第7話 幼馴染は猪突猛進(弟子はテンプレを踏み潰す)。

 まだ中学生である神崎緋奈と白坂桜香は、特例として魔法警務部隊に所属している。

 本来であれば新人であっても、最低高校生からでなければ入ることは認められない。

 しかし、警務部隊の隊長を務めている緋奈の父である拳。さらに何名かの幹部の推薦もあって、特例という形で二人の配属が認められている。


 それは実力の評価であり、未来への期待でもある。

 実際彼女らは期待に応えようと、まだ子供でありながら厳しい仕事も何件も受けて解決へと導いている。先輩達のフォローも当然あるが、それを差し引いても彼女らは既にプロの領域に踏み込んでいる。証明のようにランクも上がっており、階級は互いに三番目の【魔法剣士】へと上がっていた。


「ッ! これは不味い!」

「桜香姉さん!」


 そんな二人が焦りを隠さず、緊張した様子で目の前の敵と対峙している。

 新年早々、チームで取り引きの取り締まりを任されて、無事に終えて現場解散しようとしたところ……唐突に神崎が管理する研究施設が襲撃を受けたという通報があった。


 しかも、急いで現場へ急行しようしたら、目的地の施設から見て、左右の地点から禍々しい魔力が噴水のように溢れ出した。

 嫌な予感がしてチームを二つに分けて、桜香達は二人で右の方の魔力を探りに向かうと……。


『ガァァァァァァ!』

「そ、そんなっ……あ、あの魔物は……」

「緋奈! あの魔物を知っているのっ!?」


 桜香は知らないが、緋奈には覚えがあるのか、唖然として青ざめるのを見て尋ねる。

 大の大人三倍はありそうな巨体。胴体も大きくまるで巨大な岩かトラック。翼はないが、その肉食をイメージさせる獰猛な顔は、ファンタジーの定番であるドラゴンのそれと同じ。


 翼を持たない四足歩行の灰色のドラゴン。全身から瘴気のような禍々しい魔力を漏らして、こちらに見向きもせず街を破壊している。既に家や専門の建物が何軒か破壊されて潰されていた。


「あ、あれが……以前読んだ、資料通りの魔物なら……ま、間違いありません……!」


 震える声で緋奈は口にする。自慢のポニーテールも縮こまっているように見えるくらい、彼女が怯えているのが桜香にも分かる。

 常に落ち着いた冷静な彼女のこの取り乱しよう。普通じゃない。桜香も警戒を緩めず返答を待っていたが……。



「ニ、ニーズヘッグ! 大昔に世界中を蹂躙して回った竜種の一体です!」



 魔物の中でも竜種が危険過ぎるのは、よく知っていた。

 だから細心の警戒と覚悟を抱いていたが、その解答は予想から大きく外れていた。何故なら……。


「ニーズヘッグ……? な、なんで、そんな……教科書にも載ってる絶滅した筈の竜がここにいるんだ!?」






「ニーズヘッグだと? ……確かなのか?」


 事態は想像以上に深刻のようだ。

 俺に済まないと話を一旦中断した親父が情報部の方へ連絡をしている。

 あのまま緋奈と連絡を続けたかったが、先程の衝撃が影響したか電話がそこで途切れて、以降も連絡が付かない。桜香を含めて他のチームの人間にも連絡を取ろうとしたが、付近にいるのかやはり連絡が付かず、仕方なくこの地区の情報部へ連絡を取ることにした。


「他にももう一体? ──な、グリフォン……だと!」

「……」


 ───ニーズヘッグ、それにグリフォンか。


 どちらも絶滅した筈の伝説級の魔物と呼ばれていた怪物。

 ランクこそ最上級のSSランクではないが、記憶が正しければニーズヘッグはAランク相当でSランクに近いと聞く。

 グリフォンはB〜Aランクと言われている。ニーズヘッグよりは格下だと思われるが、どっちも本にも出てくる化け物なので、あまり意味がなかった。


「(どうします?)」


 どうしろと言われてもな。

 関わりたくないと言ったが、は気になる。会話を聞く限り緋奈と多分桜香も現場にいる。今さら二人に何かしら思うところがある訳じゃないが、放置して見捨てるのは………………無理だろうな。


「(刃、怪しい発信源を探知しました。気になるので私はそっちに行きます)」

「発信源って……構わないが、相手がもし暴れ過ぎるなよ? お前にとって復讐すべき対象だとしても此処は異世界とは違う。ちゃんと時と場所くらい弁えてくれないとこっちが困る」

「(……)」


 あれ? おかしい。大事なところで相棒と心の電話が途切れてしまった。

 だ、大丈夫だよね? 見境なく暴れたりしないよね? ねぇ!?


