第1章 弟子の魔法使いは魔法学校を受験する(普通科だけど)

第2話 帰省と出会い(弟子はテンプレを期待した)。

 最寄りの駅に着いて、行く先の電車の前に立つが、電車の故障や停電事故をこんなに期待したことはない! 

 本当に、なんで止まらないのさ! こういう時はテンプレでテロリストとかサバーダウンとか起きる場面でしょうが! 流石は日本の電車会社様だよ!


 普段なら絶対に考えるようなことではないが、今からでもいいから起きてくれないかな?


「いっそ自ら起こすか? 人に被害さえ与えなければいいし、ちょっとテロってみる感じで」


 ハッ、そうか、そうだよ! 正当な理由がちゃんとあれば帰れるんだ! 行きたくても事故っていたらしょうがない! うん、しょうがないんだ! そうと決まればこっそり『雷系の魔法』を使って、電車の電力なんかをダウンさせて───


「いえ、帰れませんし、犯罪です。仮に放棄しても、また後日ご対面ですから諦めて行ってください」

「正論が……真下から来たのは初めてだ」


 正確には影から。影に忍び込んでるマドカから呆れた声が飛んできた。

 もう一度言うけど。影から。


「何で付いて来るのマドカ。しかも影に入ってまで……」

「見張り兼保護者として、私も貴方のご両親を見てみたいですから。放っとくと嫌がって勝手に帰るでしょう」

「うん、反論の余地はない。素晴らしい推理」

「いえ、そこは少しは否定しましょうよ。こんな謎、たとえ名探偵でも解き明かしたくないです」


 だって帰りたいし、今だって中止にならないか期待している。

 実家帰りが好きな人なんて、家族との縁が良好な人かただ故郷が恋しい人たちだけだと思う。

 俺のように実家に居場所を無いタイプなんて、帰っても仕方ない。だからジィちゃんに言われた時もかなり渋った。




「ほう、魔法関係の学校に受験したいと?」

「ああ、ダメ……かな?」


 俺が顔色を窺っているのは相手はジィちゃん。

 亡くなった母方の祖父であり、今の俺の保護者でもある龍崎てつ。格好はお坊さんみたいな格好だが、サングラスが似合う可愛い女の子(アイドルなど)が大好きなジィちゃんだ。


 実家に居場所が無かった孫の俺を引き取ってくれて、引き籠もり気味だった俺の面倒もずっと見てくれた。当時は自ら孤独を望んで、その優しさを払い除けていたが、今ならあの時のジィちゃんの気持ちが分かる気がする。


「色々、お世話になってるのにいきなりごめん。ロクにお礼も出来てないのに我が儘を言っているのは、よく分かってるつもりだ」


 ジィちゃんだって辛くて寂しかったんだ。なのに俺はそれを蔑ろにした。罵声として返しこそしなかったが、ほぼ無視した感じの対応。俺ならもう声を掛けようとはしない。

 けどジィちゃんは何度も声を掛けてくれた。反応が薄くても関係なく、毎日のように声を掛け続けてくれた。


「俺が腐らなかったのは、ジィちゃんのお陰だ。本当に感謝してる。マドカの事も含めて感謝しかない」

「マドカちゃんの件は全然気にしなくていいぞ? 気立が良くて家事全般も任せられる。それに孫の嫁を見れてるようで、毎日が楽しいくらいじゃしのー!」

「ありがとう。けど嫁じゃないから、そこだけはちゃんと理解して」


 異世界から帰還後、良い理由が思い浮かばず、説明最小限でマドカの居候をお願いした。

 パスポートが無く身元が不明な外国の子のホームステイ(設定上)。絶対に無理だと諦め掛けていたが、ジィちゃんはほぼ二つ返事で許してくれた。意外過ぎるのは、その後の身元などの証明書の用意も引き受けてくれたことだ。


 用意してくれる時点で彼女が不法滞在者であるのを認めているようなものだったが、ジィちゃんは警察などにも通報せず、彼女を……本当に家政婦かそれこそもう一人の孫のように可愛がってくれた。


 ……因みに家政婦と孫では結構違うと思われるだろうが、それはマドカの家事能力の高さとその幼い容姿が原因である。黒髪ロングの清楚でクール……にプラスの『ロリ要素』。近所の子供会のクリスマスイベントの際、サンタの格好したジィちゃん(ビックリするくらい、めっちゃ似合ってた)がプレゼント持って来た時、確かに可愛いと言って彼女にも渡してたのを、俺はしっかりと覚えている。


