8 ゆたか、パンツを見られる

 昼休み。ゆたかと一緒に中庭のベンチでまったりと過ごしていた。

 私は、ふととあることを思い出して、隣に座るゆたかを横目で見遣った。


「そういえば、ゆたかさんや」

「どしたの、うたちゃん」


 不思議そうな顔をして、ゆたかが私に肩を寄せた。

 なんだか、すり寄ってくる仕草が子猫ちゃんみたいだなあ。かわいいなあ、愛らしいなあ。

 

「あなた、この間くららちゃんと言い合いしてた時にさ、私のパン――」

「あっ、ちょうちょだ」


 ゆたかが私の言葉を遮って、ヒラヒラと目の前を通過するモンシロチョウを指さす。


「春だねー」

「あなた、私のパン――」

「あっ、ミツバチだ。春だねー」


 今度はそばの花壇の上を飛び回る蜂を指さす。

 こいつ、それで誤魔化せるとでも思っているのか?


「聞きなさい。私のパン――」

「あっ、くるるだ」


 三度目は、私の制服のそでをキュッとつまんで、じいっと私を見つめてきた。


「くるる、愛してるよ」

「春だね」

「春だねー」


 私は真顔で、にっこりと微笑んで繰り返すゆたかの頭に、手刀をお見舞いする。


「やかましいわ」

「あうっ」


 ゆたかが頭頂部を両手でおさえ、上目遣いに涙目を向けてきた。


「いだい、ひどい、でーぶいだ」

「でーぶいじゃありません。私の話を聞きなさい」

「なんだよーもー。ぷんすかなんだけど」


「私のパン――」

「あれね、今日履いてきてるよ」


 思わず、反射的に「は?」と声が漏れ出た。

 ゆたかが得意げな表情をして、えへんと胸を張る。

 私はゆたかの腕を掴み、ベンチから立ち上がった。

 

「ちょっと来なさい」



 ゆたかを連れて、トイレの個室に入った。

 壁際に追い詰められたゆたかが頬を上気させながら、その目に狼狽の色を浮かべる。

 

「く、くるる……どしたの?」

「見せなさい」

「な、なにを?」

「あなたの下着に決まってるでしょうが」


 すると、ゆたかは両手で顔を覆い、指の隙間から目を覗かせた。


「どーしよ、くるるがえっちになっちゃった」

「ゆたかがおかしなこと言うからでしょうが」

「さっきのは冗談なんだけど……」

「いいから見せなさい」


 威圧的に言うと、ゆたかは渋々と真っ赤な顔から手をどかせて、実にゆっくりとスカートをたくし上げた。

 ゆたかが履いていた下着は、一切見覚えのないものだった。


 ふむ、こんなパンツ知らない。これは失礼。

 

 白を基調としてウエスト部のへそ下に水色のリボンがついている。

 ははあ、シンプルで可愛いね。

 

 なんてことを考えていると、ゆたかはこれ以上ないほどに顔を紅潮させてプルプルと震えていた。


「うう……くるるに無理やり見させられちゃってるよお……まじまじと見られちゃってるよお……」


 伏し目がちに、瞳を潤ませている。

 やばい、何かイケナイことをしている気分になる。いやまあ、しているといえばしているのか。

 こんなに小さい子になんてことをしているの私! ……同い年ですけどね。


「ごめんゆたか、もういいよ」


 ゆたかはすぐに、サッとスカートから手を離した。

 ゆたかがもじもじとして、チラッと私を一瞥して息をつく。


「はああ……興奮しちゃった」


 興奮するところじゃないだろ!


