第1話 弟子の魔法使いは帰還する。
いきなりだが、世界が一変したらどう思う?
自分にとってただ何気ない日常。送っていた筈が、目が覚めたらそこが自分の知らない世界だったらどう思う? とりあえず神でも祈ってみるか?
……いや、俺───
神なんてとうの昔に信じるのをやめた。
元々信じるほど縋ってもいなかったが、家での一件以降考えることすらなくなった。
「まぁ神云々は置いといても、知らないっていうか、それ以前だよな? 空が変っていうか、これじゃまるで……別の世界?」
つい独り言でブツブツ言ってしまうのは、少しでも落ち着こうとする無意識の防衛行動だろう。
この状況なら仕方ないと思ってほしい。いや、思ってほしい俺も結構混乱してるのかもしれないな。
流れ作業のような日常生活。いつものように淡々と学校生活を送ったその夜のことだ。宿題も終えて自分の部屋で寝ていた筈が、目が覚めたら外だ。
しかもまったく見覚えがない場所だ。人の手なんて施されてない周りが海ばかりの自然な感じの無人島みたいだが、空を見上げると太陽らしき物が三つもある時点で、現実じゃない。
あまりにも鮮明でリアルな感覚から夢オチでないと考えるなら、これは、つまり……。
「『異世界』……はぁ、一体何処のファンタジーだよ」
確かに俺の世界もファンタジーな魔法世界ではあるが、ここまで極端ではなかった。
魔物や異常な現象など、ファンタジー盛り沢山な要素は、殆どダンジョンの方にあるから意外と一般人からの認知度は低い。反対運動も結構あるから政府よりの魔法関係者は日々頭を抱えていると聞いたことがある。……ヘタな事を言えば今は何処から批判をくらうか分からない世の中だから意外と肩身が狭い感がした。
「まぁどうでもいいか……それよりもどうしたらいいんだ? この状況」
『やれやれ、とうとう異世界転生に走ったかぁ』なんて天の声が聞こてきそうだが、そんなことは本当にどうでもいいだよ。
別に求めてないし、仮に夢ならさっさと覚めてほしい。リアル感が強いから可能性は低いと思うが、もし可能ならさっさと夢オチでもいいから帰してk───。
「──いや、現実さ。ファンタジーなのは否定しないが、この世界は確かに此処にある」
「──っ!?」
つい呟いたが返答がくるとは思わなかった。
後ろから返ってきた返答にビックリしながら振り返った。
「……だ、誰だ? アンタは」
振り返ると人が立っていた。いや、声がしたから人なのは間違いないが、それでもこんな無人島みたいなところに人が居たのかと驚きを隠せなかった。
恐怖でビクついたと思われたのか、無人島には何処か不釣り合いな雰囲気の男は微笑を零していた。
「そう怯えないでほしいな」
「いや、怯えてるというか、ビックリしているだけで」
「目の前の世界か? それとも目の前のオレに?」
「ああ……両方、かな? 太陽が多いしアンタの格好もなんというか……」
男の格好は全身が白いローブで頭から被っているような姿。要するに古い魔法使いのような格好だ。いや、魔術師の方が合っている気すらした。
声と被っているローブの影から見える顔から、相手が男だというのは分かったが、どうも格好が古臭く見えて仕方ない。昔ならともかく技術が発達している今時は、もっと効率的かつ性能が備わっている物を選ばれる筈だ。親父が隊長を務めている『警務部隊』にもちゃんとした魔法専用の制服が用意されていた。
魔法使いなのは間違いないが、なにか変な感じがする男だ。
「まさか、コスプレとかじゃないよな? もしくは全部が夢でアンタも俺の願望的な存在で…………だったら嫌過ぎる! 寧ろ異世界で良かった! ホントありがとうございます!」
「遠回しにオレの存在が否定された挙句、変な感謝をされたが、意外と受け入れるのが早いな。それにその冷静さ、こういう状況には慣れてるのか?」
なんか感心されてしまった。……いや、慣れって。
「異世界入りのことが? それこそまさかだ。単純に俺の世界にもファンタジーみたいな感があるからってだけだ。俺自身は普通……いや、普通以下で半端者さ」
「半端者……その感情の乏しい顔と死にかけの魚のような目はそれが原因か?」
「表情が乏しいのは認めますが、死にかけの魚は失礼過ぎません?」
わざわざ語りたいとは思わないが、ホントつまらない人生だと我ながら思う。二十歳も迎えてないのに何じじ臭いことを考えてんだ、って言われそうだけど。
などと勝手に心の中でブルーになっていたが、何故か男は頷いて……まるで何もかも知っているかのような口調で───。
「第三の魔法世界────【エリアル】。いや、地球か。こちらでは別称だが、魔法がある珍しい世界だ」
「……へ?」
なんだか意味深なことを言われてない?