 マドカも負けじとミニスカのサンタに変身したが、ミニスカは集まってる男の子には刺激が強く、空いた袋に詰めて俺がお持ち帰りした。居心地が良かったのか、なんか喜ばれた。

 ……話が脱線したが、とりあえず受験に戻ろう。


「刃、別にワシに遠慮することなんてないぞ?」

「でも俺が魔法学校だよ? それ受験料だって普通科でも結構するし、俺……バイトもしてないから、そんなに手持ちが無くて」

「バカタレ」


 ポカンと叩かれた。全然痛くないが、叩かれた頭に手を乗せる。呆然とした眼差しで、

呆れているようで何処か怒った様子のジィちゃんを見た。


「そんな下らん悩みよりも、まずすることがあるじゃろうが。金のなんぞより、もっと重要なことが!」

「いや、お金も大事だと思うけど……もっと重要な事?」

「……本当に気付いとらんのか? ハァァァァ……」


 何なのか想像出来ず首を傾げる俺。すると呆れた色が増したジィちゃんから溜息をつかれた! こ、こんなに呆れられたの初めてかもしれない!


「……刃よ。魔法学校を受験したいのならワシは止めん。受かっても入学費くらいワシが支払うし、必要な費用も当然出す。それが保護者として……いや、ジジィの義務じゃ」


 言い返させない強い眼力を向けて告げる。反論など認めんと口にしなくても目が言っている。正直甘えているみたいで素直に喜べないが、保護者や祖父としての義務と言われたらこっちに反論出来る要素がない。そもそもお金も無いから頼る以外選択は……無いこともないが、絶対に騒ぎになるから選択できる余地もなかった。


「だから安心して受験の準備しなさい! 引退しとるがワシの財力を舐めるでないわ! 好みのアイドルを養うくらいはある!」

「本当にありがとう。……だけど、最後の部分は要らないと思う。カッコいいセリフが全部台無しだから」


 気のせいかアイドルの部分だけより強く言われてる気がする。貴方の孫は困っていることをジィちゃんは分かってほしい。


「何度も言うが受験はワシはオーケーじゃ! ……じゃがのぉ。刃よ、決意は良いようじゃが……肝心ことを忘れておらんか?」

「肝心なこと?」


 本当に何だろう。さっぱり見当が付かない俺にジィちゃんは自分の財布を取り出す。何も言わず、大きめの財布の中にあるカードの束から一枚だけ取り出して、テーブルの上に置いた。


「これは何か分かるか?」

「え、何って……」


 見覚えはある。それはジィちゃんだけじゃない。昔ではあるが、親父や親戚の魔法使いの人たち、全員が持っていたカード。俺も色違いであるが持っている。魔法使いなら必ず所持している免許証と同じ意味を持つカード───『階級・証明証』。


 階級とは魔法使いのランクを意味するもの。資格のように魔法使いにもランクが存在する。


 下から【見習い】【初心者】【中位者】【上位者】【魔法剣士】【魔法師】【魔導師】【???】の順にある。剣士でもない奴が【魔法剣士】なのは変だと思うが、その辺りは割と適当。海外でも騎士の名を階級称号にしているそうだが、度々揉めているらしい。


 そして俺の階級は魔力量が不足の為にギリギリ届いた【初心者】のままだ。十歳になるまでずっと魔力量を上げる訓練をし続けたが、結果は惨敗。


【見習い】は教科書の魔法の発現さえ出来れば基本合格。だが、初級魔法しか使えない【初心者】では、魔法の名家には居られない。さらに下の腹違いの妹が稀に見る天才派だったこともあり、次期当主決めと俺の勘当はほぼ確定的であった。……やっぱり幼馴染だけでなく、妹も俺の勘当に賛成したが大きかった。


「その証明証が今さら何? ……もしかして【初心者】じゃ、受験すら認められないってこと!?」


 だとしたら最悪だ! 何とか【初心者】の『初級魔法』がには届きはしたが、その上の【中位者】の『中級魔法』からは絶対に無理だ! 中級だけでも魔力量が半分以上足りてない。背伸びしてどうにかなるレベルじゃないのに!