「で、結局私のパンツはどうなってるのよ」

「うちで大事に保管してるよ。ほら、幼稚園の頃にうちでお泊まり会した時にくるるが忘れていったやつ」

「ええ……返すタイミングいくらでもあったでしょうに」


 呆れて言うと、ゆたかは力強く拳を握りしめた。


「返したくなかったから黙ってたに決まってるでしょうが!」

「あなた、幼稚園生のくせになんてこと考えてるのよ」

「くるるのおぱんつと添い寝をすると、なんとものすごい快眠効果が!」


 アホなことをぬかすゆたかの頭に、また手刀をくらわす。


「んなわけあるか」

「あうっ」


 こうして、昼休みは過ぎていった。





 夜、部屋のドアがノックされた。

 「どうぞー」と言うと、ゆっくりとドアが開いてくららちゃんが姿を見せた。


「姉さん、きたよ」

「できれば来ないでほしかった」

「来ちゃった」


 そう言って、椅子に座る私の元へトコトコと寄ってきた。

 すかさず、私は机の上に用意していたタイマーのスイッチを押した。

 

「はいスタート」

「はやっ、もう少し余裕をもてないの?」

「くららちゃんにあげる余裕なんてないわ」

「はあ? なにそれ」


 不満顔で文句を垂れつつ、くららちゃんはおもむろに私の背中側にまわった。

 そして、後ろから抱きついてきた。

 途端にくららちゃんの雰囲気が和らぎ、彼女が甘い吐息を漏らす。


「ふああ、しあわせです。でも正直、姉さんがお風呂に入る前にこうしたかったです」

「なるほどねえ」

「明日は夕方にしますね」

「帰ったらすぐお風呂入る」

「えー、いじわるですか?」

「危機回避です」

「ひどいなあ。私はこんなに好きなのに」


 そう言って、くららちゃんが私の後ろ髪に顔をうずめるのがわかった。


「くららちゃんが好きなのは私の匂いでしょ」

「姉さん自身も好きですよ」

「いまいち信じられない」

「えー、ひどいです」


 しばらくそうして背中にくららちゃんを感じた後、彼女がもぞもぞとみじろぎをした。


「姉さん……そこの姉さんのカバン……」

「えっ、なに、これ?」


 机の下に置いていた通学用カバンを指さす。

 するとくららちゃんが、私の肩の上でコクコクと頷いた。


「はい、それです。とってください」


 仕方なくカバンを手に取って自分の膝の上に置く。

 背中に張り付いたままのくららちゃんが、後ろから手を伸ばして持ち上げた。

 そして、私の顔のすぐ横で匂いを嗅ぎ始める。

 側面やら持ち手やらを熱心に嗅ぐ彼女に、横目で湿っぽい視線を送る。


「私の顔の横ではやめてくれませんかねえ」

「えへへへ、姉さん姉さん……」


 私のカバンを愛おしそうに撫でくりまわすくららちゃん。

 聞いちゃいないね、この子は。


「あと何分ですか?」

「あと一分です」

「はやいです! 五分延長でお願いします!」

「駄目です」

「さんびゃ……いえ、五百円でどうですか!」

「お金を大事にしなさい」


 呆れてため息をつく。

 大慌てのくららちゃんが、ガバッとカバンに顔を突っ込んだ。

 深い息遣いがカバンの中から漏れてくる。


「姉さん姉さん姉さん姉さん……はあ、しゅきい……」


 揺れるくららちゃんの身体が火照っている。

 

 真横で義妹にこんなことをされながら冷静でいられるって、我ながらすごいことなのでは。


 そんなことを思っていると、タイマーの電子音が鳴り始めた。

 私は、無心で深呼吸をする彼女を現実世界に引き戻そうと試みる。


「こら、もう時間だよ、カバンから顔を出しなさい」

「はあああ、あは、うひひ、姉さんがいっぱい……」


 ヤバい、トリップしてるぞ。

 後ろに手を伸ばし、くららちゃんの細い腰回りをくすぐる。


「こちょこちょこちょ」

「ひぃぁっ、はッ、ね、姉さん……ただいま」

「おかえり」

 

 私の部屋限定にして正解だったわ。

 満足そうに行為の余韻に浸るくららちゃんの様子を見て、改めてそう思うのだった。

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