え、ちょって待て? ホント今なんて言った?
別に耳遠くないし鈍くもない筈だが、あまりに突拍子のないセリフに意識が飛んだような気がした。
「え、えりある? 何それ。俺の世界ってそんな風に呼ばれるの?」
「並行世界、並行時空とも呼ばれる。オレが知っているだけでも【メトロ】、【スティア】なんてもある。因みにここは【ベーター】というオレの世界で、ここはその中でも特別な空間で造られた。……いわゆる『ダンジョン』だ」
「───ダンジョン!? ダンジョンって、あのダンジョン!? 話で聞いたオレの世界にあるとは全然違うというか、そんなにあるのか別世界って」
「この空間はオレが造った特別製だから比較してもしょうがない。それに別世界もそうだ。干渉することは基本ないが、あるにはあるんだぞ?」
オレも管理者になるまで知らなかったけどな、と続けて苦笑いする男を他所に、俺は入ってくるトンデモナイ情報の多さ、質に開いた口が閉じれなくなっていた。……アゴ外れてないよな?
「他所の世界も一緒だと思うが、ダンジョンっていうのは自然に出来る物と意図的に造られる物の二パターンがある。君のリアクションからして、そっちの世界のダンジョンは恐らく前者が多いんだろう。後者の場合はオレのような特殊な立場にいる者かダンジョンの制作が出来る特殊な技術者でもない限りありえない」
「話を聞いているとなんかダンジョンの建築士みたいですね。俺は実力がないから入ったことはないけど、そんな変わった奴が造ったダンジョンがあるならすぐ情報が拡まってますよ」
しかも、意外と会話が成立している。
驚くべきか呆れるべきか、緊張感が薄れて助かったというべきかもしれない。それだけ相手が加減してくれてると思うべきだ。
ただ、やはり変な感覚の所為で何処か落ち着かない。上手く言えないけど纏っている気配が素人の俺でも分かるほど異質なんだ。魔法師として欠陥過ぎて失格の烙印を押された俺でも異常だと思える程の魔力。
普通じゃないと理屈ではなく本能が訴えていた。
…………ドクン
「っ!?」
「ん? どうした?」
「あ、いや、なんか急に──」
ドクンドクン……!
「ッ! なんだ?」
何か流れてくる? ……いや、拒絶しているのか? 何か体に溢れてきたと思ったら、すぐに抜けていくような感覚になって力も抜けそうになる。そして逆に何かが満たされているような気が…………え、いったい何が? ……分からない。初めての感覚だ。まるで今まで機能していなかった心臓が活発に働き始めたような。血がザワついているか?
「……なるほど、そうきたか」
こちらが混乱していると何故か男が得心したみたいに言っている。全然俺には理解できない。理解しようとする余裕すら俺には全くない。
悪意はない。敵意もない。けど慣れない感覚なんだ。
悪意とも敵意とも違う何かが……俺の中と外で渦巻いている気がした。
「はぁ、はぁ、なんだよ……これ? ッ──ウッ!?」
次第に呼吸が乱れると震える手で何かを触れた。途端、その何かがさらに流れ込んでくるのを感じた。
だが、流れてきたソレを身体が受け入れず、今度は身震いと共に外に吐き出された。更に見えない何かが身体中を巡って満たそうとするが、数秒するとまた外に出て行ってしまう。血管という血管が狂い始めているみたいだ。
「ぐ! 体が……変だっ」
そしてまた流れてくると吐き出される。
抵抗もなにも出来ない中、それが繰り返されていく。
どうすればいいのか分からず、ただ為すがままに自分でも理解できないソレを感じる。
いよいよ本当の心臓が痙攣でも起こして爆発しそうなるが、……徐々に慣れてきたか、全身の震えが消えていき……。
「はぁ、はぁ……ん?」
視界に何か、無色透明なモノが映り出す。
不明確なそれは意思でもあるのか、鬱陶しく俺の周りを漂っているようだ。
「はぁ、はぁ……そうか、お前が……お前の仕業か」
見えたというか、それを認識した途端、言い知れない怒りが沸き始めた。……後から思い出すが、結構驚いている。
元々他の人よりも血の気は低い方だと思う。家族から見放されて以降も非干渉で、怠惰な人生を送ってきた影響か、怒りの沸点は今でも低くない。
寧ろ感情が全然見えないと言われがちで、他の人から見たら喜んでいる時も落ち込んでいる時の顔も大差ないらしい。偶にただ座っているだけなのに、生きているどうか尋ねられたこともあったけ……いったいどんな風に見られたんだろう?
