第5話 静かな怒り(弟子はテンプレを憎んだ)。
いくつもある魔法研究施設の一つ───通称『ダメージ・管理センター』の内部。
貴重な魔法に関係する物がいくつも保存されている施設。それは書物、魔石、魔道具、また保存出来た魔物の残骸やそれに関係する物が研究用として、厳重に保管されていた。
当然のように、そこは研究者や一部の関係者以外は決して入ることが許されない。
外は魔法の使い手である警備員が何人も控えており、監視カメラや魔法探知装置も沢山設置されてある。少しでも異常があれば警務部隊がすぐ飛んで来るのだ。
ネズミの入る隙間もないという言葉があるが、まさにこの事だと誰もが思うほど厳重な防犯対策は施された金庫のような場所である。
「うーん、この辺でいいか」
にも関わらず、仮面を付けた彼女は棚に保存されている物を物色する。
そこまで広くないただの物置の倉庫のように見えるが、其処こそ特に重要な保管場所。何かの欠片を見ながら彼女はうんうん唸っていた。防犯装置は……作動していない。
「やや状態と質に不満はあるけど、まぁこれで良しとするか。あんまり遅いと依頼者側から苦情が来そうだし」
まるで自分自身を納得させるように、彼女は手にした二つの欠片を持って部屋を後にする。……その際、入り口のところで警備の人間と研究者らしき人が倒れていたが、彼女は一切視線を向けることはなかった。
「ゲ、ゲホゲホっ! な、何のつもりだ!? 四条の
「黙れよ。先に喧嘩を売って来たのはテメェだろう?」
「っ! な、何を!」
客間の喧騒が一瞬で止んだ。
氷のように冷たいミコの呟きと共に、部屋が凍り付いたような気がした。
そんな空気を無視して、ミコは蹴り飛ばした男の方まで近付いて行く。拳や脚から煙を漏らして、とても人見しりとは思えない冷え切った表情を相手に向けた。
「よくオレの前で堂々とジンを馬鹿にできたな。驚く前に思わず蹴っちまったじゃねぇか」
「さっきから何言ってっ!」
「黙れって言ってんのが分かんねぇのか? もう一発くらわねぇと分かんねぇか?」
次に燃えたのはミコの拳だ。
唖然とする相手や他の客達を無視して、ミコの奴が拳を振るおうとして……。
「その辺にしなさい。尊君」
「
女性の声に反応して、ミコの拳が振われる寸前で止まった。
集まっている女性陣の中の着物を着た青髪の女性が前に出る。……見覚えのある。確か水の神、
「邪魔をしないでくれないか? 今この男と話があるんだ」
「それが暴力的な話になるなら、悪いけど無視はできないわ。このような場所で騒ぎを起こしてどうするつもりなの? 四条家の跡取りなのだからもう少し自覚を持ってと、咲耶からも散々言われてるでしょう?」
「う! そ、それは……」
「とにかく一旦落ち着きなさない。直に神崎様もいらっしゃいます。騒ぎが続けばいよいよお家問題になりますよ?」
咲耶の名が出た途端、ドッと冷や汗を流し始めるミコ。
どうやら姉の名前はもはや鎮静剤の効果まであるらしい。拳の行き場を失ってオロオロするミコであったが……。
「調子に乗るなよっ! 四条家の倅がっ!」
「っ!」
蹴り飛ばされて恥をかかされた男(全然見覚えのない男)が黙っていなかった。
スーツの懐から護身用か、結構高そうな装飾が施された短刀を取り出した。ドスというヤツか木製の鞘を抜くと勢いよく振りに行くが、ミコも反応して炎を纏った蹴りを出す。
遅れているが、ミコの蹴りが先に相手の頭を直撃する───筈だった。
「──な!?」
「──え?」
両者の攻撃は届くことはなかった。
何故なら彼らが繰り出した短刀と炎の蹴りは、俺が掴むようにして止めてみせたからだ。
「そこまでに、して貰おうか」
そして再び沈黙する客間。見ていた誰もが俺の行動に呆然としている。
しばらく沈黙が続いていると、先に正気に戻ったのは、騒ぎを起こした目の前の二人であった。
「お、お前……」
「ジン! な、何やってんだ!」
短刀持ちの男は唖然としたままだが、短刀を握っている俺の手を信じられない眼差しで見ている。
蹴りをかましたミコの方はすぐに足を引っ込めて、止めた俺の手のひらを調べるように触る。
かなりの熱量だったから火傷してもおかしくない。すぐに治療魔法を使おうとしていたが……。
「や、火傷の跡がない……?」
「ああ、無いぞ」
掴んでいた短刀を離して、唖然としてるミコに告げる。あれあれ?と何度も手のひらを見渡すが、残念ながら治療されるような火傷も切り傷の跡も無いんだ。
「まさか、強化してたのか? あの時」
「その話はまた後にしよう。とりあえず……」
こっちが優先だと男の方に振り返る。
男は未だに信じられない様子で短刀の刃を見つめている。驚きのことで怒りも一時的に治っているようなので、ここで話を切り込むことにした。
