久々流姉妹の秘密の日課〜冷たい義理の妹が、極度の匂いフェチだった〜
やまめ亥留鹿
1 ゆたか
四月。
刺さるように冷たい風が、正面から顔に吹き付けた。肌が痺れるようで、私は顔をしかめて目を細めた。
はあ、憂鬱だ。
何が憂鬱かって、この通学路を歩き切った先に待っている高校生活の始まりだとか、そのための緊張だとか、アレとか、ソレとか。
とにかく、女の子にはいろいろあるのよ。
なんて、この寒さに乗じてメランコリックを演じてみたところで、暦の読めないこの寒気さんは去ってはくれないのだが。
つまるところ、私は寒いのが大の苦手なのだ。
そんな訳の分からない思考を頭の中でこね回していた時、
「くーるーるー」
その幼く愛らしい声と共に、背後からパタパタとかわいらしい足音が近づいてきた。
すぐに、足音の主が私の肩を二度、優しく叩いた。
「くるるおはよ」
横から私の顔を見上げ、まるで春の陽光のように暖かく柔らかい笑顔で、にこやかに挨拶をしてくる。
凍えた心にじんわりと染み渡ってくるようだ。
このちっこくて可愛い女の子は、
私の一番の友達で、幼なじみで、癒しで、天使で、癒しで、癒しで……そう、まるで長年連れ添った、人をダメにするソファのような人です。
「あー、なんかくるるひっどいんだけど」
あら、お声が漏れ出ていたようだわ、失敬失敬。
「あのさ、私たち今日から高校生なんだからさ、これを機会にちゃんと
確信ありげに自らコクコクと頷いて見せる。
ゆたかが腕組みをして、むむむと唸りながら小首を傾げた。
「今更変えたくない」
「あらわがままだこと」
「くるるはくるるだもん。それともウタちゃんって呼んで欲しい?」
「却下」
私の即答に、両手で口を覆ったゆたかが「かわいいのに勿体ない」と言ってクスクスと笑う。
私は、
その気持ちをゆたかはよく知っているから、こんな反応をするのだ。
「ま、ゆたかのくるるって言い方の愛らしさに免じて特別に許そうじゃないか」
「ぷぷぷっ、なんか偉そうなんだけど。くるるが許してくれなくても言うこと聞かないんだけど。むしろ下の名前で呼ばれないようになることに感謝して欲しいんだけど」
そう言って、ゆたかが瞬きを繰り返し、私を見上げて口元をヘラっと緩める。
私はゆたかを黙って見下ろしてから、彼女の腰に手を回してくすぐり始めた。
「このっ、生意気な子にはお仕置きしてやる、このこのっ」
ゆたかが笑い声をあげながら、身体をくねらせてもがき出す。
「やーだー、くるるのえっち、へんたい!」
「ふふふ、へんたいに捕まって残念だったわね」
ゆたかの背後にまわり、腰に回した両腕で身体を引き寄せ固定する。
すると、ジタバタとしていたゆたかが不意にピタリと動きを止めた。
そんなゆたかを気にしつつ、私はゆたかの身体の温もりを大切に噛みしめる。
寒い日は、やっぱりこれに限るわね、うふふ。
「……くるるからおかしな匂いがする」
抑揚なくボソリとこぼしたゆたかの発言に、私はすぐさま聞き返す。
「おかしな匂いって?」
「なんか……やだ」
「えー、くしゃいってこと?」
腕の力を緩めてゆたかを解放してあげる。
ゆたかはくるりと私に向き直ってから、精一杯の背伸びをして顔を近づけてきた。
「違う。これは……」
そこで一旦言葉を切るゆたか。思わず固唾を呑んで次の言葉を待つ。
ゆたかが小首をかしげてゆっくりと口を開く。
「……なんだろうね?」
「いや、私に聞かれても知らないし」
「もー、自分のことでしょ。何の匂いか私に説明しなさい! 浮気は許しません!」
「だから自分じゃわからないってば」
「むー、くるるの匂いが純粋なくるる臭じゃなくなってる」
文句を垂れつつ、ゆたかは正面から私に抱きついて、顔を胸にうずめた。
すりすりと額を擦りつけてくる。すーはーすーはー、と、深い息遣いも聞こえる。
というかくるる臭って何よ、なんかすごく嫌な響きなんですけど。
「ほら、訳の分からないこと言ってないで早く学校行くよ、離れなさい」
背中をポンポンと叩くと、ゆたかは渋々といった具合に密着した身体を離した。
再び学校に向けて歩き出す。
「あれ、今日だったよね、例の子がくるるん家に引っ越してくるの」
「うん、もう今朝のうちにあの子だけ来たよ。荷物は午後になるんだってさ」
「……そうなんだ」
「はあ、憂鬱だ」
「おー、くるるのテンションだだ下がり。せっかくできた妹なんだから、仲良くしてあげなよ? 意地悪しちゃダメだよ?」
口に両手を当てて、ゆたかがからかうように笑う。
「仲良くなりたいのはやまやまなんだけどなあ」
「なに?」
「私はさ、寒いのが苦手なの」
「うん、知ってる」
ゆたかが真顔で頷き、すぐに納得の表情に変わった。
「ま、ゆっくり仲良くなればいいじゃん」
「そうね……はあ、ゆたかが妹だったら最高に幸せだったのになー」
「えっ、えへへへ、私がくるるの妹かー、えへえへ、アレしてコレして、えっへへへ」
私の何気ない言葉に、ゆたかは頬を染めて、何やら妄想にふけり始めた。
こうなったゆたかはしばらく遠い世界の住人だ。放っておこう。
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