわっ」
全く会話に入ってこなかったので忘れていたが、背後から話しかけられてようやくツバキも一緒にいたということを、アイは思い出した。
「脅かさないでよ、ツバキ。あんまり静かだから、いたの忘れてたわ」
「自分で報告するって張り切ってたからぁ、邪魔しちゃ悪いとおもってえ」
へらっと屈託なく笑うツバキを見て、アイもつられるように笑ってしまう。
これはきっと、彼女なりの気の使い方なのだろう。……ツバキだって、博士やマスターと少しでも話したかっただろうに。
「お姉さま、なにか悩んでるぅ? ツバキで良かったら話聞くよお」
「いいえ。あなたの顔を見てたら忘れたわ」
「ツバキの顔、可愛いもんねえ」
「そうね……私のほうが可愛いけど」
「えー」
「えーってなによ」
アイはついさっきまで感じていた不安感などすっかり消え去ってしまったかのような笑顔で、ツバキと並んで話しながら共同研究室へと戻っていった。
もうすぐ日付が変わる。
残された時間を慈しむように、彼女たちは仕事に取り掛かるのだった。
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