「まず、俺の友人が突然蹴って失礼しました。少々抑えが利かない部分がありまして、俺に対する幼稚で口汚い発言が許せなかったんでしょう」
ここは事実だけを伝える。何故ならもうやってしまったから。
しかし、勝機がない訳ではない。俺の言葉を黙って聞いていた男が徐々に怒りを戻し始めるのをハッキリと感じ取りながら、俺はミコを守るように前に出た。
「幼稚だと? それで謝ってるつもりか? 神崎家の欠陥h──」
「今さら欠陥品なのを否定するつもりはないですが、言葉は選ぶべきですよ? でないとまた蹴りが飛ぶ」
実際に男の言葉を聞いたミコが背後で動こうとした。
幸い俺が言い切らせる前に止めたからいいが、続けていたらはまた逆戻りになる。男が誰なのか知らないが、人の目も多いのでさっさと終わらせてしまおう。
「事実を言っているだけだ。それとも追い出されてる間に少しは成長でもしたか?」
「だからさっき言ったじゃないですか、否定するつもりないと。残念ながら魔力の方は相変わらず全然ですよ」
「ふ、やはりな。魔力が全然感じない。これが神崎家から生まれた子供とはな。やはり母体が不出来者なら息子も不出来者か」
母体……死んだ母親のことか。噂に聞いていたが、龍崎家の娘にしては、魔法の方はあんまりだったらしい。俺ほど酷くはなかったそうだが。
顔なんて覚えていない。俺を産んですぐ亡くなっているから当たり前だ。
跡取りを確実に残す為に、親父がすぐ再婚したのも分かる。別に今の母親ことを嫌っている訳でもなかった。
「不出来者ですか」
……だが、やはりイラつく。
本当は何も知らない奴が知った振って、人の母親を貶すなんてさ。
これもテンプレが原因なら、俺は初めてテンプレを憎みそうだった。
「じゃあ、その不出来者にご自慢の短刀を素手で止められた貴方は何ですか? 全然痛くありませんでしたが、もしかして刃無しでしたか?」
「な、なんだと……!」
手のひらをヒラヒラと見せてアピールする。笑顔で返してもよかったが、本当につまらないので表情が作れないや。後ろで笑いを堪えているミコが羨ましい。
外から気配もするので、さっさと締めにしよう。
「さ、さっきから無礼だぞっ! そもそもこうなったのは──」
「そもそもこうなったのは、さっきからの貴方の発言。一つ一つが原因ではありませんか?」
「何っ!? オレの所為だと言いたいのか!」
いや、蹴り飛ばしたミコも十分悪い。ていうか先に手を出したから普通に悪いが、そっちの方に話を持って行かせるつもりはない。
どうせ覗いているであろうあの男の存在も利用して、トドメと刺すとしよう。
「では訊きますが、先程までの発言すべて、褒められたものだと思いますか? 確かに俺は欠陥魔法使い。それは変わりありませんが、身分は一応、日本の七大魔法家系が一つ『龍崎』の人間です。まさかとは思いますが、お忘れじゃありませんよね?」
まず一手目。あんまり使いたくはないが、名家の身分。
普段は全然使う機会なんてないが、もし男が事を大きくするのなら、絶対に祖父の耳に入る。
日本魔法文化の創設者の一族が一つ。既に現役は引退しているが、まだまだその力は衰えておらず、その権力も健在している龍崎鉄。
「分かっていると思いますが、貴方が刃を向けようとした相手も七大魔法家系の『四条』ですよ。確かに手を出したのは四条尊ですが、貴方の俺に対する発言と逆上して手を出そうとした事実。その二つの事実を四条家が耳にしたら、ただ黙っていると本当に思いますか?」
二手目。ほぼ同じであるが、ミコの身分。
その家系は同じ創設者の一族。しかも知らない関係ではない。なにより次期当主であるミコが完全に俺の味方をしている。やや厳しい部分があるが、男の発言と行動を考えればミコの行動に委ねる可能性が高い。咲夜さん辺りはこれも修業だと寧ろ率先して、関わらせようとするかもしれない。
「分かりますか? この件が公になると困るのは俺達だけじゃなくて、貴方も同じなんですよ」
「お、脅しているつもりか! 騒ぎを大きくしたのは貴様らだろう!」
自分のこと棚に上げてない? いや、それは俺たちも同じか。
いずれにしても、これでまだ止まる様子がなさそうだ。
仕方ないので、最後の一手と行こうか。
「そうですね。俺たちの行動も十分騒ぎを大きした要因だ。この家の当主の耳に入れば追い出されても仕方ない。ですが……」
チラリとドアの方へ視線を送る。僅かに開いている隙から覗いている男と視線が合う。
それだけでこちらの意図が読めたか、視線から仕方なさそうな色を感じながら、音を立てずドアがゆっくりと開いた。……男は気付いていない。
さぁ、どうする? そろそろ爆弾を放るぞ?
