第15話 幼馴染と大晦日を過ごす話し

「……今日大晦日か」


 自宅の壁に掛かったカレンダー。それを見ながら、虎はふと呟いた。




 小雪と過ごしたクリスマスイブから数日。ふとカレンダーを見て虎はようやく大晦日であると気づいた。

 小雪やマスターにも言われた事ではあるが、今日が大晦日であるとは思わなかった。

 しかも気づいたのが夕方。なんと虎は大晦日に乗り遅れるところだったのだ。だがまあ大晦日だからと言って何かが変わるわけでもない。

 ただ小雪がこないだけだ。


「年越しソバ……か?」


 風物詩だ。作るべきだろうかと首をかしげる。

 だが結局虎しか食べないならばやる気がでない。小雪は大晦日は家族と過ごすから来ないだろうし、今年も作らないだろうと首をふった。


 世間一般では大晦日でにぎわうのだろうが、虎はいつも通り生活をする。ただ小雪がこないだけだ。

 夜がやってきて、家に明かりがともる。そしてご飯だ。


「いただきます」


 夜ごはんはカップラーメン、そして作り置きの副菜。

 料理が得意な虎であるが、一人の時はこんなものだ。誰かの為に作るというのが虎のモチベであり、自分の為に作る事は少ない。


 結果、小雪がいない日は前日の料理が残っていない限りインスタント食品で済ませる。

 今日も適当にすませて、ソファでボーっとした。


「はぁ」


 何かをやる気にはなれない。ただボーっとしていたい。そう思うのは大晦日のパワーか何かだろうか。

 ここにテレビでもあれば寝転がりながら見るのであろうが、生憎虎家にはテレビがない。本も豪炎寺に返した。まず娯楽がほぼないのだ。


「……寝るか」


 なので娯楽は睡眠である。今日も目をつぶり、一足先に夢の世界に旅立った。




「こー」


 懐かしい声だ。いや、聞きなれた声というべきか。


「雪プレス!」

「ぶばっぼっっ!?」


 そしてやってくる衝撃に一気に夢から現実へと帰る。

 家事か地震か世界の終わりか。が、いいかげん虎も学習する。理由などすぐに分かった。


「こ、小雪~っ」

「へへ~。虎、まだ寝るのは早いよ」


 虎の上で膝をついて顔を覗き込むと、小雪はにっこりと笑った。

 今は何時だと時計を見れば、十一時を指している。たしかに寝るのは早いという意見もあるかもだが、虎は健康的なのでもう寝る時間だ。


「よ、夜更かしは体に毒だぞ」

「大晦日だから良いの」

「っというかなぜここに。いつもならば家族と過ごしているはずだ!」

「お父さんたちは眠らせてきたよ」


 眠らせてきたらしい。さらっというが、一体なにをしたのだろう。

 虎は怖くて聞けなかった。


「さあ、大晦日さ。遊ぶんだよ。それしかないね」

「遊ぶってなにをだ。うちには何もないぞ」


 テレビもゲームもない。何もないのが特徴とすら言える。


「そっか~。ふっふっふ。何もないなら!」

「ないなら?」


 ごくりと息を飲んだ。


「イチャイチャする~!」


 ぎゅーっと抱き着いてくる小雪。

 虎の首元にすりすりと頬を密着させ、でれでれとしただらしない顔を見せる。


「や、やめろ」


 寝転がる虎の上に乗り、体を密着させてくる小雪。冬であるという事で厚着をしているため柔らかさは鈍いがそれでも心が揺れる。

 甘い香りが漂ってきて、小雪の髪がくすぐったい。

 いつまでも密着していたくても、虎は形だけの抵抗を見せた。


「ん~。その割には、抵抗が薄いな」


 だがやはり小雪にはバレバレだ。虎に、抵抗する意思がないという事が。


「ふ~」

「っ!!」

「クスクス」


 耳元に息が吹きかけられる。ドキっとする心臓の高鳴りがすぐにばれ、可愛らしい笑い声が耳元で囁かれる。

 温かくて、甘い吐息。脳が侵されるような感覚に陥った。


「ま、虎をからかうのはここら辺にしておこうかな」

「っ小雪!」


 十分にからかったと判断し、小雪は虎から離れて立ち上がる。

 虎はそれに恨みを持って睨んだ。だが小雪はどこ吹く風だ。とてもじゃないが勝てるきがしない。幼馴染には勝てないのだ。


「……で、何しに来た」

「言ったでしょ。遊びに」


 そう言ってウインクする。あざとい。


「何もないぞ」

「じゃあイチャイチャする」

「っもうやめてくれ」


 これ以上こられると理性が崩壊すると慌てて止める。