「……」


 うん、俺も行こう。

 冗談抜きで放っておくと、アイツらよりも厄介な事になりそう。


「何処行く? 刃」


 部屋を出ようとする俺を見て、一旦通話を終えた親父が呼び止めてくる。

 忙しそうだから気を遣って黙って退出するつもりだったが、仕方なしに振り返る。


「忙しいでしょう? 俺も用事が出来たんで、今日はここで失礼しますよ」

「用事だと? お前……」

「じゃあ、これで「ぎゃっ!」失礼……は?」


 パッパと手を振って部屋を後にするが、ドアを開けた途端、何か打つけたと思ったら……なんか赤いのが見えた。

 いや、髪やん。ドアに顔を近付けていたのか、痛そうに頭を押さえたミコがしゃがみこんでいた。


「何してんの?」

「イ、イタタタっ……あ、アハハハハハハ、い、いやー……」


 確信犯、いや現行犯か。

 親父も俺と同じで頭痛そうに手で押さえている。分かる。分かるよ。


「迂闊だったか……まぁいい。刃、少し待て」


 もう仕方ないと妥協……というか現実逃避でもしたか、眉間に皺を寄せながら親父は懐から何かを取り出して、こちらに向かって投げてきた。


「は? なんだよ、とつ、ぜ、ん……んんんー?」

「あ、あれ? これは……」


 何かも分からなかったが、反射的にそれを受け取った俺は何気なくそれを見る。背後からミコも覗いてくると二人一緒に驚きの声が漏れた。


「お、俺の証明カード? し、しかも、これって……」

「更新は済ませてある。処分は本人の同意がいるが、更新は保護者であれば可能だ。……最も十八歳未満の子供限定だがな」


 俺は十五歳、まだ可能だったってことか。

 それでもよく通ったな。階級下から二番目なんだけど?


「私の立場であれば多少の優遇は可能だからな」

「意外過ぎて逆に疑うレベルだな。貴方は俺に全く興味はないと思ってました」

「……興味があってはダメか?」


 何が狙いか分からずつい聞き返してしまう。急がないといけない場面のはずなのに。

 何処か悲しそうな表情をする親父を見て、つい立ち止まってしまった。


「まだお前に期待していると言ったらどうする? だから家の力で更新させ続けていたと言ったら、お前はどうする?」

「……」


 今度はすぐに返せれなかった。

 発言だけなら嘘だと断定しただろうが、親父の顔や声を聞いて、それに嘘な気が感じなかったから。

 なんとも後味の悪い最後だったが、俺は急いで家を後にした。俺の意図を察したミコが追いかけて来たが……。


「ま、待ってくれジンっ! オレも一緒に───って、飛んだ!? はやッ!?」

「……悪いな」


 戦力的には申し分ないと思うが、もしマドカと遭遇されても説明が困る。

 アイツの戦い方もよく知らないから、肝心の連携も取り難いだろう。……魔法で空を飛んだ際、後ろで驚いているミコへ軽く謝罪した。


 まぁ、本人は別の事に驚いているようだけど……。





「……“切り込むは、雷王の稲妻”ッ! ───『轟く雷鳴の太刀ボルテック・サーベル』!」

『ガァァァァァーー!!』


 桜香の剣に纏わせた強烈な雷の一閃。

 雷系統の魔法剣であり『一級魔法』でもあるが、首元を斬り込んだ桜香の刃は鱗に激突して、激しく火花を散らすだけに終わる。……微かな焼き切れた跡はあるが、首を斬ったというには小さな切り口でしかなかった。


