第12話

 成長するにつれてお嬢様の美しさには磨きがかかっている。

 美幼女が美少女になっていく過程を二回も見守ることができるなんて、わたしは前世で一体どんな徳を積んだのだろうか。




 わたしが動ける、ライムンド様とであれば意思の疎通ができるとお嬢様に伝えてから早三年。相変わらずわたしとお嬢様が直接会話することのできない状況に変わりはない一方で、お嬢様とライムンド様は三日に一度という高頻度で交流がなされていることもあり、今やすっかり相思相愛である。羨ましい。


 今日は何も約束をしていないものの、昨日は一日ククルーシア家でライムンド様といちゃいちゃしてきたため、お嬢様は大変ご機嫌だ。


「見て見て、ユーア。このサシェはね、中身は以前ここでライムンド様と一緒に作ったポプリなのだけど、袋はライムンド様が昔着ていらっしゃった服なの!昨日お家に伺った時、ちょうど古着として寄付するものを仕分けているところだったから、寄付するには適さないものをいただいたのよ」

(どんなものも無駄にしないなんてさすがお嬢様ですね!)


「四角く切ってしまったから、一緒に袋にポプリを詰めている時もライムンド様は気づかれなくて。ほら、いつもは新しいリボンにしたとか、髪を少し切ったとか、どんな些細なことにも気づいてくださるじゃない?なのにご自分のものについては気づかれないのが可愛くってつい笑ってしまったの」

(可愛い……?)


「そうしたら、どうした?って不思議そうにされてね。袋に見覚えはないですかって言っても気づかなくって。作り終わってもわからなくて気になっていたみたいだから、ライムンド様と同じ匂いですよって教えてあげたら顔真っ赤にしちゃったの!ふふ、だから昨日は私の勝ちだったわ」

(同じ匂いってなんかその言い方変態っぽ……いやいやいや。楽しかったようで何よりですぅ!)


 にこにこ満面の笑みで報告してくださるお嬢様の言葉から全てを理解することは難しいけれど、多分こうだったんだろうと想像することはできる。


 お嬢様……同じ匂いですよって言う時、ライムンド様の隣でライムンド様の匂いを嗅ぎながら言ったでしょう……。


 かつて見た情景が脳裏にありありと浮かんだ。記憶にあるこれもたしかお嬢様がまだ十歳になる前のことだったから、時期もあっている。サシェを作ったことも、ライムンド様の古着を再利用して作ったことも、そのあとお嬢様がライムンド様を撃沈させたこともよく覚えております。はい。


 ついでにお嬢様は言っていなかったけれど、わたしの記憶ではライムンド様に赤面させた後、お嬢様はそのサシェを大事に懐にしまいこんで「匂いが馴染んだ頃に交換しましょうね!」と言い放っていた。その発言を聞いてうちのお嬢様はもしかして匂いフェチなんだろうかと少し不安を覚えたからよく覚えている。


 それはともかく。


 多少状況が違っても同じようなことをするんだなぁ、と嬉々として昨日のことを語るお嬢様に頷いたりして反応を返しながら考える。


 侍女だった頃とは違い、目の前にいたらアレコレと口出しをするわたしの前でお嬢様を口説いたりするのが恥ずかしいのか、ライムンド様はあまりお嬢様の部屋を訪ねてくることはない。訪ねて来た時は庭や応接室でお茶をするばかりだし、それよりもお嬢様がライムンド様の家に行ったり、二人で散策に出かけたりする方が多いから、わたしがお二人の様子を直接見ることはこの三年間、ほとんどなかった。

 とはいえ。


「そうそう、それから昨日のドレスは背中に白いレースが縫い付けてあったでしょう?ライムンド様、お会いした直後に「ついに本当に翼が生えたのかと思った」なんて仰って」


 照れや羞恥よりも嬉しさが勝るのか、ライムンド様に何を言われた、何をしてもらった等々、お嬢様がなんでも報告してくださるので、お二人の関係はよくわかっているから問題はない。


 知ってる知ってる。そのあと真顔で「もし翼が生えたら飛び立つ前に教えてくれ。捕まえるから」とか言われたんですよね。知ってるぅ。


 楽しそうにしているお嬢様の話がひと段落ついたところで、さて、とお嬢様が真剣な表情になった。恐れ多くもわたしを膝の上に載せてくださったかと思えば、右手でわたしの左手を、左手でわたしの右手を軽く掴んでじっと見つめてくる。


「あのね、ユーア。明後日の建国祭はライムンド様と見て回ることになっているって言ったでしょう?」

(はい、少し前に伺いました。旦那様の許可が出て良かったですね)


「衣装も準備はしてあるから、そこは問題ないと思うの。でもね、その、私は建国祭に行ったことがないからわからないのだけど、すごく、混むのよね?」

(ええ、すごく混みます。お嬢様もそうですが、失礼ながらライムンド様もまだ小柄でいらっしゃるので、押し流されそうですねぇ)


