08.換金と名前とあいさつ回り

「あ~ぁ。なんかすっきりしたよ。」


 確かに自分が望んだ仕事だし、思い入れもあったが、離婚の反動とでもいおうか、なんかどうでもよくなってきていた。お金の心配をしなくてよくなったというのも大きいんだろうな。しかし、金を換金するのにも税金とかかかるだろうな。


『その辺はご心配に及びません。すでに1tほどは作業用アンドロイドを使い、換金を済ませております。今後も換金を進める方針でございます。』


『え?もう換金してくれてるの?』


『はい、マスター。今朝までにマスターの置かれている状況を調査いたしました。その一環で今回の人事異動の件も把握しておりました。金をそのまま持っていても換金して貨幣にしなければいけないことも理解しております。帝国から金で補償を行ったのはあくまで普遍的な価値のあるものとして金を贈与されましたので、マスターの置かれている経済に沿った貨幣への還元は元から考えられておりました。

 しかし、これらの金はあくまで帝国がマスター個人に贈与したものであって、マスターの手を煩わせるのが目的ではございません。よって、様々な情報を分析し、無税で換金手数料もほぼ取られないように非合法組織と接触し、その情報を使っておど…いえ、話し合いを行い、円満に換金できております。』


 …おいおい、脅してって言いかけてたよな。

 それに非合法組織?いわゆるやくざやマフィアってこと?大丈夫なのか?


『御心配に及びません、マスター。マスターに貸与されている偵察宇宙戦艦の能力を使えば、この星で取り交わされている情報で私どもが入手できない情報はございません。ましてそのほとんどがオンラインで結ばれており、帝国の技術の前ではザルのようなセキュリティしか掛かっておりませんので。したがって、換金については何の問題もなく、これからも進めてまいります。』


『おぉぅ…。』


 俺はため息とともにうなずいた。

 そういえばそんなものももらったんだったな。偵察宇宙艦だっけ?


『その通りです、マスター。わが帝国が誇る最新鋭の偵察宇宙戦艦で、地球のネットワークへの侵入、情報の吸出し、情報の整理に1日はかかりましたが、ほぼすべて終わっており、今後随時更新していく手はずとなっております。』


『おぉぅ…。』


 俺は驚き疲れていた。


『今現在でいくらぐらい換金できてるの?』


『現在ですとおおよそ700億円ほど現金に換金しております。すべて現金で偵察宇宙戦艦の方に保管しております。』


『偵察宇宙戦艦か…。なんか名前というか呼称はないの?』


『現在、呼称は最新鋭試作艦とも呼ばれていますが、正式呼称は決まっておりません。ぜひマスターがお付けになってください。』


『なるほど…。それとこうやって会話しているAIというのかな?君に名前はないの?』


『私は艦載コンピューターにあるAIで、呼称はございません。マスターが受け取られたタブレットを通して直接偵察戦闘艦にある私に指示が出されております。』


『そっか…。じゃあ、宇宙船を地球号とでも呼ぼうか。それと君は女性か男性かわからないよな、AIだもの。AIだから単純に愛ちゃんでいいか。』


『………了解いたしました。偵察宇宙戦艦を『地球号』、私AIの呼称を『愛』といたします。今後ともよろしくお願いいたします。』


『ああ。よろしく。』


 なんとなく仮称で呼んでいた宇宙船とAIの名前が決まり少しほっとした。

 あれだのそれだの君だの呼んでたからな。これから一生付き合っていくんだし。


『それでマスター、これからのご予定はいかがいたしますか?』


 俺は頭の中で会話しながらも、駅に向かって歩いていた。


『そうだな。お世話になった客先、といっても3件くらいだけど、あいさつしておきたいところがあるからこれから向かうつもりだ。それ以外はもう担当者も変わったこともあって先方を混乱させるだけだしな。何かあれば電話でもするよ。』


『かしこまりました。』


 そこでいったん脳内会話を打ち切り、都内にある元得意先を順番に回っていった。

 どこも急な訪問にもかかわらず、面会に応じてくれ、俺のことを心配してくれていた。

 退社について話すと


「そっか。これから会社でも興すの?もし会社作るようならまた電話してね。」


 と、俺の今後についても心配してくれていた。

 う~ん。社内より社外の方が人望厚かったのかな、俺?

 3件目の会社であいさつを終え、時間は18時となった。

 最後の会社の社長にはこれから飯でもと誘われたが、会社の同僚との別れをしなければいけないことを告げ、辞退した。


 俺は早瀬にスマホからメールを送り、19時に会社の最寄り駅で待ち合わせることにした。

 俺が待ち合わせ場所につくと早瀬だけではなく、同じ課の人間や総務や人事、他の営業課の連中もその場にいた。


 驚いて、早瀬を見ると


「みんなお前が辞めるって聞いてびっくりして、急遽集まったんだよ。」


「え?これ全員?30人ぐらいいないか?」


「そうだな。店は40人で取ってある。まだまだ駆け付けたいやつがいるからな。」


 そう言いながら俺の背を押し、みんなと一緒に個室の宴会場がある居酒屋に入っていった。


「え~、それでは。なにがどうなってこいつが退職するのかわからんけど、本日で退社することになった本人からみんなに説明してもらう。静かに聞くように。」


 みんなが宴席につくと早瀬はそういい、俺をみんなの前に引き出した。

 俺は何をどこまで話せばいいか考えたが、とりあえず今日会社であったやり取りを話そうと思い、みんなを見ながら話し始めた。


「え~っと。柏木です。入社して13年目でしたが、本日課長に辞表を提出しました。経緯ですが、みなさんご存じのように私自身が半年前から役立たずで…本日鹿児島支社への転勤を申し渡されたので、退職を申し出ました。以上です。」


 俺は端的に何があったのか話すと、そのまま席に座った。

 みんなからそれはどういうことだとか、なんでやめるんだとか、悲喜交々の喧々諤々で詰め寄られたが、俺は当事者なのになんか他人事のように感じて俺ってこんなにいろんな人にかかわっていたんだなと、なんだかにやけてしまった。


「何にやにやしてんだよ。」


 と早瀬が俺に詰め寄ってきた。


「いや、なんかこんなにみんなが俺のこと心配してくれてたのを感じて、俺って幸せもんだなって感じて、なんだかにやけちまった。」


 とにやけながら答えた。


「お前は本当に…。」


 早瀬の愚痴を聞きながら、入れ代わり立ち代わりいろんな人に愚痴をこぼされながら、その日は3次会まで延々とみんなで愚痴を言いあい、飲んで食って騒いだ。

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