 階級上げるには、資格試験のように役所や協会の方で試験を行う必要がある。内容は階級ごとに異なるが、基本的な条件の一つは『自分が取得する階級の魔力に達しているかどうか』だ。


 厄介な話で、これが俺の一番の悩みの種で追い出された原因だ。どれだけ魔力の操作技術や相性、素質などがあったとしても取得の為の魔力量が足りていないと、そもそも取得する資格すら取れない。


「ぜ、絶望的過ぎる……! マジでどうしよう……!」

「どうしようと悩むのは全く別の件じゃ。勘違いしてとるようじゃから一応言っておくが、受験に階級は関係ないぞ。まぁ、資格自体は必要じゃが……」

「アレ? そうなの?」


 頷かれてやっと安堵した。ふぅー、焦られてくれる……! 金の問題ばかりで資格とか下調べから抜けていたよ。

 なんて、ジィちゃんの言葉に安心した矢先のことだった。


「とこで刃よ、お前のカードは今何処にある?」

「え、そんなの俺の部屋に決まっ───……」


 ジィちゃんが言おうとしている意味を理解し始めたのは。

 無意識に部屋と口にしかけたが、寸前で黙り込む。だって俺が言った部屋って、昔の……実家の方の部屋のことだ。追い出された元家。


「そう、部屋じゃろうな。……」

「……」

「理解が追いついたようで安心じゃな。……それで、どうするつもりじゃ?」


 言われたけど返答すべき言葉が思い浮かばなかった。

 だって絶対によろしくないじゃん。この展開は絶対によろしくないって。


 受験は保護者であるジィちゃんが許可してくれたから解決。

 入学費はジィちゃんが出してくれるから解決。後日、稼いで返そうと思うが、多分拒否られそう……。


 二つが解決した時点で、残るは受験だけだと思っていたところで、寧ろ受験よりもヤバい最大の難関が立ち塞がっていることに、遅れながらようやく気が付いた俺は。


「勘当されているとはいえ、血縁関係は途切れた訳ではない。ワシもどうかと思うが、カードを取得させたのは神崎家である以上は……カード無しで再発行しようとすれば絶対にバレるのぉ」


 そして待っているのは、説明会というの名の尋問会。

 向こう側からしたら追い出した奴が今さら何しようが知ったことではないと思う。現に俺が最低限の登校しかしなくなっても、向こうからは何もお咎めはなかった。縁を切れてるのは間違いない。


 しかし、し・か・し・だ!

 魔法関係が関わってくれば……向こうが無視するかは、ほぼ運任せだ。


「再発行して貰って、何も言われなかったら全然問題ないのじゃが、もし何か言ってくれば色々と説明せんと流石に拙かろうのぉ」

「言ってくる。絶対に言ってくる。文句的なやつが……!」


 思わず頭を抱える。いっそ向こうがカード自体を処分してくれてたら助かるが、アレは犯罪者でもない限り、本人以外が処分申請することは禁じられていた筈。処分の手続きはしてないからいくら親父でもアレはまだ処分されてないだろう。まぁ更新期限は余裕で切れているからカードを持っていかないと色々と面倒になる。……け、けど。


「もうすぐ年越しになって元旦だ。幸い招待状は毎年来とる。ワシの代理として年越しの挨拶ついでにカードの回収と受験の話を伝えたらどうじゃ?」

「それが嫌なんだよー!」


 結局、受験の為にも帰るしか俺には選択肢がなかった。もしくは電話か手紙、あるいはジィちゃんに伝えてくれないか尋ねてみたが……。


「絶対に嫌じゃ。あの糞餓鬼の顔なんぞ見たら殴り飛ばしたくなる。間違いなく家ごと奴を潰し取るわ」


 そうでした。ジィちゃんは親父が大っ嫌いでした。昔から。

 死んだ母さんの件もあるみたいだけど、俺が勘当されたのがトドメとなった。最低限の挨拶や家同士の行事では顔を出していたが、以降は神崎家の関わる催しや会議に一切顔を出さなくなった。


 間違いなく他の家にも拡まっている。神崎家と龍崎家が完全に絶縁したと。学校でも何度か訊かれたから。


「はぁぁぁぁ、仕方ないのか……」


 つまり俺自らが実家に帰る以外、もう選択肢が残されていなかったというわけだ。




 以上、長い長い回想でした!

