第14話

「はあ?売り切れ?だったら今すぐ作りなさいよ!わたくしが欲しいと言っているのだから、さっさとしなさいよねっ」

 祭りの喧騒を割るように、甲高い子供の声が響いていた。

 ドン引きである。




 城下町に入る前、貴族街との境目辺りで馬車を降りたわたしたちは、先ほどお嬢様たちがドレスの女の子を見かけたという店に向かって歩いていた。建国祭は今年も盛況。歩くだけでもみくちゃにされそうな道を、ライムンド様はお嬢様の手を引きながら器用に人の隙間を通り抜けている。


 馬車を降りた直後、当然のように手を差し出したライムンド様と、心底嬉しそうに笑顔を煌めかせたお嬢様が指を絡めてその小さな手を握り合う様子は天上の一幕のようで、一時的なものとはいえ道を塞ぐ馬車を見てそれまで迷惑そうに顔をしかめていた平民たちすら思わず尊いものを見るような目をしていたのも当然の神々しさだった。うちのお嬢様ほんと天使。


 そうして見事願望を実現させたお嬢様に抱きかかえられたまま歩くことしばし。目的地であるお店にたどり着く前に、その現場に遭遇してしまった。


 場所は細工師の屋台前。店番をしている青年には見覚えがある。たしかお嬢様が15歳の時に使用人一同でお金を出し合って購入したネックレスを扱っていた宝飾品店の、専属技師だ。貴族御用達の店ではなくて庶民……というか中流階級向けの宝飾品店で、だけど技師の腕は超一流。少々気難しいところもあるけれど、心を込めて頼めばそれなりのお値段でかなり良い品を作ってくれる、使用人の味方のようなお店である。


 で、そんな未来の凄腕技師に絡んでいるのが、真っ赤でド派手なドレスを着た茶髪の少女だ。何が気にくわないのかやけに怒り心頭だし、声の出し方がなっていないから喉に負担のある甲高い耳障りな声をしている。それにもともと垂れているはずの目元が化粧で飾り立てられているせいでキツイ印象になっているし、そもそも表情がよろしくない。


 つまり何が言いたいかというと。


(これはひどい)


 思わず溢れた言葉に、ライムンド様が同意するように深く頷いた。

 なるほど、確かに外見はわたしだ。ライムンド様がわたしを見たと言うのも頷けるくらいわたしだ。だがしかし、どう見てもわたしではない。


(なっちゃいない。なっちゃいませんよ!なんですかあの化粧!あのドレス!あの声の出し方に表情の作り方!まるでなっちゃいませんよ!全てが平均以下、さいっあくですっ)


 確かにわたしはお嬢様のような美少女ではない。それなりに見られる顔立ちだとは思うが、それでもまぁ普通だよねという感じだ。だが、だからこそ、わたしはお嬢様のお側にいても恥ずかしくないように自分の身なりには気を使っていた。


 髪型や服装はできるだけ清楚で落ち着いた印象を与えるもの。表情も相手に安心感を与えるような柔らかい笑みを意識して浮かべていたし、声だってゆっくり穏やかに発するように気をつけていた。動作は指先まで意識して、相手の視線を自分が望む方向に誘導する。そんなの基本中の基本だ。


 だというのに。


 派手すぎるせいで顔の印象がぼやけてしまう真っ赤なドレス。

 相手に不快感しか与えない見下すような笑みに、耳障りでしかない甲高い声。

 粗雑な仕草。


(もっと素材を活かしなさいよおおおおおっ!)


 お嬢様の腕の中でなければ地団駄を踏んでいたところだ。いくら何でもこれはひどい。


(だいたい何でルークさんに絡んでいるのよ!その人は宝飾品界の新星、いずれは貴族ですらこぞって媚びを売るようになる相手なのよ!どこの誰だか知らないけれど、小娘ごときが絡んで良い相手ではないの!そもそも屋台の品は無くなったら終わり、早い者勝ちなのは当然でしょう!)


 むきー!と怒りのままに叫べば、それまで青年―――ルークさんに絡んでいた少女がくるりと振り向いた。そして怒りに目をぎらつかせながら何かを探すように顔を巡らせ、なぜかお嬢様で目を留めた。


 何?お嬢様に仇なすようであれば、わたしのこのふわふわパンチで蹂躙して差し上げますが?


 どこまでできるかはわからないが、準備だけはしておこうと密かに拳を握る。

 しかしそんなわたしのことは目に入っていないらしく、お嬢様だけを睨みつけて全身で怒りを表しながら品のない足取りで歩み寄ってくる少女に、きょとんと目を瞬いていたお嬢様が少し怯えたようにライムンド様に身を寄せた。当然のようにそのままライムンド様がお嬢様を背後に庇い、頭から湯気でも出しそうなくらい顔を真っ赤にして怒っている少女と対峙する。


 赤茶色と空色が火花を散らした。


「ちょっと、どいてくださる?わたくし、そこの礼儀のなっていない小娘に用がありますの」

「こちらは特に用はない。そもそもいきなり何なんだ、彼女と面識があるとでも?」

「まあ!面識もないのにいきなり暴言を吐いてきたのはそちらでしょう!?良いからおどきなさいっ」

(うわきっつい……自分の顔と声でおかしなお嬢様言葉、きっつい…)


