第13話 幼馴染とクリスマスの予定を立てる話し
11月にもなれば寒さも増していくものだ。人は着こみ、時に人肌を求めるだろう。
暖房器具がこの頃から出てもおかしくはない。暖かい食べ物が売れ始めるのもこの頃からだろうか。
さてそんな寒さが本格化してくる11月末。いつものように小雪は虎家に来ていた。
「うでー」
「おい」
いつものやり取りである。
端的に状況を説明するならば、キッチンで料理をする虎の背後から小雪が抱き着いている感じだ。
そして小雪は幸せそうに顔を緩め、虎は恥ずかしそうにつっこむ。それが現状だ。
「あんま引っ付くなよ」
「だけどね、しかたないんだよ。虎の家には暖房器具がない。だからとても寒い私は虎に温めてもらっているんだよ」
「……お前体温高いだろ」
11月の寒さ程度へっちゃらなはずだ。だがそれを認めず、つーんとすると虎の首すじにぐりぐりとする。
前回、小雪と映画で無意識ながらイチャついていらい小雪の遠慮がない。抱き着く事にも抵抗がなく、寒いからといっては引っ付いてくる。
それに対して虎は拒否はせず、逆に抱きしめ返す事もあった。
どうせ高校を卒業すれば離れ離れになる。そういう免罪符を持って、小雪のイチャイチャを容認していた。
「でさ、何作ってるの?」
「ケーキだ……見れば分からないか?」
「分かるけど。虎がケーキを作る何て珍しいからさ」
焼き上げたスポンジの上に、試行錯誤を重ねながら飾り付けをする虎。
その虎の肩に顎を乗せて、小雪は作られていくケーキを見ていた。
「クリスマス限定のケーキを作る事になって、その試作だ。材料費は貰ってるから遠慮なく作れる」
「なるほどー」
普段はケーキなんて恐ろしくて作れないが、たっぷりと材料費を貰っているので遠慮なく作れる。
喫茶店で働く様になってからはお菓子作りのスキルもアップして小雪も喜んでいた。
「虎、仕事頑張ってるね」
「……小雪もだろ」
「私は服きてニコニコしてるだけだから」
「だけって。そのために……いろいろ努力してるのは知ってる」
「へー。……そっか」
虎の言葉に、肩から離れて背中にぎゅっと顔を押し付ける小雪。まるで照れを隠す様であったが、背後での出来事のなため虎は気づかない。
「で、だ。これ、試食してくれるか?」
「ケーキ? 良いの?」
「良い」
「ありがと。でも虎は私を太らせて仕事を邪魔する気だね」
「そんなつもりはない」
ファッションデザイナーである母がデザインした服を着る小雪は、体型維持にはとても気を付けている。しかも恋する乙女だ。自分の体型は気になるもので、ケーキは敵である。
その割には虎の料理をバクバク食べている事には目をそらすべきだろう。
「ほら」
「わー。美味しそう」
一切れ皿に乗せ、小雪に出せば目を輝かせる。
ぺろっと唇をなめると、テーブルへ移動しさっそくケーキを食べた。
「んー。美味しい! 美味しいよ虎」
「それは良かった」
自分でも食べてみる。家庭用としてはぜんぜんOKだが、やはり店で出すならば改良の余地はあるだろう。マスターが作る奴よりは美味いが。
虎は改善点を書きつつ、片付けを始める。
ちゃっちゃと片付け、休憩に入った。
「で、だよ」
「なんだよ」
「ぎゅー」
「おいこら」
ソファに座ると同時に、小雪が飛びついてくる。
引きはがそうにもえへへと頬をゆるめた小雪を引きはがすのは罪悪感がある。
結果的につっこみつつも、サラサラとした髪をなでた。
「ふー。落ち着いた」
「落ち着くとは思えないけどな」
「ううん! 落ち着く。何か知らないけど、幸せになれるよ」
「そうかそうか」
分からない。だが虎も小雪を抱きしめると幸せになれるのでそういう事なのだろう。そしてそれは……。
「そういえばさ、クリスマスだよね。そろそろ」
「気が早いな」
「あっという間だよ」
ようやっと虎から離れた小雪は、隣に座るとそう言ってくる。
後一月でクリスマス。世間一般ではとても楽しい日なのだろう。が、虎にとっては特に思い入れのない日だ。
振り返っても特別な事をした思い出はない。一人で飯を食っていたのは覚えている。
「だから……。あの、ね。虎」
「ああ」
「あう……」
「なんだ? ツボでも割ったのかよ」
「違うよ。……クリスマスイブは、一緒に過ごさない?」