 飽きたよね?? じゃあ、俺も飽きたから今から引き返すよ!


「それ聞いたら余計に帰る訳にはいかないじゃないですか。さぁ、目的の駅にも着いたのでさっさと降りましょうか」

「あああああ……体が勝手に動くぅぅぅぅ」


 帰りたがってる俺の意思とは相反して足が勝手に動くぅぅ!

 マドカの『影の魔法』だ。闇系統が得意な彼女。俺を逃さない為に影の中に入って、逃げようとする俺を操作してくるっ!


「い、いや! まだ俺は諦めない! こういう時、必ず何かしらトラブルが発生して俺の道を妨げてくれる! テンプレ展開はまだ終わってない! 不良よ! 不良来てくれぇ……!」

「何ですかそれ? というか歩くならちゃんと歩いてください。影からの操作も結構難しいんですから」

「スミマセン……」


 言われながら上りの階段を登る。しょんぼりと落ち込んでいるが、マドカ保護者様は逃してくれそうにないので渋々自分から歩き出す。出口の改札口の方を目指して、登ったところからまた階段を降りようした。


 ───テンプレは、背後からやって来た。


「うわぁぁぁぁ! 退いてくれぇェェェェ!?」

「っ! 刃っ!」

「──へ? のわ!?」


 マドカの鋭い声に無警戒に振り返ってしまった。

 咄嗟のことだったから、彼女も避けろとは言えなかったに違いない。反応して俺に警告を発しただけ十分役立っていると言っていい。

 ただし、当の俺は帰省する気ゼロで当然のように嫌々歩いているだけ。つまりどういうことかと言うと……。



「あ」

「はぇ?」

「……(おバカ)」



 お互い放心している中、俺はとりあえず冷静になろうと状況を分析した。───柔らかい。


 実は帰還後、向こうの経験とこっちの弱い肉体を鍛え始めていた所為で、まだまだ未熟であるが、押し寄せて来た何かに打つかっても咄嗟に倒れなかった。───布越しでも感触が伝わってくるようだ。


 あと経験の所為で咄嗟に攻撃体勢に入り掛けてしまった。魔力も練っておらず、寸前で止まることができたが、振り返り両手を前に出したような状態の為に、自動的にソレを支えるような体勢になってしまった。───柔らかく、程よく引き締まってる。


「な、なんで、こうなってるかな?」 

「あ、あー」


 戸惑っている相手の声。こちらからだと顔が見えづらい。何故なら相手の女性……彼女は俺の両手に乗っているような体勢だからだ。触っている箇所がアレなだけに、本来なら怒るべきだろうが、体勢が体勢な為に正しいリアクションが分からない様子。支えている俺もなんて答えていいか分からないが……。


「と、とりあえず降ろすから騒ぐのと殴るのと、あと通報は勘弁してくれ……」

「あ、ああ、こっちも急いでショートカットしてたから……なんかゴメンよ」


 適度にハリのある柔らかいモノが両手に包まれている。階段を飛んで降りようとした彼女を良い感じにキャッチした俺が倒れなかった為に、周囲から見たら非常に異様な組み立て体操が出来上がってしまった。


 因みに何処をキャッチしたかは、……母音でないことだけ伝えよう。陸上部とかかな? 結構ハリがあった。


「(おめでとうございます。望んでいたテンプレ回ですよ?)……ぼそり」


 こんなテンプレは望んどらんわ! ボソっと鼻で笑ったようなマドカの呟きに、俺は影をダンと踏み付けることで反論の意思を示した。テンプレを待っていただけに、全然説得力ないけどな!





「本当にすみませんでした」

「いや、ビックリしたけど別に怒ってないよ。あんな風な衝突事故は初めてだったけど、こっちも十分非があるから、ぶつかってゴメンよ?」


 打つかった相手は、腰まで伸びた長い黒髪の女性だった。結構綺麗で歳も割と近そうに見えた。


 背丈はやや低い気もするが、階段を何段も飛ばしての移動からして、何かのスポーツ系の人と思われる。相手もこの駅に用事があるのか一緒に駅に降りると、人の目を気にしつつ頭を下げて謝る。

 情や声音からも怒っている様子はなく、ホッと安堵する。男っぽい口調にちょっと戸惑ったけど、万が一痴漢扱いされたら、再び引き篭もりに逆戻りになる自信がある!