 まさかの一人称わたくしである。

 お嬢様も改まった場では「わたくし」と言うこともあるけれど、そこは流石のお嬢様。滲み出る品の良さで「わたくし」に違和感なんて感じさせない。


 だけどこれはダメだ。そもそもわたしの顔には貴族らしい高貴要素がないから、一人称が浮く。それにお嬢様言葉まで加わると見ていて恥ずかしさが先に立ってしまう。ないわー。


 うげぇ、とうんざりした気分をそのままに体をぐったりとさせていたら、なにやら少女がさらに顔を引きつらせているのが見えた。そのうちどこかの血管が切れそうだ。


「なん…っども、何なのよ!あなた、わたくしを誰だと思っていますの!?いくら祭りの場とはいえ、失礼にもほどがありますわ!それにそもそもわたくしは、……わたくしはっ、こんな姿のはずじゃ、ないのよ…っ!」

(そりゃ普段からその格好だとドン引きですよねぇ)

「そういう意味じゃないわよっ!」


 ついには言葉にならないのか、震える唇をキツくかみ締めてしまった。ええ、なんかわたしたちが虐めたみたいになっているのですけど、なぜでしょう?


 ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、お嬢様を庇ったままのライムンド様が顔だけ振り向いてわたしを見下ろしてきた。特に何か言うわけではないものの、物言いたげな眼差しに首を傾げ、……そこで、気がついた。


 どうやら、彼女にはわたしの声が聞こえているらしい。


 なるほど。なるほど?彼女が誰だか知らないし興味もないが、わたしの声が聞こえているならば話は別だ。今まではわたしの声が届くのがライムンド様だけだったから、声が届く条件を推測するのも難しかったけれど、もう一人現れたのなら二人の共通点を探ることができるじゃないか。


 せっかくだから彼女と話がしたい……が、それにはお嬢様がいる今の状況が少々厄介だ。だって、もし二人の共通点が未来の記憶があるということだったら、―――そんなこと、お嬢様の前で話すのは、わたしの望むところではないから。


 どうにかお嬢様だけ帰すことができないだろうかとお嬢様とライムンド様、名も知らぬ少女の三人を順々に見上げて考える。


 少女は先ほど声をあげたのがわたしではなくお嬢様だと思い込んでいるようで、お嬢様に抱えられている上にライムンド様の背中で隠れているわたしを気にしている様子はない。


 お嬢様は突如向けられた怒りに戸惑い、ライムンド様に庇われたことで多少落ち着いたものの意識は目の前の二人に向いていてわたしの挙動に気付く気配はない。


 そしてライムンド様は。


「……!?」


 何か思いついたのか、はっと少女に向き直ったかと思えば、眉を寄せてぶつぶつと呟きはじめた。目の前で不審な挙動を見せた少年に、少女は不審者を見るような目を向けているのだが、ライムンド様はそんな視線に気づく余裕もないようだ。そして「そんな話聞いたことも……いや、しかし、もしかしたら…」と断片的に聞こえてくる内容に疑問符でいっぱいなお嬢様が問いかけるより早く、考えをまとめたライムンド様がお嬢様の肩を掴んだ。


「アリシア、来たばかりで申し訳ないのだが、先に戻っていてくれないか。私もすぐに追いかけるから」

「え?で、ですが、そちらの方が…」

「大丈夫、彼女のことは私に任せてくれ。―――」


 突然自分を追い返そうとし始めたライムンド様に困惑の眼差しを向けるお嬢様だったけれど、耳元で何を囁かれたのか、目を大きく見開いてライムンド様の肩越しにふくれっ面の少女を見つめ、小刻みに頭を上下させた。


 祭りの喧騒に紛れるくらいの小さな声だったし、わたしがいるところからはライムンド様の口元はお嬢様の陰に隠れていて見えなくて、ライムンド様が何を言ったのかはわからない。だけどとりあえず、お嬢様がこの場から離れてくださることだけはわかった。


 周囲に視線を走らせたライムンド様が合図を送れば、すぐにお二人を見守っていたうちのお嬢様側の護衛が近寄って来て、お嬢様を連れ帰ってくれた。去り際、心配そうに何度も振り返るお嬢様が愛おしくて全力で可愛がりたくなったけれど我慢だ。


 そうしてライムンド様の怪しい挙動とそのあとに続く速やかなお嬢様の退場に、蚊帳の外に置かれていた少女が我に返る頃にはお嬢様の姿は見えなくなっていた。怒りをぶつける先がいなくなったと思ったのだろう、キッと垂れた目元を釣り上げてライムンド様を睨み上げる。


「ちょっと、わたくしはまだ謝罪を聞いていないわ!何勝手に帰しているのよ」

「彼女に謝罪を求めるのは筋違いだ。……ふむ、ここだと話しづらいな、少し移動するか」

「はあ?何を言って……っちょっと!話を聞きなさい!」

「はいはい良いから早く移動するぞ。ああそうだ、これを持っていてくれ」

「は、はあ!?」


 マイペースに移動先を検討しているライムンド様に発言の悉くを流され、少女らしい高い声を張り上げていた彼女は不意に手渡されたそれに目を丸くした。今の今まで目に入っていなかった存在が唐突に現れたからか、怒りも忘れた様子で手にしたものを見つめる。


「何よ、このぬいぐるみ…」


 はい、わたしですね。

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