「っ、なんて硬さ……!」

「く、本に書いてた通り、魔法も通り辛いですっ! やっぱり無茶ですよ桜香姉さん!」

「無茶でも何でも……! 止めないといけないッ! “斬撃の風よ、我が敵を殲滅しろ”!『疾風の如き鎌鼬エア・カッター』ッ!」


 今度は二級の風の斬撃魔法。無数の鋭利な刃を放ち範囲も広いが、範囲を狭めて全ての斬撃を1つにして撃った。

 しかし、竜は背を向けて受けるだけで避けようとしなかった。……しかも、集束して大きくなった風の斬撃ですら、竜の強靭な装甲を破ることできず、別方向へ弾かれて終わった。


(こいつをこれ以上進行させたらダメだ! なんとか止めないと……! たとえ魔力が尽きても、この場所に押し止めるんだッ!)


 伝説級のドラゴンであってもどうにか止めなくては、と桜香も緋奈もそれぞれの魔法と剣術で応戦するが、竜種の鱗が鋼以上の硬さを誇っていた。

 さらに魔法に対する耐久値も非常に高く。少ないが切り札と言える彼女らの『一級魔法』がことごとく弾かれてしまっていた。


『ガァァァァァァ!』

「いちいち家を壊していくなぁー! “振り絞るは、剛火の打破”!『剛炎火の破幻ファイア・シュート』!」


 攻撃してくる二人も眼中にないのか、無視して建物を破壊して回っている。

 幸い死者は出ていないが、まず目にしない巨体なドラゴンの登場で、周囲は既にパニックに陥っている。
 怪我人も多く発生して、何人かの魔法使いが回復治療のサポートに回っているが、街中の所為で避難誘導が上手くいっていない。


「止まれぇッ!」

「お、桜香姉さん! あんまり考えなしに突っ込んだら……!」


 竜を中心にして、周りの建物に住む人達を逃すだけで精一杯であるが、その程度で済んでいるのも桜香や緋奈、民間の魔法使い達が懸命に抑えてくれているお陰でもある。


「止・ま・れって……! 言ってるゥゥゥゥーーッッ!」

『───ガッ!?』


 一番頑張っているのは、危険も顧みず突撃し続けている桜香のは間違いない。

 いや、性格の所為でもあるが、熱くなると喧嘩腰になって……今の尊とは相性最悪であった。


『ギィガァァアアアア!』

「ッ──危ない! 桜香姉さん!」

「……っ!」


 そして、等々我慢の限界となった竜が牙を剥く。

 鬱陶しいハエのように攻撃を続けた桜香へ、苛立ちを晴らすように『灰色の火炎ブレス』を吐こうと───。



「はい、ちょっとそのブレス待とうか?」

『──ガブっ!?』



 ……した直後、真上から降って来た刃の踵落としが、火を吹く寸前である竜の上唇を踏み潰した。



*作者コメント*

 ちょっとした補足説明です。

 刃の父が彼の証明カードを更新させたのは実は最近。異常事態中でもすんなり渡したのは、母方の祖父である鉄から事前に連絡を受けていたからだ。

 数年振りの電話で拳も戸惑ったが、向こうは要件だけ伝えるとさっさと切ったそうだ。ちなみに内容はこんな感じ……


『おいクソガキ、ワシの可愛い刃が久々にそっちに行く。貴様が管理しているあの子の証明カードの更新を済ませて、帰って来たあの子に渡せ。如何なる質問も拒否権も許さん。とにかく渡せ、いいな? 少しでもあの子の邪魔をするのなら今度こそ戦争だ。あのクソジジィに言うのも無しだ。僅かにでもあの子に償いたい気持ちがあるなら、一切邪魔だけはするな』


 ……でした。あとクソジジィとは拳の父、つまり刃の父方の祖父である。

 お互いムチャクチャ嫌っているので、もし邪魔をして来たら本当に家同士の戦争に発展していたかもしれない。


 結局渡す際、少しだけ質問した拳であったが、あれでも最低限の確認だった。

 表向きは彼を捨てた厳格な父の姿だが、本音は久しぶりに帰省した息子と長話やご飯を一緒にしたかったそうだ。……鉄の存在があるので絶対に無理であったが、いつかは仲直りしたいと思っている。

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