 その様子に小雪はニヤニヤする。どうやら今回の宣言はあくまで冗談であり虎の反応を楽しむためのものらしい。


「安心してよ。今日はチェスを持ってきたよ」

「……チェスか」


 息を整える。

 思い返してもあまり経験がない。そもそも二人用のゲームにあまり経験がない。一人用なら得意である。


「まあルールは知ってる。やるか」

「うん。あ、もちろん分かってるだろうけど罰ゲームありだから」

「おい……」


 罰ゲーム。小雪ならばつけるだろう。問題はチェスの経験があまりない事。大して小雪は社交的だ。もちろんチェスも得意であろう。


「安心してボードゲームはあまりしないから、虎と同じだよ」

「あんま信頼できないが、まあ良い。罰ゲームはなんだ?」

「相手のいう事を何でも一つ聞く。シンプルにこれだよ」


 罰ゲームにはまあ納得だ。それが一番シンプルでいいだろう。

 驚く事にチェスはあまり経験がないという。ならばスタートラインは一緒。虎に勝ちを拾うチャンスがある。特に運が絡まないというのは大きなメリット。小雪は豪運なのだ。


「罰ゲームはそれで良いが……別に頼む事もないしな」

「ふーん。ほんとに?」


 何も頼む事がないという虎に、小雪はニヤニヤとしながら自慢の胸を強調する。

 だがさりげなく、下品ではない様に。それでいて虎の視線を奪うという絶妙なライン。まさに虎の事は知り尽くしている。


「うぬぬぬ。だがダメだというのだろう」

「どうだろね。ま、勝ってみてから言ってよ」


 ケラケラと小雪は笑った。

 それにムカっと来てか、がぜんやる気を出す虎。

 スタートラインが同じならば勝と気合をいれ、勝負に臨む――。




 ――めっちゃ負けた。


「馬鹿な」


 チェックメイト。虎は負けた。

 なんか知らないうちに負けてしまった。

 虎は素人であるが、小雪も同じくらい素人なはず。なのに負けた。虎の頭は大混乱。


「ふっふっふ。負けちゃったね。ねえねえ、今どんな気持ち?」

「クソみてえな気持ち」


 煽ってくる小雪に、悔しそうに返す虎。


「敗者にはね、罰ゲームだよ」

「……なんだよ」

「ふふ。今日一日私は虎のご主人様ね」

「はぁ?」


 ご主人様。どういう意味だと首をかしげる。


「ご主人様のいう事はなんでも聞かないといけないんだよ」

「それはズルだろ。お願い一つ叶えてあげると言われて、願いを三つにしてと言ってるのと同じだよ」

「嫌? だったら虎を下僕にしてあげるけど」

「意味同じだ!」


 ご主人様になろうが下僕になろうが意味は同じだ。


「意義は却下します。という事で、最初の命令」

「っずるいぞ」

「ご主人様はズルいんだよ。そして命令! 今日はオールしよう」

「オールだと」

「それが大晦日でしょ。そして明日は昼まで寝るんだよ。添い寝してあげる」

「……なるほど」


 それぐらいならば聞ける命令だろう。添い寝の部分に惹かれたとかはない。ないったらない。

 なんともしぶしぶ命令を聞く風に虎は頷く。バレバレである。


「後、おソバ作ってよ」

「ソバだと?」

「年越しだよ」

「なるほど」


 小雪がいないからと断念していたが、材料はそろっている。すぐに出来るだろう。


「了解」

「ありがと!」


 虎は立ち上がり、キッチンに移動する。

 といっても大した事はしない。ソバを湯がいて汁を作る。ちょっとだけ汁にはこだわるが、具材はネギを散らすだけで完成だった。


 それをテーブルに持って行けば小雪はウキウキと箸を構える。


「わー。美味しそう」

「普通のそばだ」

「ううん。虎の思いがこもってるよ」


 ちゅるちゅると美味しそうに食べる小雪。やはり作る方がうれしくなる食べっぷりだ。

 穏やかな時間が流れる。沈黙に支配されて、でも心地のいいそんな時間が。


 ――ご~ん。


「あ、除夜の鐘」

「煩悩が消えれば良いけどな」


 今年は煩悩まみれの年だった。これも小悪魔な小雪が誘惑してくるのが悪いと憤怒する。

 だが本当に小雪にはからかわれまくりだ。それが嬉しいものだが。


「今年もよろしくね」

「ああ」


 ずっとよろしくしたいが、いつまでだろう。なんて虎は思うのだ。

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