「その前に貴方が口にした俺の母───神崎家の前妻に対する許し難い発言だけは、当主にしっかりとお伝えしようと思いますが……ちゃんとお分かりですよね?」
「──っ!? き、貴様、それは……!」
「──それはどういうことだ? 済まないが、私にも何を言ったか教えて貰えるか?」
失言に気付くが、既に遅い。
ゆっくりと入って来た神崎家の当主こと、神崎拳が着物を羽織った姿で現れた。
付き添うように現妻も着物姿でお辞儀をしている。だが、上げた顔は氷のように冷笑である。周囲の人達(主に男性たち)がビクッとしたのが分かった。
元々親友だった亡き母に対する中傷的な発言。実は親父以上に怒っているんじゃないかと思うくらい威圧感が半端ないが、ここは親父の顔を立ててくれるようだ。
でも内心抑え切れてないのか、莫大な魔力が静かな吹雪のように溢れているのが見えた。
「か、神崎……拳……」
「どうした佐野。私の言葉が理解出来なかったか? ならもう一度問おう」
ここでようやく男の名前が分かった。どうでもいいが、佐野というらしい。
向こうは俺を知っているようだが、知らないな。
ここに居るということは、割と付き合いがあるんだろうが、男の方からは嫉妬や憎しみに似た表情しか窺えない。だが、親父……というか母が発する威圧にすっかりビビってしまったか、親父が近寄って来るにつれて、徐々に表情に恐怖の色が滲み出していた。
「何を言った? 言わないなら他の者達に尋ねても構わないが、内容次第では───只では済まさんぞ」
「ひっ!」
訂正しよう。親父も大分キレていた。
男のワンキルはほぼ確定であった。圧力に耐え切れなくなって、腰を抜かして怯えるように逃げ帰って行った。
*作者コメント*
分かりづらいと思ったので、ちょっとした補足です。補足にしては多いですが(苦笑)。
・七大魔法家系とは、日本に魔法の文化を浸透させた七つの家系のことです。
全部は出ていないのでまだ明かしませんが、神崎家、龍崎家、四条家が七大魔法家系に該当します。最近出てきた西蓮寺と刃の幼馴染の白坂は魔法名家ですが、違います。
・神崎家の当主つまり刃の父親と母親は、別に刃を嫌ってはいません。寧ろこれでもかと溺愛して、母親も実の息子のように愛していますが、彼の身の安全と家の重みを背負わせたくないと思って、より安全な龍崎家へ引き取って貰ったのです。龍崎家から恨まれることを承知の上で。
・刃の実の母親と現妻は幼馴染の親友同士です。
どっちも刃の父親のことが好きで、実は合意の上で二股をしていた。二人が結託して刃の父を押し倒しました。
そして刃の母親が妊娠して半年程した辺りで、色々とあって現妻も妊娠したが、それと刃の母親の死亡は関係ありません。体が弱かった為に産んだ後、一気に病弱になったからです。
・再婚は刃の父親が頼み込みました。
表向きは周りに押されて、渋々再婚したことになっていますが、それは再婚前から現妻に手を出していたことを隠す為です。家同士仲が良く再婚の話もすぐに来ましたが、二股の件までは刃の父親の人柄と、二人の幼馴染の仲もあり気付いていませんでした。
現妻は産まれた子供を密かに育てる予定で、結婚も考えていませんでしたが、愛した妻を失い追い詰められている刃の父親を見て、あと周囲の後押し、それに本人からのお願いなどが重なった結果……いくつかの条件付きで結婚を承諾した。
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