「ふざけやがって……!」
そんな俺が非常に珍しいことに怒りを覚える相手。
その何かを──魔力の何か睨む。
まるで未来永劫の宿敵のように。
「気持ち悪いんだ。──さっさと消えろ」
今までに感じたことがない程の怒りのままに、心の奥底からその言葉を絞り出す。
何故こんなに怒りを覚えるのかも分からない中、俺は鋭い目でそいつを睨み付けた。
……言葉が通じたのか、摩訶不思議なソレはブルっと震えると唐突に出て来たように、空間に溶け込むようにしてその場から姿を消した。
「……一応、理解はあるのか。オレの存在かこの空間に反応を示したというわけか」
「ハァハァ、どういう意味だ? さっきから何言ってんだアンタは?」
納得した様子で言うが、何を言ってるのかやっぱり意味が分からない。
それが無性に腹が立って知らず知らずに男を睨む付けてしまうほど。こんなに感情に振り回されるなんて、生まれて初めての経験だった。
「本当に誰なんだよっ」
「ふっ……誰か、か。そうだな……」
何が可笑しいのか、頰をかいてふと考える仕草をすると……。
「『神』──と呼ばれるのは嫌だから、とりあえず『魔法使い』でいいかな? ……なぁ少年?」
俺の顔を覗き込むようにして、男は口元に笑みを浮かべる。
ローブの所為で暗くて見えづらかったが、男は銀髪と同じ銀の瞳をしていた。いや、少し白っぽいから白銀か? そんなどうでもいいことを思いながら男の言葉を待つと、男の口から全く予想外な言葉が投げかけられた。
「オレの弟子になってみないか?」
「…………」
あまりに突拍子もないセリフに思考が固まった。
驚くべきか笑うべきか、それとも初めてことに感動のあまり泣くべきか。
どう反応すべきか定まらず、呆然として……。
「すみません。お金は持ってないです」
「いや、詐欺じゃないから。とりあえず落ち着いて話を聞いてくれ」
これが一人目の師匠───ジーク・スカルスとの出会いである。
全ての魔法を極めた魔導の神。魔力が少ない欠陥品な俺に向いた『異世界の魔法』と『新たな技術』を教えてくれた恩師。茨の道だと諭しつつも突き進む俺を見捨てようとはしなかった。
それは全てをした上の同情か、それとも師としての務めか、或いは───俺の中に棲んでいるモノを警戒してか。答えてくれることはなかったが、俺は心から感謝している。
ただし、あの男に紹介したことに関してだけは、一生掛けても恨み辛みしか思い付かないだろうが。
そう、あの男だけは……。
『クククッ! 面白い餓鬼が落ちて来たナァ。どれェ? 少しだけ遊んで
イカレ切った鬼のような魔王との対面。命を掛けるのが当たり前な戦場で磨いたという『殺意の技術』を叩き込んで来た。俺は全く望んでないのにな! 拒否権? 元から存在してなかったよ! 師匠は止める気ないし! 地獄の修業タイムがそこから始まったよ! 俺の人格が歪んだら絶対にあの男の所為だ! 賭けてもいい!