「ということは、よ。よく物語で見かける、はぐれたらいけないからという言い訳をしての手を繋ぐという行為が可能ということに…!?」

(いや、お嬢様たち、手を繋ぐどころか普通に隣り合って座ったり腕組んで散策したりしてるじゃないですか…)


 思うけれど、目をキラキラ輝かせるお嬢様には届かない。


 最近、巷で流行りの恋愛小説を読み始めたお嬢様は、そういった小説で定番とされるシチュエーションを再現したくて仕方がないようだ。今言った「はぐれないように手を繋ぐ」もそうだし、先日は遠くから使用人達が見守る中、庭にある大きな木の下でライムンド様を膝枕していた。とんだ羞恥プレイである。


 その他にも手作りのお弁当持参の上であーんをするため、お嬢様は最近せっせと料理を練習している。いつか満足のいく出来になったらお弁当を持って王立公園に行くらしい。あとは単純に嫉妬させてみたいだとかも以前言っていた。いやぁ、嫉妬させるのは危険ですよお嬢様…。


「どうしましょう、私から手を繋ぎましょうって言ってもいいかしら?ライムンド様から手を繋いでくださると思う?」

(ライムンド様なのでふつうにエスコートはしてくださると思いますが。手を繋ぐのは難しいかもしれませんねぇ)


 ぽふぽふと掴まれた右手を上下させ、一旦離していただいた後にお嬢様の手を下から掬い上げるように持ってみせる。成長されたお嬢様にはぬいぐるみの手は小さすぎるけれど、意図はどうにか伝わったようだ。


「エスコートしてくださる、ということ?そうよね、ライムンド様はいつでもエスコートしてくださるから……でも、すぐそばを歩いていても、手を繋ぎはしないじゃない?恋人繋ぎなんてありえないじゃない?」

(お二人は恋人っていうか婚約者ですけどね)


 そもそも婚約者とはいえ、婚前の男女が人目のあるところでべったりくっつくようにして歩いたりいちゃいちゃするのはあまりよろしくないとされているから、お嬢様の夢見る恋人繋ぎは人によってははしたないと言われかねない。


 まぁ建国祭では仮装をしているから、ある程度はお目溢ししてもらえるとは思う。が、それと恋人繋ぎをしたいというお嬢様の希望をライムンド様が酌めるかは別だ。


 思い出してみれば、記憶にあります建国祭デート。

 恋愛小説を読んだことのないライムンド様はお嬢様の希望に気づかなくて、そして想像以上の混み具合にあっさりはぐれてしまったというアレですね。お嬢様のことは逸れる前から我々使用人一同で見守っていたので危険はなかったものの、二人きりのデートという体だったためすぐにお側に行くわけにもいかず、涙目になるお嬢様を可愛い可愛いと愛でながらククルーシア家の使用人と連携してライムンド様をお嬢様の元へ導き、どうにか二人を合流させたという疲れるイベントでした。


 そういえば結局最後まで手を繋ぐことはしていなかったなぁ。


 あのあと、ライムンド様の侍従にお嬢様が手を繋ぎたがっていたということを教えたから、もしかしたらその後にライムンド様にも伝わっている可能性もなくはない。伝わっていて、それを覚えていらっしゃったら、今回は手を繋ぐことができる……かもしれない。


(建国祭の前に一度、ライムンド様にお会いできたら確実にお伝えできますが……なかなかいらっしゃいませんからねぇ)


 腕を組んでうーんと悩むポーズをする。仮に手を繋ぐことができたとしても、恋人繋ぎではなくて普通の繋ぎ方になりそうだ。そもそもお二人が成長されてからも恋人繋ぎなんてしているところは見たことがないし。


 あまり芳しくない反応のわたしを見て、お嬢様も恋人繋ぎは難しいと察したのだろう、しょぼんと肩を落としてしまった。ああ、おいたわしい。かわいい。


 すりすりと力なく膝に置かれた手を撫でて慰める。そしてそのまま両手でお嬢様の手を挟むようにして握り締めれば、少し眉は下がったままだけれど笑みを見せてくださった。うんうん、やっぱり笑顔が一番可愛いですよ、お嬢様。


「そうよね、建国祭なら私たちのことを見咎める人なんていないもの。私から手を握っても良いわよねっ」

(えっ、そんなこと言っておりません)


 あらぬ誤解を受けた。わたしはそんなつもりで手を握ったわけではないですよお嬢様!


 しかしお嬢様はすっかりその気になってしまい、「ふふ、恋人繋ぎ……えへへ…」とこの上なく幸せそうに頰を緩めるばかりだった。


 どうしよう。ライムンド様、ちゃんと対応してくださるだろうか。

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