「……はっ?」
小雪の言葉はしばらく理解できなかった。ぼーっと脳内で咀嚼して、ようやく理解する。
それと同時に疑問が沸き上がった。
「なんでだ?」
「ダメ?」
「別に良いけど……忙しいだろ」
亜冥寺小雪という少女はとても社交的かつ家族に愛されている。
つまりクリスマスイブは家族と過ごすし、クリスマスは友達と過ごす。クリスマス付近では、小雪とは関わらないのが常だった。
「今回はお父さんもお母さんも仕事で忙しいんだって。だから、空いてるんだ」
「……まあ、うん。了解した」
「ほんと?」
「嘘はつかない。何か、美味い物でも作るか」
「うん! ありがとー」
そう言ってまた抱き着いてきた。
なれたもので、あまり雑念は沸かない。肩にぐりぐりとすりよってくる小雪を見つめながら、献立を考える。
クリスマスといえばチキンであろうか。となると肉を買わないといけない。手痛い出費であるが、バイトをしている虎には死角はないのだ。あるのはその日のバイトだけだ。
「んしょ、」
「おい、何をしている」
「セルフなでなで」
クリスマスの予定を考えていれば、虎の手を掴んだ小雪はそれを頭の上に乗せてセルフなでなでをする。
「勝手なことしやがって、こうだ」
「きゃー」
勝手な事をした奴には罰を与えるそれが虎だ。
無理やり乗せらせた手を動かし、わしわしと撫でる。それに小雪は楽しそうに悲鳴を上げた。
「ん~。へへ」
表情を崩して甘えてくる小雪。まるで子猫の様で、たくさんなでなでしたくなる。
その後存分に撫でまわし、小雪もたくさん成分を補給で来たところで元の話題に戻る。
「で、だ。……なんか、欲しいもんあるか?」
「欲しい物?」
「クリスマスプレゼントだ」
「ふんふん……」
そう言われて、小雪は考え込む様に腕を組む。
いろいろ思案しているようだが、最後は首を傾げた。
「特にないよ。虎はなにかあるの? 小雪ちゃんサンタが登場するよ」
「……ない」
「物欲ないね」
考えても別に欲しい物はない。願いはあれど、叶わぬものだ。
「……私は、ちょっとだけあるかも」
「なんだよ、思いついたのか?」
「うん。……」
だがそれ以上言おうとしない。目線を彷徨わせて、言っちゃったーと目をぎゅっとした。
「なんだよ」
「愛の、告白……とか?」
「っ」
潤ませた瞳で見上げながら、小雪は言った。
その破壊力は強く、思わず胸が痛くなる。
今すぐプレゼントしたくなる。だが伝える事はできない。だからか、感極まったか、虎は小雪を抱きしめていた。
「ひゃっ。と、虎?」
虎から抱きしめれば、目を白黒させて小雪はされるままになる。
いつも抱き着いているが、虎から来られるのは初めてでどうすればいいか混乱した。
だがそれもすぐに収まり、幸せそうに顔をゆるませて小雪も虎の背中に手を回す。
「…………」
「ん……」
温もりを感じる。甘い香りに心が洗われる。小雪の鼓動すら感じ、その幸せそうな心も感じた。
「っ……ごめんな。俺には資格がっ」
「それ以上言わないでっ!」
言おうとした言葉を、小雪の怒りに満ちた声で遮られた。
「資格なんて、いらないよ」
小雪の言葉が、胸に響いた。
◇
資格。そんなのいらないと小雪は言う。だが虎は思う。必要だと。
小雪という少女は凄い。成績優秀、スポーツ万能。可愛く、社交的で、天才。モテモテで告白された回数は数えられない。
そんな小雪に対して虎は、ちょっと家事が得意な不良である。
喧嘩しかしてこなかった過去、寂しがりで心が弱いという欠点。いや、欠点だらけだ。
小雪と対照的すぎる。並び立つ資格がないのに、過去に迷惑をたくさんかけてきた。
さまざまなうっぷんを晴らすように喧嘩して、勝ち続けて、いつか『狂犬』なんて
呼ばれて恨みを買い続けた。
更生させようと頑張ってくれた小雪を無下にして、喧嘩を続けて……。
結局恨みを買い過ぎて小雪を人質に取られた。一番大切な人を、自分勝手な喧嘩に巻き込んでしまった。
最終的に無事であったとはいえ、その心に負った恐怖心はどれほどのものだろう。
虎の様なクズと、小雪は釣り合わない。釣り合えない。一緒にいる事すら罪なのかもしれない。
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