「けど凄い反応だったね。癖であんまり足音しないから気付きにくいと思うけど、何かやってるのかい」

「え、ええと……まぁ、ちょっと」


 素直に魔法使いだと伝えればいいと思ったが、魔力が全然ないからなぁー。つい誤魔化す感じで伝えてしまったが、相手も特に気にしなかった。しばらくして腕時計を見ると慌てたように告げてきた。


「あ、もう行かないと! ───迷惑掛けて本当ゴメン! あと助けてくれてありがとう!」

「あ、ああ、こちらこそ本当すみま……」


 って、言い終わる前に走り去って行った。凄い速い。

 何かスポーツでもと思ったが、あの身のこなしは普通じゃないな。


「魔法の使い手でしょうか? ですが、魔力を感じ取れませんでしたね」

「別に魔法関係に限定することもないだろう。実は自衛隊とか軍人とかもあり得る。そういう武芸を身に付けているっていうのが一番あり得そうだがな」


 まぁ本人に確認出来ない以上、推測しか出来ないが。

 それよりも着いてしまった懐かしい街並みに、俺は気持ちは接触事故の時よりも落ち込んでいた。もう気持ちブルーです。


「またテンプレ展開でも期待しますか?」

「もう期待しません。さっさと終わらせて、さっさと帰ろう……」


 改めて決意した。もう逃れられないのなら最短で終わらせれるように頑張ろう。……それ自体がフラグにしか思えないが。

 何か起こりそうな予感がヒシヒシと感じるよ。


「ああ、そっちのテンプレはありそうですもんね。帰っていきなり親子対決とか……」


 だからそういうこと言わないでって! 冗談関係なくマジで起きそうだから!




「遅いぞ貴様! いったい何をしてる!」

「ゴメンゴメン。ちょっと迷ったよ」


 刃と接触事故を起こした彼女は、すぐ近くの廃墟建物に顔を出していた。

 そこにはスーツを着ている中年男性が待っている。苛立った様子で吸っていたタバコを捨て踏み消す。持っているアタッシュケースを彼女の方へ滑らせた。


「前払いの報酬だ。面倒な奴め、今時なら振り込みは銀行かネットを使えよ。しかも現金払いとは……」

「現金しか信用してなくてね。小切手とかあんまり信用してないんだ。あとネット関係は疎い。やむなくスマホを使ってるけど、ガラケーの方がまだやり易いよ」


 受け取って中身を確認する。ケースぎっしりに詰め込まれた札束を一目で数え終えると、すぐに閉まって笑顔で頷いた。


「いいよ。君の依頼、確かに引き受けた」

「頼む。それで材料となる物は……」

「大丈夫。この辺りは手頃な素材が集まってる。適当に利用するさ」


 建物の中から外の方を眺めて告げる。男も外を見る。そこにはいくつものビルがあり、その内の一つには───


「重ねて言うが街の崩壊は避けてくれよ? 必要なだけの虐殺は認めるが、街自体が滅びれば意味がない。管理責任者である神崎家を取り潰して、オレの物になればいい」


 ───あの家の娘もな。悪意に満ちた歪んだ笑みでそう告げる。その際、女の方から呆れたような気配が漏れたが、すぐに仕事モードに切り替える。ケースを回収してその場から立ち去った。


「何処の世界も人間は愚かな者ばかり、悪意の種なんて何処にでもある」


 人気のないところで移動すると、女の姿が闇の霧で覆われる。


「欲望に忠実で結構。だからボクらはそこに漬け込める」


 霧が晴れると目元を隠せる黒い仮面を装着した。肌も髪も真っ白で黒のドレス姿の女性が現れた。


「さぁ、悪意をバラ蒔こう。この世界の空を悪意の光で満たすために」


 濁り切った闇のオーラを纏った女性は、微笑を浮かべて目的の場所へ足を向けた。



*作者コメント*

 階級の最後の称号が【???】なのは、個人のみを示す異なるものです。

 基本的に一番上は【魔導師】ですが、限定的に同列として【???】の教会が決めた異名が与えられる場合があり、変わり者や規格外な者に与えられるものです。

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