「魔法の可能性を見せよう。オレの全てを賭けて」
『生き物の殺し方を……オマエの魂の溝を悪意で全部埋めてやるよォ』
その後も異世界の色んな人から色々と教わることになった。
師匠二人からは(一人は認めたくないが)魔法と体術、他の人達からは剣術、槍術、弓術を基本として気術、銃術、暗器術、罠術などを教わった。精霊術もあったが、相性が悪かったらしい。全然ダメで教えてくれた人が落ち込んでいたが。
「さてと……最後の試練と行こうか? 心の準備は出来ているか?」
『精々楽しませてくれよォ? オレの後継者になるかもしれねェんだからナァ?』
「アンタの後継者には死んでもなりたくない!」
『クククッ、照れんなよォ』
「照れてねぇよ! この戦闘狂が!」
「お前ら……意外と仲良いな」
何年続いたか分からないダンジョン生活も終わりを迎える。
ラスボスはやはりというか魔王のあの男。途中厄介なトラブルも発生したが、無事に師匠からの合格判定を貰うことに成功した。
「予想よりも早かったが、まぁいいか。おめでとう。今日から君が───」
合格した際、師匠から告げられたセリフが一番驚愕だった。
そんなつもりなんてなかったから、俺なんて……と首を横に振ったが、師匠の発言が撤回されることはなかった。
「寂しくなるが、やっぱり帰るんだな」
「はい、色々とやり残したこともあるんで……」
帰る際、色んな人から惜しまれた。
いっそのことこっちで暮らさないかと本気で勧められた。俺も悪くないじゃないかと何度も気持ちがグラついたが、脳裏の過った俺を引き取ってくれた祖父の顔や彼女らの顔が……俺を思い留まらせた。
「他もそうだが、世話になった祖父のこともある。引っ越すにしてもすぐには無理だ」
「他……好きだった子や妹のことかな? 勝手なことを言わせてもらうが、変えたくてもどうにもならない時はあるものだ。本当の気持ちがどうかは知らないが、裏切られた以上、君も考えるべきだ。道が違えたのは間違いなく彼女たちなんだから」
「……分かってるつもりです。あの頃に戻りたくても、どうしようもないのは……」
今更どうにかなるとは思わない。
今更何かが変わるとも思わない。
俺が変わったからって、彼女たちの対応が昔にみたいになるとは思えない。
「所詮、あちらの世界では俺は欠陥品なんです。どれだけ強くなってもそれが変わらない限り、何も意味をなさない」
「そこまで分かっていながら何で戻ろうとする? なぁ、ジン? ───お前は自分を否定する世界にわざわざ戻ってまで……いったい何をしたい?」
期待なんてしてない。俺はただケジメを付けたいだけだ。
しかし、師匠に問われて俺は何をしたいのか、本当に分かっているのか自信を持てなくなる。
あちらの世界に戻って何をする? 何を成し遂げたい?
……いや、寧ろそれが動機かもしれない。
「それを探す為の帰還でもありますかねぇ? だってこっちの世界の過ごし方なんてあり触れてつまらないです。力を付けたんですから、どうせならあの世界の常識を破壊してみたくなりません?」
「留まるだけではつまらないから、元の世界の常識を壊したいか…………アハハハハ! そうか! 実に面白い考えだな! なら無理に止めるのは野暮という話だ!」
そんなにツボに入ったのか、師匠は嬉しそうに笑っていた。
そして俺にいくつかお祝いの手土産を渡してくれる。俺に付いて行くと聞かない彼女のことで多少揉めてしまったが、俺たちは無事に元の世界に帰ることになった。
「戻って来た」
「此処があなたの家ですか……掃除のしがいがありそうですね」
「……とりあえず祖父に話すから口裏を合わせてくれ」
「分かってますよ。お嫁さんらしく三つ指でお辞儀ですね?」
「うん、全然分かってない。俺が何とかするよ」
「おや?」
時間は転移したすぐ後である。とんでもない爆弾を背負って帰って来た。
中学3年の冬、年末の時期でつまり受験自体が近い頃のことだ。
どうでもいい高校先なんて既に決めていたが、異世界から帰還したことで考えも変わっていた。
「ハァ……嫌だなぁ」
だが、新たに目指すことにした高校を受けるなら、絶対に一言は報告すべき。
勘当されている立場だが、祖父や彼女からも言われて俺は渋々帰省をした。別に遠くもないが、駅まで行く際に重い足を動かすのに苦労させられた。
「つ、着いてしまった……」
そして年越した次の日、元旦である。年越しの蕎麦は美味かったが、目的の駅から降りた今の俺は憂鬱気味だ。
家を出て以降、正月どころかお盆も年末も挨拶なんてしてない。今さら会ってどうするつもりと言われた師匠の言い分が今ならよく分かる。願うなら言うだけ言って帰りたいが、絶対に無理だと本能関係なく分かってしまっていた。
物語は嫌々ながらのお正月の帰省から始まった。
第1章『弟子の魔法使いは魔法学園を受験する(普通科だけど)』へ続く。
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